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巾着袋は誰に返すのかとか、宿を閉じてどうするのかとか、いろいろ疑問はあったけれど私は聞かなかった。
ニコニコしているフェイを見習って、ニコニコしながら「明日も早いので」と何か言いたげな人たちを残して席を立ってきた。
宿の部屋に戻って鍵をかける。
「フェイ、この鍵絶対意味ないよね」
『そうだね。……僕が扉を押さえておくよ』
フェイはそう言って、白い犬になった。
「……フェイが部屋の中でその姿になるのって初めて見た」
『ずっと人の姿でいると、すごく疲れるんだ』
フェイは、大きな欠伸をして扉の前に座る。
扉は内開きだから大きな犬がその前に居れば確かに安心だ。
「フェイは他の人には見えないんだよね?」
『見えないけど、扉が動けばわかるからだいじょ……う……』
言葉の途中から健やかな寝息に変わる。
聞きたいことがあったのに……。
「明日でいいか」
そう、独りごちてベッドに腰掛けた、ところまでは覚えている。
「キーラ、起きて」
フェイの声だ。
「キーラ、朝だよ」
―――――朝?
「朝!?」
そう声を上げて、うつ伏せで寝ていた体を起こす。
辺りを見回して、宿屋の一室だと思いだした。どうやらちょっと休むつもりでそのまま爆睡したらしい。
顔を上げると、子供姿のフェイが覗きこんでいた。
「大丈夫?」
「う、うん。おはよう、フェイ」
「おはよう、キーラ」
ベッドに座りなおして、伸びをすると体の下敷きになっていた両手がしびれてくる。
顔をしかめると、フェイの顔も歪む。
「どっか痛い?」
「ちょっと手がしびれただけだよ」
「そう。準備出来たら出かけるよ」
窓の外はまだ暗い。夜明け前に出るって言ったのは本当だったんだ。
せっかく宿をとったのに、お風呂もベッドもちゃんと堪能できなかったのは少し残念だけど、しょうがない。
そう言えば着替えも持ってきてないんだから、準備も何も無いのか。
手のしびれが少なくなるのを待って、一応洗面台で服やら何やらを直す。
マントもそのままだったから、時間もそんなにかからない。
「フェイ、もういいよ」
と、洗面所から部屋に戻ると、フェイが窓に張り付いていた。
「どうしたの?」
「うん。何か外が騒がしいんだ」
「外?」
フェイの横から窓の外を見ると、まだ暗い大通りに人影がある。
みんな王家の邸がある方を見ているようだ。
「本当だ、みんな外にいるね。何かあったのかな? もう準備出来たから、下に行ったらクラウスに聞いてみようか?」
「うん」
まったく宿の役目を果たさなかった部屋を出て、階段を下りるとクラウスも扉をあけっぱなしにして大通りに出ていた。
「おはようございます。何かあったんですか?」
「魔法陣が動いたらしいんだ」
「魔法陣って、王家のお屋敷の?」
「あぁ。さっき見張りに聞いたんだ」
見張りって昨日のあの人かな?
クラウスが邸のある方を見ているので、私もそちらを見てみた。
少ないけれど大通りに出ている人たちも、みんなそっちを見ている。
『キーラ、ラーシュが来るよ』
フェイが不意にそう言った。
「え?」
『ラーシュが魔法陣を動かしたみたいだ。もうすぐラーシュがこっちに来る』
「フェイ、分かるの?」
「フェイ?」
あ、またやってしまった。
「独り言です。行ってみないんですか?」
「あぁ、まだ動くなとも、さっき言われたんだ」
「そうなんですか」
「君はどうする? 魔法陣が本当に動いたなら、王都へ行けるよ」
「私は……他のところに行くので、このまま発つつもりです」
「見て行かないのか?」
「うーん、ちょっと急ぐので」
「そう……」
「はい。えーっと、じゃあ、お世話になりました」
「いや、こちらこそ……その、ありがとうございました」
クラインがしっかりと頭を下げた。
もう一度お礼を言って、フェイと一緒に門へ向かう。
『キーラ、いいの? ラーシュを待たなくて』
「なんで?」
『だって、きっとキーラを迎えにきたんだよ?』
「ちゃんとおでかけするって書いてきたし、もし本当に来たなら過保護すぎる」
『……キーラ』
フェイが困ったような顔をする。
行きたいと言ったけど、連れてきたのはフェイなのに。
門まで行くと、昨日とは違う人がいた。
渡されていた木札を出すと、門番は少し驚いた表情になる。
「もう出発ですか?」
「はい」
「今は外に出られると困るのです。少しお待ちいただけますか?」
「何かあったんですか?」
「えぇ、実は王都から探し人の依頼がありまして……多分、貴方だと思うのですが」
―――――直球ですね。でも、私は行きますよ!
