このやってられない世界で

みなせ

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 振り返ると、子供姿のフェイがいた。

「フェイ……どうしたの? 今日は、呼んでないよ?」
「うん、分かってる。ラーシュが目を覚ましたでしょ。ちょっと遊びに来たんだ。でも忙しそうだから、こっちに来たの」
「……今日はお菓子ないよ?」

 エマさんを呼べばお菓子は用意できる。
 でも、今日はあまり相手をしていたくない。

「……うん」

 素直な返事とは裏腹に、表情は不満そうだ。
 黙ってそんなフェイを見ていると、急に手元を覗きこまれた。

「フェイ?」
「これ、もしかして、ピィ?」
「うん。お父さんが体に戻ったら、そうなっちゃった」
「……そうなんだ。死んじゃったんだね」

 フェイの言葉に、目を瞠る。

――――死んじゃった?

「フェイ、それ、ぬいぐるみだよね」
「ぬいぐるみ? へぇ、ピィはぬいぐるみって言う生き物なんだ」

 フェイはそう言って、青い鳥を撫でる。

「いっぱい入っていたから面白い生き物だなって思っていたけど、ぬいぐるみって言うんだね。初めて見たよ」
「フェイ、ぬいぐるみは生き物じゃなくて、人形だよ」
「人形? なにそれ」

 フェイが目を丸くする。そっか、人形もぬいぐるみも知らないんだ。
 生きた鳥が死ぬとぬいぐるみなるのかと思ったよ。
 私は青い鳥の羽をかきわけて、フェイに触らせる。

「布とか木とか、そう言った物で生き物に似せて作たもの。ほら、この鳥も布で出来ているでしょ」
「あ、本当だ。肉がないね!」

 フェイは面白そうにぬいぐるみを見ている。

「キーラ、この羽むしってもいい?」
「えっ! それはやめて!」

 慌てて青い鳥をフェイから取り上げると、明らかにムッとされた。
 でも、帰る気はないみたい。
 しょうがない。

「お菓子、持ってきてもらおうか?」
「うん!」

 いい笑顔に、私はため息をついてエマさんを呼んだ。
 すぐにお菓子とお茶が用意されて、フェイがご機嫌になる。
 まだエマさんがいるのに食べようとするから、

―――――まだ食べちゃ駄目だよ! エマさんがいなくなってからね!

 って、心で伝えると、不服そうに手をひっこめて恨めしそうに私に近付くエマさんを見た。

「姫様。ラーシュ様からこちらを預かってきました」

 エマさんはポケットから何かを出して私の前に置いた。
 それは、四つ少し大きな色の違う丸い石と、それをつなぐ細かい石でできた腕輪だった。

「ブレスレット?」
「すぐに使えるようにしてあるそうです。使い方は分かりますよね?」

 言われて、それがいつかアーサーに渡されたブレスレット型の通信機と同じものだと思い出す。
 あの時のものはカークが持っている筈だ。

「……うん、大丈夫。ありがとう」

 タイミングが悪いなぁ、と思いながらそう笑いかけると、エマさんも笑顔で部屋を出て行った。

「キーラ、もうお菓子食べていい?」

 ぼんやりとブレスレットを見ていると、フェイが袖をひっぱった。
 食べるなってことしか伝わってなかったみたい。

「いいよ。ごめんね、待たせて」
「ううん、大丈夫!」

 嬉しそうに返事をして、フェイは早速お菓子を食べ始めた。
 お菓子はいつもよりもまた一段と多くて、食べている間はそちらに夢中だから、フェイがいる時間はその分長くなる。
 いつもは食べる姿を見るのが楽しいけど、今日はこの沈黙が寂しい。

――――人の姿だからかな? あの白いダックスフントなら……

 大きな白い犬のフェイを思い浮かべたら、少しテンションが上がった。
 そして、もふもふしたら気持ちいだろうななんて……どんどん想像が膨らんで、辿りついた考えは、すぐに口に出てしまう。

「ねぇ、フェイ」
「何?」
「フェイ、フェイの背中に私乗れるかな?」
「え、背中?」

 手を止めて、フェイが不思議そうに振り返った。

「僕の、背中?」
「うん。白いフェイの背中」
「……誰も乗せたことがないから分からないけど、多分乗れる、と思うよ」

 少し考るようにしてから、こてんと首を傾げるフェイは、やっぱりかわいい。

「……どうしたの? キーラ」
「乗ってみたい」
「え?」
「フェイの背中、乗ってみたい」

 冗談だよ、と続けるつもりだったけど、フェイの目が物凄く大きく開かれたのにびっくりして言葉が出なかった。
 だって、真っ黒い大きな瞳が、宝石みたいに輝いて綺麗だったからみとれちゃったよ。

「……いいよ」

 また少し間が合って、ようやくフェイはそう頷いた。

「いいよ。キーラなら、乗せてあげる」
「……本当に?」
「うん。キーラはずっとここにいるもんね。少しは外に出てもいいと思う」

 フェイは持っていたお菓子も放り出して、立ち上がった。

「キーラ! 僕が、ルキッシュを見せてあげるよ!」
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