このやってられない世界で

みなせ

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 黒い夜空から、ほんわかと白く光る物がふらふらと降りてくる。
 長細いそれの端っこが揺れるたび、そこから何かがキラキラと振りまかれて、辺りを照らしているのだ。

 それは夜空と同じくらい綺麗だけど、待っているこっちとしてはただただイライラさせられる。だからと言って、私がどんなにやきもきしても、フェイはのんびり優雅な進行を変えることは無いけれど。

 部屋の中を行ったり来たりしては天を仰ぎ、あと数十メートルの辺りで、もう一度叫んだ。

「フェイ!」
『キーラ!』

 もう完全に犬の形に見える白い物は、全体をキラキラさせてこっちに顔を向けた。
 そしてスピードを上げて……近付くと、窓が勝手に開いて、フェイはいつものように後ろ脚から部屋に入ってくる。
 すぐに子供の姿になると、その目はテーブルの上のお菓子に向けられた。

「あ! お菓子がいっぱいある! キーラ! たべていい?」
「フェイ、お菓子より先にやることあるよね?」
「やること?」
「ピーちゃんは、どこ?」
「ピーちゃん……」

 フェイが不思議そうに首を傾げる。

「フェイ?」

 もしかして忘れたの? ちょっと、やめてよ……

「あ、そうだった」

 フェイは私をしばらく見つめてから、思いだしたように、頭をかいた。
 白い髪が犬の毛になって、もこもこしたと思ったら、そこから緑色がこぼれ落ちる。
 ドスンとあり得ない音がして、緑色のボールはコロコロと転がり、私の足にぶつかって止まった。

「ヒッ」

 足に受ける衝撃も大きい。
 座り込んでゆっくりとその塊を見ると、それはインコに見えるペイントがしてある完全な球体だ。もう鳥の部分がないくらい。
 ずっしりとした珠を、そっと拾い上げ顔を探す。
 身動き一つしないからだと、きっちり閉められた瞳。

――――これ、生きてるのかな?

 埋まりかけたくちばしを見つけて、そっと耳を寄せると、思ったよりも強い鼻息。

「生きてる。……ピーちゃん! ピーちゃん、起きて。オヤツあるよ?」
「ビィー!!!」

 耳元でささやくと、目が開いた。

「あ、起きた」

 目を瞬かせて、ピーちゃんが私を……見たのかな?

「キーラ?」
「ピーちゃん、目、覚めた?」
「キーラ! キーラガイル!」

 短い足を上下させて、手の中でもぞもぞとうごめく。きっと起き上がろうとしているのだろうけど、一ミリも動いてない。

「キーラ! アイタカッタ! ドウシテ、ピーチャン、オイテイッタ!」
「ごめん。急に移動することになって、ピーちゃんを迎えに行けなかったんだよ」

 忘れてたとは、口が裂けても言えない……。

「ピーチャン、サミシカッタ、ケビン、ヒドイ!」
「ひどいって、何かされたの?」
「ケビン、ゴハン、クレナイ」
「えっ?」

 それは絶対嘘だ。ピーちゃん、また大きくなったよ?

「……ピーちゃん。それはちょっと信じられないよ? 最後に会った時よりも重いよ」
「……ソレハ……」
「キーラ! お菓子食べていい?」

 ピーちゃんの目が泳いで言葉が止まった隙をついて、フェイが横から覗きこむ。

「オカシ!」
「そう! お菓子! ピィも一緒に食べよう!」
「フェイはいいけど、ピーちゃんは駄目!」
「何で!」
「ナンデ! ピーチャン、オナカスイテル」

 やだ、ちょっと、ピーちゃんが二人になったよ!
 なんて言ってる場合じゃない。
 とにかくピーちゃんはお菓子に近づけないようにしないと。

「ピーちゃんはまだ話があるから、駄目」
「ハナシ?」
「大事な話だから、フェイは一人で食べてて。あれはフェイのために用意したんだから」
「わーい。じゃあ、頑張って食べる―」
「ヒドイ、キーラ、ヒドイ!」

 フェイは嬉しそうにテーブルへ向かい、ピーちゃんが悲鳴を上げる。
 涙目のピーちゃんをぎっちりと捕まえて、聞く。

「ピーちゃん、教えて。ピーちゃんは、お父さんなの?」
「オトウサン?」

 ピーちゃんは、不思議そうに目を瞬かせた。
 意味があるか分からないけれど、言い方を変えてみる。

「えーっと、ピーちゃんは、ラーシュなの?」
「!?」

 言うと同時に、ピーちゃんの目と口が見開かれて、その口から何か出た。
 ポワンって、黒い煙みたいなのが溢れ出て、ピーちゃんが軽くなる。
 両手一杯だった筈の感触が無くなる。

「ピーちゃん!?」

 慌てて掴もうとしたけど、それは下へ向かってすり抜けて行った。
 緑色の光が足元に広がって消えると、そこに青い鳥がいた。

「ピーちゃんが鳥になった」

 いや、もともと鳥だけど。
 ちゃんとした、普通体重の青いセキセイインコになっていた。
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