このやってられない世界で

みなせ

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 アーサーの記憶は、生活部分については特に問題なかった。
 オンリンナ家での出来事も、お母様が亡くなったあたりまではきちんと覚えているようだ―――――
 ただし、この内容については本当だと断定できない。私の記憶が微妙だし、お父さんはところどころしか知らないから。

 そして、すらすらと思い出せたのは、そこらあたりまでで、リーナが来る前後からはどんどんあやふやになり、とうとう何も出てこなくなった。
 失われた部分について尋ねると、ごく普通に暮らしていたのではないか、などと言いはじめた。

「アーサー、リーナの事は覚えている?」
「リーナ様……ですか? それはどちらのお嬢様でしょう? 確か、キーラ様にお友達はいらっしゃらなかったはずですが……」

 アーサーはそう眉を寄せる。
 地味にえぐられる言葉と、カルロの気の毒そうな視線に負けてはいけない。
 それらを無視して私は次の質問をする。

「……なら、チェルノのことは?」
「チェルノ様……カーラ様の配偶者のお名前と……記憶しています」
「え? ……ちょ……どう言う……痛ッ!」

 言いかけたカルロの足を、思い切り踏みつけた。
 少しは空気を読めっ! 今はそれどころじゃないから!
 アーサーはカルロの言葉を質問と取ったらしい。そのまま続ける。

「カーラ様から名を貸すために婚姻したと伺いました。ですので、私はチェルノ様ご本人には一度もお会いしたことはありません」
「……アーサーは会わなくても良かったの?」
「ラーシュ様のための婚姻です。私に何が言えるでしょう? ……ところでお嬢様はどうしてその名を? まだお伝えしていなかったと思いますが」
「教えてくれた人がいたんだよ。でも、どうしてアーサーは、そのこと私に教えてくれなかったの?」
「それは、お嬢様が父親と言うものにあまり興味を示されませんでしたし、チェルノ様はお嬢様の本当の父親ではありません。カーラ様からは会うことのない人だと伺っていましたので……」

 いつかと、同じ答えだ。
 でも、キーラが父親に興味がなかったのは、もうお父さんに会っていたからだ。
 アーサーはやっぱりそのころから、お父さんのことを分からなかったんだ……

―――――私のことは、どうなんだろう。覚醒したこと、覚えているんだろうか?

「お嬢様、先ほど私がお嬢様をルキッシュに連れてきた、とおっしゃいましたね」
「うん、言ったよ」
「それから、お嬢様が耐えられない、と私が言ったと」
「うん」
「私は何故、お嬢様をルキッシュに連れて来たのですか?」

 お父さんの目を覚まさせるため、なんだろうけど。
 それを教えてしまってもいいのだろうか?

 まっすぐに私を見ているアーサーには、ほんの少しも嫌なところがない。
 オンリンナの邸で、ルキッシュで話をした時のアーサーとは何かが違う。

 私が知っているアーサーじゃないんだ。だから思う。

――――アーサーの理由が、私が思う理由と同じなんだろうか、って。

 返答に困ってカルロを見ると、小さく首を振っている。

「お嬢様?」
「ごめん。アーサー、それは私からは教えられない。アーサー自身で思い出してほしい」

 私がそう首を振ると、アーサーは目を瞠った。

「ラーシュ様からもそう言われました」

 そして、泣きそうな顔をした。

「ですが……思い出せるでしょうか?」

 思い出せるよ、とは言えない。
 私だって、思いだしたいことがある。
 でも、思い出す自信がない。

 もし思い出して、それが思ったものと違っていたら、私はどうするんだろう?
 そして、アーサーはどう思うんだろう?
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