このやってられない世界で

みなせ

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 はい、今日の朝も早いです。
 エマさんたちは昨日に引き続き、張り切って私で遊んでおります!
 眠れないかと心配したけど、そんなこともなくぐっすりしっかり眠ったので、何があっても肉体的には大丈夫だけど、精神がやられる。
 なんて言うか、いろいろ。

「さぁ、姫様、出来ましたよ!」

 朝ご飯を食べてから約四時間。
 やりきった笑顔でエマさんがそう言った。
 手を引かれて、鏡の前に立たされる。

 鏡に映った自分は、やっぱり真っ白だった。
 今日はやけに念入りに櫛を通しているなと思っていた髪は、ドレスに沿うように流れている。
 髪と同じ色のドレスは、ハイネックで、長袖で、Aラインって言うの? スカートが腰からストンって落ちているタイプのもので、後ろの裾が馬鹿みたいに長くなっていた。
 生地はビロード地で、つやつやした表面に銀糸の刺繍がこれでもかと言うくらい細やかに施されている。
 近くで見ても、作りを見てもとてもとても重そうなのに、着てみればまるで羽のように軽い。

「姫様。ピアスをとってもいいですか?」
「え?」

 鏡に映る自分をぼんやりと眺めていると、エマさんが横から覗きこんだ。
 そして、右耳が見えるように髪を持ち上げると、アイスブルーの宝石が光る。

「ちょっとこの服には合わないので……」
「……」

 エマさんに、とってもいいよと言おうと思った。
 でも、なんとなく手が耳を覆っていた。

「姫様?」
「ごめん。これは、このままで……」
「そうですか……分かりました。……誰かからの贈り物ですか?」

 贈り物? 違う。

「違うよ。そんなものじゃない」


 けど、コレシカアッチノモノッテナイカラ。


 エマさんはそのまま続く言葉を無くした私を不思議そうに見ていた。
 そして、いつものように笑った。

「準備が出来ましたので、アーサー様を呼びますね」

 エマさんが手を叩くと、部屋の外で待機していたらしいアーサーがすぐに入ってきて、

「これを」

 と、エマさんに小さな箱を渡す。
 箱の中にはオレンジ色の親指大のしずく型の石が付いた、ネックレスが入っていた。

「お嬢様の家を示す石です。本当なら親が子に作って与えるものですが、今はラーシュ様あの状態ですので、ラーシュ様のものを借りてきました」
「少し長い?」

 首からかけると石がおへそ辺りにきてしまう。

「大丈夫です。後ろで調節します」

 エマさんがそう言って、石が胸元に来るようにしてくれた。
 ぼんやりとした輪郭がオレンジ色ですこしくっきりとする。
 白い衣装にオレンジ……色的には目立つけど、アイスブルーよりも微妙な感じだ。
 あ、もしかしてこれをつけるから、ピアスが駄目だったのかな?

「ではそろそろ時間ですし、行きましょうか」
「あ、うん」

 扉へ向かおうとスカートを少し持ち上げて方向を変える。
 ドレスは軽くて動きやすいけど、着慣れない私がきれいに歩けるはずがない。
 もたもたしてるとアーサーがため息をついた。

「歩く練習こそするべきでしたね」

 私もそう思う。

「まっすぐは歩けますね?」
「多分」
「じゃあ、失礼します」

 アーサーがそう言って、私を横抱きにした。

「アーサー! ちょっと、降ろして、ちゃんと歩くから!」
「もう時間も押してますから、我慢してください」
「姫様、これ持ってください」

 エマさんがスカートの裾をきれいにまとめて私に渡してくる。

「懐かしいですね。昔はよくこうして抱っこしてあげていたのを思い出します」

 アーサーはそう遠い目をする。
 いやいや、それは子供の頃の話であって。
 言いながら、扉をくぐり、渡り廊下をぐんぐんと進む。
 私がよちよち歩くより、確かに早い。早いけど。

「お嬢様がこんなに大きくなって、ルキッシュに戻ってくるなんて、感慨深いですね」

 歩きながら、何故か思い出話を始めるアーサー。

「こうして、後継者候補にも選ばれ、お披露目なんて……娘を嫁に出す父の気持ちなんていったら、ラーシュ様に殺されるかもしれませんね」

 なんて笑う。
 私を和ませるためなのか、忙しすぎて壊れたのか。

「アーサー、おじいちゃんみたい」

 転移の部屋に着いて、魔法陣の真ん中に降ろされた私は、ぼそりとそう言ってやった。

「お嬢様……」

 アーサーがため息をついて、頭を振った。

「……転移は昨日言った公園です。ゼストとバルド、そして私が先導します。周りに警備を配置していますから、安心して転ばないように歩くことだけ考えてください」
「……はい」

 後ろから付いてきたエマさんが、スカートの裾を私の手から取り上げてきれいな形になるように直してくれる。
 それが終わると、アーサーに向かって頷いた。そして、

「姫様、頑張ってくださいね」

 と私の手をギュッと握り、離れた。

「ありがとう、行ってきます!」
「じゃあ、行きますよ」

 アーサーの声と共に光があふれ、消えて、次の瞬間、割れんばかりの歓声が聞こえた。
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