このやってられない世界で

みなせ

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 エマさんは朝から張り切っていた。
 どこからか助っ人を二人連れてきて、三人がかりで私を着飾らせた。
 背丈より少し長くなって止まった髪は、長すぎるから切ってもいいよと言ったけど、また伸びるから無駄だと却下され、結構な時間をかけて編み込まれた。
 それだけで疲れ切ったのに、ルキッシュの民族衣装に似たストンと落ちる裾の長いドレスを着せられて、がっつりしっかりな化粧が終わるころには、もう動ける気がしなかった。

「さぁ、出来ましたよ!」

 いい仕事しました、って顔でエマさんたちは私を鏡の前に立たせた。
 鏡の中のキーラは、全身が見事に真っ白だ。
 背景が雪なら、もしかしたら私、見えないんじゃないだろうかってくらい。

「どうですか? 姫様!」

 鏡越しにエマさんお得意のキラキラおめめと視線がぶつかる。

「……」

 多分、期待に答えられるコメントはできない。
 だって、もう見た目が人間じゃないよ?
 神秘的って言えば、神秘的だけど。
 とりあえず満足そうな笑顔を作って頷いてみた。鏡の向こうで、エマさんも頷く。

「姫様、まるで精霊のようです!」

 あぁ、エマさんは満足したらしい。よかったよかった。
 もう好きにしてくれと遠い目をしていると、アーサーが入ってきた。

「あ、アーサー様! 見てください、エマの力作を!」

 エマさんが言う前に、アーサーは私を見て目を見張っていた。
 その驚きは、どの驚きなんだろう?

「……純血のエルフよりエルフのようです」

 私が首を傾げると、アーサーはそうぼそりと呟いた。
 アーサーの言うエルフがどんなものか本当のところが分からないけど、私が知るエルフとはどうやら違うようだ。

「そろそろいらっしゃいます。準備をしましょう」

 そう言ってアーサーが手を叩いた。
 部屋にあった家具もカーテンも何もかもが全部消えて、背もたれが高い椅子が一つ現れる。
 扉の対角線上、深い森を背景に置かれた見事な飾りが刻まれた椅子は、偉い人が座るのにちょうどよさそうだ。

「さぁ、どうぞ」

 手を出され、条件反射で手を乗せると、滑らかなエスコートでその椅子へと座らせられる。

「これから候補者の方たちがいらっしゃいます。何も言わなくて大丈夫です。ただ皆さんをよく見ていていください」

 エマさんたちが私の後ろに控え、アーサーは私の斜め前に立った。
 そしてまた手を叩くと、扉が開く。
 少しの間があって、一人目が入ってきた。
 駅で見たルキッシュの人たちと同じような姿だ。
 軽く頭を下げてから、まっすぐに私を見る。
 訝しげに、疑うように、探るように向けられる視線が、私を認めると同時にアーサーと同じ表情で見開かれ、そして戸惑うのが分かった。
 音一つない部屋に、息を飲む音が響く。

 私は言われた通り、目の前の人を見つめてよく観察する。視線が外され、その人が私の視界を外れるまで。
 そうして迎え入れた人の数は八人だ。
 八人は私の前に一列に並んで跪いている。

 アーサーが振り返り、唇を動かす。
 読唇術は出来ないよ……と顔をしかめたが、怖い笑顔に口の動きを必死で見た。

『え・ら・べ』

 簡単な三文字に頷くと、私を彼らの前へと促した。
 アーサーが昨日言っていた、バルド、カルロ、ゼストはどの人なんだろう?
 みんなよく似ているけど、顔立ちはもちろん、髪の色や長さは少しずつ違う。
 何より、纏う雰囲気は、全く違った。

 自分の気に入った人でいいのかな?

 焦らないようにと自分に言い聞かせながら、もう一度ゆっくりと彼らを見回す。
 確実なのは二人、他に気になるのは三人だ。

 端の人から順に一人一人の前で立ち止まり、アーサーに向かって首を振るのと頷くのを繰り返す。
 最後の人まで終わったら、椅子へ戻るようジェスチャーされた。
 椅子に座ると同時に、候補者は立ち上がり一斉に頭を下げ、そのまま出て行った。
 アーサーが手を叩くと、扉が閉まる。

「これで、一度目は終わりです」
「一度目?」
「流石に五人は多いです。全員に頼むのですか?」

 確かに五人は多いかもしれない。

「私が選んだ中にアーサーが言った三人は入ってる?」
「はい。どの方だとおもいますか?」
「一番目、五番目……かな。後一人はまだ分からない」

 思い出しながらそう言うと、アーサーが笑顔になった。
 どうやら当たっていたらしい。

「何を基準に選んだんですか?」
「アーサーに雰囲気が似てる人にした」
「そうですか……」

 照れくさそうなアーサーだけど、多分私と考えてること違うよ?
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