このやってられない世界で

みなせ

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「遅かったね」

 宿に着くと、カウンターで少年が待っていた。

「食堂を出るのが見えたからすぐ来ると思っていた」
「せっかく来たからちょっと町を……」
「そう、何も無かっただろ」
「いえ、王家の人が住んでいたと言うお邸を見ました」
「もう誰も住んでないから、ぼろぼろだったろ?」
「でも、大きくて立派でした」
「立派ね……確かにあの塀の向こうは立派だよ」

 と、少年は少し笑った。
 そう言えばこの少年は王都に居た人たちに似ている。ここでは違うように見えるけど、きっとあの中に混じったら分からなそうだ。
 年をとらないと個性が出にくいんだろうか?

「部屋は二階だ。一応、案内するからついてきて」

 天板を持ち上げて、少年がこちら側に出てきた。食堂の奥に進み、

「階段はここと奥にもう一つ。そっちは裏口がある。洗面関係は部屋についているので、自由につかって大丈夫だ」

 と注意事項を上げながら階段を上り、昇り切った突き当たりの部屋の扉を開けた。

「部屋はここ。扉は内鍵になっているから、部屋に入ったら必ず鍵をかけて欲しい。何か質問は?」
「いえ、特に……あ、そうだ、ヴァンさんとクラインさんって方を知っていますか?」
「……知っているけど、どうしてその名前を?」
「これ、分かりますか?」

 バックから巾着袋を出して見せると、少年が目を見開いた。

「これは……少し見せてもらっても?」
「えぇ、どうぞ」

 少年は巾着袋の底の部分をまじまじと見てから、袋の中の手紙を出して視線を走らせた。

「これは間違いなく、父のものだ」
「お父さん、ですか」
「あぁ、この手紙は俺が子供のころに書いたものだ」
「じゃあ、貴方がクラインさん?」
「そうだ。これをどこで?」
「狩りの途中、森で拾ったんです」
「狩り? 君が? 一人で?」
「えぇ、まぁ。で、もしかして、この町の人の持ち物かなって思って」

 え、そっちですか? それには突っ込まなくていいよ。今は財布の方に集中してよ。
 驚く少年に、話が元に戻るように誘導する。

「……これの他に何か落ちてなかったか?」
「何かって?」
「……それは……」

 首を傾げて聞き返すと、クラインも何故か首を傾げた。
 ちらりとフェイを見ると、首を横に振っている。

『良く見ていなかったけど、なかったと思うよ』
「ごめんなさい。周りは良く見てなかったから……その巾着袋は貴方のものでいいのよね?」
「あぁ、証明は……そうだな。お礼になにかおごるよ」
「え」

 証明は……必要だけど、突然おごる? どこで、何を?

「今戻ってきたところで悪いけど、もう一回食堂に行ってくれるか?」
「え、いや、あ、う、うん?」
「じゃあ、先に行ってるから、少ししたら来てくれ」

 巾着袋を片手にクラインは階段を下りて行った。
 部屋に入って言われた通り鍵をかける。と言ってもわっかとフックだけの簡素な奴だ。

「これって鍵になるのかな?」

 思わずフェイに言ったけど、フェイは不思議そうに首を傾げるだけだ。

『キーラ、食堂行くの?』
「うん、行くって言っちゃったし……」

 届け物は癖みたいなもので、特に財布は持ち主に返したい。
 それに、自分でまいた種だ。
 子供の姿で唇を尖らせたフェイを置いて、部屋を見て回る。
 ゴミ一つ落ちていない部屋に、綺麗なベッド。お湯と水が出るお風呂にトイレも、どれも古いが良く手入れされていて、問題なく過ごせそうだ。
 一通り点検して部屋を出る。
 食堂に行くとまだ干物屋のおじさんはいた。他に客はいなくて、おじさんとクラインが同じテーブルで、私を呼んだ。

「あー来た来た、ここに座ってくれ」
「話は聞いた。お嬢ちゃんがこいつの父親の持ち物を届けてくれたんだって」
「……えぇ、まあ」

 おじさんの茶番に、少し引く。

「こいつがクラインで、ヴァンの息子だって事は俺が証明する。その巾着は……」
「えっと、私そこまでは……」
「そうか? 本当に?」
「あとはそちらにお任せします」
「……そう、か」

 この国のお金の価値は聞いた通り見たいだから、あの手紙の方が価値がありそう。親子の手紙だったから本人以外必要ない。なら、証明なんていらない気がする。

「出来たわよ」

 言葉が途切れたところで、店の奥から店主が皿を片手に現われた。
 ふんわりと甘い香りがする。

「お菓子の注文なんてずっとなかったから、材料もないのよ。これくらいしか作れないけど、味は保証するわ」
「財布の礼だ……」

 クラインが言って、目の前に置かれたのはジャムがたっぷり乗ったパンケーキ風な何かだった。美味しそうだけど……ジャムの青さがすごく気になる。

「どうぞ、食べてみて」

 ちらりとフェイを見ると、目をキラキラさせてパンケーキを見ていた。
 クラインたちもだ。断ることも出来ないので、とりあえずフォークを握る。

「……じゃあ、いただきます」

 味は、素朴だ。ジャムは……。







―――――私、頑張って食べたよ。
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