このやってられない世界で

みなせ

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 お父さんは何度も、何度も触るなと言って仕事に戻って行った。
 触るのはもちろん、こっそり見るのも駄目と言うなら、どっかに持っていってくれればいいのに、お菓子の瓶は私の部屋の隅に置かれている。
 気にしないようにしていても、すごく気になる。
 だって、いなくなった筈の鳥が戻ってきた(?)んだよ。
 気になりすぎるでしょ。
 ピーちゃんなのかそうじゃないのか、またしゃべるのかとか……鳥が目を覚ませば何か音を立てるかもと思って、ベッドに入ってからも耳を澄ましていたけど、睡魔に負けた。
 目が覚めてからも、ずっとお菓子の瓶を気にしていたけど、目覚めた気配は全くなかった。

「ごめんよ、キーラ。遅くなってしまった」

 やきもきしながら待ち続けたお父さんが現れたのは、陛下との約束の時間の少し前。
 一緒にご飯を食べると約束していたのに、早速反故にしたと言う負い目のせいか、物凄く低姿勢で部屋に入ってきた。
 もうそんなに子供じゃないんだから、別にそんなことで怒ったりしないのに……謝ったその口で、

「瓶には触らなかったね?」

 なんて全く信用していない言い方をするから、ムッとしてしまう。

「触ってないね?」
「触ってないよ!」

 答えなければまた聞かれて強く返すと、お父さんははっとして肩を落とした。

「ごめんよ……何かあったらと思って心配なんだ」
「……触ってないし、見てもいない……」

 ふてくされた子供みたいな受け答えをしてしまうのは、お父さんが子供に話すように言うからだ。
 ――――まぁ、お父さんから見たら子供だけど。

「キーラ、一応、開けてみようか?」

 唇を尖らせたままでいると、困り顔のお父さんはお菓子の瓶を指し示した。
 瓶の中の事が気になってしょうがなかったから、その言葉に体が勝手に良い反応を返してしまった。
 お父さんがその瞬間にほっとした顔になる。
 そんな顔するならもう少し私を信じればいいのに!

「……開けてみてもいいの?」
「あぁ、かまわないよ」

 どうしようもなくてそう尋ねると、表情と同じほっとした声で許可が出た。
 急いでカバーを外す。

「まだ眠ってる……」

 白い鳥はまだ昨日と同じ体勢で眠っていた。
 息はしているみたいだけど、目は覚ました様子は無い。

「そのようだね……一度も起きないのだろうか?」
「ぬいぐるみ、だからかな?」
「どうだろう……そろそろ時間だから、このまま持って行こう」

 お父さんはそう言うと、瓶と私を持ち上げた。
 自分で歩くと一応抗議したけれど、お父さんは離してくれなかった。

「あぁ、やっと来たね」

 部屋ではもう陛下が待っていた。陛下も急いでいるらしく、すぐにそれを見せろと言う。
 お父さんも何故か急いでいるみたいで、私が黒い物にしたことをざっと話すと、躊躇なくお菓子の瓶を陛下の前に押し出した。

「……黒い物じゃなくなってしまったんだね」

 気持ち良さそうに眠る白い鳥を見て、陛下は残念そうに肩をすくめた。
 暫く鳥を見て、うーんと唸る。

「これは何なんだろうね?」
「分かりませんか?」
「分からない……ね。それに、特に悪い物も感じない……」

 フォルナトルって遠いのに、見ただけで分かるのかな?
 そう不思議な気分で陛下を見ると、首を傾げながらも、物凄く難しい顔をしていた。

「まだ瓶は開けていないんだね」
「はい。ぬいぐるみを入れた時以外は開けてません」
「……開けてもらえるかな?」

 言われてお父さんを振りかえると、お父さんが頷いて瓶を持ち上げた。

「私が開けよう……そうだね、一応『遮断』」
「お父さん!」
「大丈夫、ちょっと閉じただけだ。何かあると困るからね」

 急に目の前にキラキラ光る壁が出来て叫んだ私に、安心させるように笑うと、軽く瓶のふたをねじった。
 問題なく開いた蓋が外されたけれど、白い鳥はまだ動かない。やっぱり眠ったままだ。

「外に出せるだろうか?」

 動きのない白い鳥を見て陛下が言う。
 お父さんは慎重に白い鳥を瓶から取り出した。
 鳥はお父さんの手から溢れるくらいの大きさで、瓶の底にいた時と同じ形で身じろぎもせずにいる。
 もしかして、もう生きていないんじゃないか、と思うくらい静かだ。
 お父さんもそう思ったのか、鳥のくちばしに耳を近付けた。

「……間違いなく、眠っているみたいだよ」
「お父さん、私にも見せて。見たい!」

 壁越しだと、少し遠い。
 息をしているように見えても、もしかしてぬいぐるみのままかもしれない。
 ピーちゃんの時みたいに適当じゃなく、しっかり見なければ。

「待ちなさい。もう少し調べてから……おや」

 お父さんが言い終わる前に、手の中の白い鳥が首をもたげた。
 ゆっくりと目が開き辺りを見回す。
 私を見て、多分陛下を見て、そして、お父さんを見上げた。

「ピッ!」

 お父さんを見た瞬間、白い鳥はそう一声鳴いて、ブワッと膨らます。
 それはそれは嬉しそうにフルフルと震わせ、その手に頭をすりつけた。

「鳥……お父さんのこと、覚えてるみたい、だね」

 白い鳥がピーちゃんなら、ピーちゃんの飼い主は私なのに……ちょっと羨ましい。
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