「多分違うと思いますよ。私は村から出てきたんですから」
「そう言わずに、もう少しお待ちください」
ゆったりとした感じなのに、じわじわと私の行く手を遮ってくる。
「フェイ、走ってもいい?」
『うん、少し離れたら僕に飛び乗って』
「了解」
小さな声でフェイに言って、木札を落とす。
門番の目が木札を追うのを確認して、走り出す。
「あ、待て!」
慌てた門番の手が私のフードを掴む。
私は、振り返りながらその手を払う。
『キーラ!』
「なっ!!」
フードが脱げて、フェイと門番の声が重なった。
はいはい、分かってます。私の容姿に驚くんですよね。
「王族?」
目を見開いた門番の手が緩んだ隙に、一気に走る。
門が見えなくなるまで走って、フェイに飛び乗った。
ニコニコしているフェイを見習って、ニコニコしながら「明日も早いので」と何か言いたげな人たちを残して席を立ってきた。
宿の部屋に戻って鍵をかける。
「フェイ、この鍵絶対意味ないよね」
『そうだね。……僕が扉を押さえておくよ』
フェイはそう言って、白い犬になった。
「……フェイが部屋の中でその姿になるのって初めて見た」
『ずっと人の姿でいると、すごく疲れるんだ』
フェイは、大きな欠伸をして扉の前に座る。
扉は内開きだから大きな犬がその前に居れば確かに安心だ。
「フェイは他の人には見えないんだよね?」
『見えないけど、扉が動けばわかるからだいじょ……う……』
言葉の途中から健やかな寝息に変わる。
聞きたいことがあったのに……。
「明日でいいか」
そう、独りごちてベッドに腰掛けた、ところまでは覚えている。
「キーラ、起きて」
フェイの声だ。
「キーラ、朝だよ」
―――――朝?
「朝!?」
そう声を上げて、うつ伏せで寝ていた体を起こす。
辺りを見回して、宿屋の一室だと思いだした。どうやらちょっと休むつもりでそのまま爆睡したらしい。
顔を上げると、子供姿のフェイが覗きこんでいた。
「大丈夫?」
「う、うん。おはよう、フェイ」
「おはよう、キーラ」
ベッドに座りなおして、伸びをすると体の下敷きになっていた両手がしびれてくる。
顔をしかめると、フェイの顔も歪む。
「どっか痛い?」
「ちょっと手がしびれただけだよ」
「そう。準備出来たら出かけるよ」
窓の外はまだ暗い。夜明け前に出るって言ったのは本当だったんだ。
せっかく宿をとったのに、お風呂もベッドもちゃんと堪能できなかったのは少し残念だけど、しょうがない。
そう言えば着替えも持ってきてないんだから、準備も何も無いのか。
手のしびれが少なくなるのを待って、一応洗面台で服やら何やらを直す。
マントもそのままだったから、時間もそんなにかからない。
「フェイ、もういいよ」
と、洗面所から部屋に戻ると、フェイが窓に張り付いていた。
「どうしたの?」
「うん。何か外が騒がしいんだ」
「外?」
フェイの横から窓の外を見ると、まだ暗い大通りに人影がある。
みんな王家の邸がある方を見ているようだ。
「本当だ、みんな外にいるね。何かあったのかな? もう準備出来たから、下に行ったらクラウスに聞いてみようか?」
「うん」
まったく宿の役目を果たさなかった部屋を出て、階段を下りるとクラウスも扉をあけっぱなしにして大通りに出ていた。
「おはようございます。何かあったんですか?」
「魔法陣が動いたらしいんだ」
「魔法陣って、王家のお屋敷の?」
「あぁ。さっき見張りに聞いたんだ」
見張りって昨日のあの人かな?
クラウスが邸のある方を見ているので、私もそちらを見てみた。
少ないけれど大通りに出ている人たちも、みんなそっちを見ている。
『キーラ、ラーシュが来るよ』
フェイが不意にそう言った。
「え?」
『ラーシュが魔法陣を動かしたみたいだ。もうすぐラーシュがこっちに来る』
「フェイ、分かるの?」
「フェイ?」
あ、またやってしまった。
「独り言です。行ってみないんですか?」
「あぁ、まだ動くなとも、さっき言われたんだ」
「そうなんですか」
「君はどうする? 魔法陣が本当に動いたなら、王都へ行けるよ」
「私は……他のところに行くので、このまま発つつもりです」
「見て行かないのか?」
「うーん、ちょっと急ぐので」
「そう……」
「はい。えーっと、じゃあ、お世話になりました」
「いや、こちらこそ……その、ありがとうございました」
クラインがしっかりと頭を下げた。
もう一度お礼を言って、フェイと一緒に門へ向かう。
『キーラ、いいの? ラーシュを待たなくて』
「なんで?」
『だって、きっとキーラを迎えにきたんだよ?』
「ちゃんとおでかけするって書いてきたし、もし本当に来たなら過保護すぎる」
『……キーラ』
フェイが困ったような顔をする。
行きたいと言ったけど、連れてきたのはフェイなのに。
門まで行くと、昨日とは違う人がいた。
渡されていた木札を出すと、門番は少し驚いた表情になる。
「もう出発ですか?」
「はい」
「今は外に出られると困るのです。少しお待ちいただけますか?」
「何かあったんですか?」
「えぇ、実は王都から探し人の依頼がありまして……多分、貴方だと思うのですが」
―――――直球ですね。でも、私は行きますよ!
「多分違うと思いますよ。私は村から出てきたんですから」
「そう言わずに、もう少しお待ちください」
ゆったりとした感じなのに、じわじわと私の行く手を遮ってくる。
「フェイ、走ってもいい?」
『うん、少し離れたら僕に飛び乗って』
「了解」
小さな声でフェイに言って、木札を落とす。
門番の目が木札を追うのを確認して、走り出す。
「あ、待て!」
慌てた門番の手が私のフードを掴む。
私は、振り返りながらその手を払う。
『キーラ!』
「なっ!!」
フードが脱げて、フェイと門番の声が重なった。
はいはい、分かってます。私の容姿に驚くんですよね。
「王族?」
目を見開いた門番の手が緩んだ隙に、一気に走る。
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