このやってられない世界で

みなせ

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 フェイはふよふよと飛んでいる。
 青の町から海まではそんなに遠くないらしく、お昼前には着くと言う。
 森は相変わらず深いけど、時間が立つにつれ靄は少しずつ薄くなっていく。

『キーラ、海だよ』

 靄が完全になくなってところで、フェイが言った。
 首を伸ばしフェイの頭から前方を見ると、木々の間に光の反射が見える。

「海……」
『もう少しだから』

 フェイは少しだけ高度を上げた。視界に長い砂浜と水平線が入る。

「本当に、海だ……」
『うん、海だよ!』

 眼下すぐに森は途切れ、草地になって、長い砂浜になる。
 フェイは砂につくくらい低空飛行になった。
 風紋が刻まれた白い砂浜にはゴミ一つ落ちていない。
 海は少し荒れていて、大きな波が白い水しぶきを上げて打ち寄せている。
 でも、砂を巻き上げているのかかなり濁ってるみたいだ。遠くからでも茶色い色が見える。
 それでも、ずっと森しか見ていなかったから、遠くまで視界が開けた景色はすごく気持ちがいい。
 気分が良くなって思い切り息を吸い込む。

――――あれ、海の匂いじゃない? フェイの側だからかな?

 風は前方から吹いている。海独特の潮の香りも磯臭さもない。
 波打ち際から少し離れたところでフェイが止まった。

『キーラ、降りて』
「え、あ、うん」

 言われたので、空に浮いたままのフェイから飛び降りた。
 思ったよりも細かくて軽い砂が、高く舞い上がって風に乗って後方へと流れて行く。
 フェイは離れたところで、大人の姿になった。

「子供の姿だと、風で飛んじゃうんだ」

 確かに風はすごく強い。
 だけど、フェイから離れても潮の香りはしない。どうしてだろう。

「近付いても大丈夫?」
「うん、でも入っちゃだめだよ」
「分かった」

 確認して波が押し寄せるぎりぎりまで近付く。
 水は濁っていて綺麗じゃない。砂のせいって言うより、もともとそんな色のようだ。そしてやっぱり海の匂いはしなかった。水の匂いはするんだけど。

「キーラ、どう?」
「うん、広くて大きいね。この水って、どんな味がするのかな」
「え、飲みたいの? 美味しくないよ、きっと」
「そうだよね……」

 この海が塩味なのかとても気になる。流石に飲む気はないけど。

「フェイ、お菓子だして食べよう! 海を見ながら食べたらきっとおいしいよ!」
「うん」

 お菓子って言ったらフェイが笑顔になって、耳のあたりからお菓子を出し始めた。
 砂の上にポンポンと出していくけど、ここらあたりの砂は舞い上がることがない。
 触ってみると少し硬くなっていた。

「あ」

 フェイが変な声を出したのでそっちを見ると、あの黒い物が入った瓶が出てきていた。

―――――そうだった、それも持ってきてたんだった。

「あ。そう言えば」

 マントを脱いで、ぬいぐるみを出す。
 ずっと忘れていたけど、これも胸元に入れっぱなしだった。
 青い鳥を見て、黒い物が瓶の中で飛び跳ねる。

「何か喜んでるみたいだね」
「そうだね」

 瓶の隣にぬいぐるみを置くと、黒い物は寄りそうように瓶底にくっついた。

「お菓子、食べようか」
「うん!」

 お菓子を食べながら海を見る。
 太陽の光をキラキラと反射して、少し離れればとても綺麗だ。
 お菓子もお茶もちょうどいい冷たさで美味しい。

「フェイ、連れてきてくれてありがとう。でもどうして連れて来てくれたの?」
「僕の中でそうしろって」

 フェイはお菓子を食べるのを止めた。

「キーラがしたいことをさせるようにって」
「したいこと……」
「うん、だってキーラどこかに行きたかったでしょう」

 そう首を傾げられて、私は目を見張った。
 確かに、逃げたかったんだ。誰もいない所に行きたかった。

「じゃあ、青の町に寄ったのは?」
「うーん、それも、そうするようにって聞こえたんだよ。それに、寝る場所はあの町しかなかったし」
「私は野宿でも良かったよ?」
「僕はいつもそうだからいいけど、キーラは駄目だよ」
「どうして?」
「それは……僕の中でそう言ってたから」

 フェイの答えに眉が寄る。
 フェイは不思議そうな顔をするばかりだ。

「……そっか」
「うん」
「フェイ、クラウスたちはこれからどうなるのかな?」
「どうなるんだろうね? ラーシュが来たから、きっと良くなるんじゃないかな?」

 フェイはまたお菓子を食べ始めた。

「フェイ、帰るときもまた青の町に寄る?」
「どっちでもいいよ。ラーシュはまだあの町に居るみたいだし」
「分かるの?」
「うん。あの町にも小さいけど石があるんだ」
「石?」
「ほら、王都の近くにあるでしょ、丸い石。あれのかけらみたいのがあの町にもあるんだ。ラーシュがそれで僕を呼んでるんだ。青の町からなら、僕に乗って帰るより早く帰れるよ」

 私はフェイに乗って帰りたい。まだ、なんとなく顔を合わせたくない。

「キーラは、もっと自分が思ったように動いていいんだと思う」
「フェイ?」
「そうしたほうがいいって、それをするのが“キーラ”なんだって、僕の中でそう言ってるよ?」

 フェイがいつもよりずっと大人びた声でそう言った。





























――――作者より一言―――――

ここまで読んでくださりありがとうございます。

明日からの更新は
お正月なので少しお休みします。
次回更新は1月3日になります。

来年もよろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。
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