このやってられない世界で

みなせ

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 お父さんの声とアーサーが手を叩くのは一緒だった。

「あっ!」

 アーサーからいろんな色の光が放たれて、四方八方へと広がって、膜に当たってアーサーに戻っていく。
 アーサーは驚くでもなく、避けるでもなく、ただ突っ立っていた。
 アーサーはきっと、それを分かっていてやったんだろう。
 ゆっくりとアーサーが目をつぶるのが見えて、思わず叫んだ。

「大丈夫」

 お父さんがそう言うと、跳ね返った魔法がアーサーに当たる直前、光が霧散した。
 お父さんの物騒な言葉の魔法のせいだろう。
 アーサーはそっちの方が驚いたようで、慌てて手を持ち上げる。
 もう一度魔法を使おうとしているみたいだ。

「『拘束』」

 お父さんの言葉で、アーサーが床に押しつぶされるように倒れ込んだ。

「ラーシュ様」

 不格好に這い蹲りながら、アーサーはこちらを見上げている。
 助けを求めるような瞳は、私を捉えると憎々しげに細められた。
 お父さんはやっぱりため息をついた。

「アーサーには後でゆっくり話を聞こう。後は……『解放』」

 って、バルドの方を見ると、バルドの周りの膜みたいなものが消えた。

「バルド」
「はい」

 お父さんが呼ぶと、バルドは急いで駆け寄ってきた。
 近付いてくるバルドの体には、あちこちに戦った痕が見える。遊んでいるように見えたけど、焼け焦げたり血が出ていたりと結構損傷が酷い。

「一度戻って、エマと誰か連れて来てくれ」
「エマも、ですか?」
「キーラの面倒をみる人が必要だろう? キーラを君たちにはもう預けないよ」
「……分かりました」

 バルドは不満そうだったけど、手を叩いて姿を消した。

「アーサーはどうなるの?」
「……もう少し話を聞いてみないとね。なんだか少し思っていたことと違うみたいだから、よく調べないと」
「それって、お母様の事も?」
「うーん。それもあるけど……」

 アーサーは這い蹲ったままぐったりとしている。
 もう顔も上げないし、身動き一つしない。

―――――何だろう? 何かこんな感じの人、前にも見たような気がする。

 なんて言うのか、情緒不安定な雰囲気みたいなものが、誰かに重なった。

「バルドが戻る前に、少しここを何とかしようか」

 誰だったろう、と考えているとお父さんがそう言って扉の方へ歩き出した。
 アーサーたちの喧嘩のせいで、あちこちに穴が開いたり焦げたり、水たまりなんかが出来ている。

「まずは『修復』」

 お父さんがつぶやくと、お父さんの足元から風が吹いて広がって行った。
 それだけで、床も壁も元どおりになる。

「それから、『解放』」

 と言うと、目の前の扉のある壁から色が抜けて、ガラスのように向こう側は見えるようになった。そして、

「扉は……いらないな」

 で、扉がなくなった。

「これで元通りだ」

 お父さんはそう満足そうに頷いた。
 私は部屋全体を見回した。
 そしてガラスの向こう、扉の近くに自分が忘れた靴を見つけた。
 さっき何かに躓いたと思ったのはどうやら自分の靴だったらしい。
 ちゃんと並べて置いたはずなのに、蹴り飛ばされている。

「お父さん、もう降ろして。私靴をとってくるから」
「靴?」
「前来た時、忘れて帰ったから」
「あぁ、あれか」

 私が指差す方をみて、お父さんはそちらへと歩き始めた。

「いいよ、自分でとってくるから」
「まだ駄目だよ。まだ何があるか分からないからね」

 靴のところまで歩いて、お父さんが器用に靴を拾いあげる。

「どうしてこんな所に靴を忘れたの?」
「扉からお父さんの眠っていた舟遠かったでしょ。この靴じゃ歩きにくくて」
「……そっか」
「あ、そうだ。もう一つ」
「今度は何かな?」
「お父さんが入っていた、青い鳥は……」

 くてっとなっていた青い鳥を思い出して、舞台の方を見る。

―――――あの鳥は生きているんだろうか?

 何だかそうは言いにくくて、私は言葉を濁した。
 お父さんは、ただ眉を寄せた。

 ピーちゃんだから、生きていてほしいけど……どうなんだろう?
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