このやってられない世界で

みなせ

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 あんなことがあったから試験は散々かと思いきや、キーラの脳は優秀だった。
 本体が衝撃から立ち直れなくても、解答欄はサクサクと埋まる。
 逆に、途中何度か入る短い休憩の喧騒も、担任ジョシュアの冷たい視線も、ショックが長引いたおかげで気にせずに過ごせた。



 うーん、結果としては良かったのか……。



 無事一日目の試験が終わる鐘の音がなり、間もなくカークが現れた。

「キーラ、帰ろう」

 そう朝と同じような状態でロータリーへ向かう。
 流石に二度目なので、あまり注目されていない。
 ほっとしながら校舎を出ると



――――リーナがいた。



 ふんわりした短い髪を風になびかせ、大きな瞳で不安そうにこちらを見ている。
 周りに取り巻きの姿は見えない。。

「リーナ……」

 その姿に、足が止まりそうになる。
 カークは小さく舌打ちして、私を引きずるようにしてリーナの横を通り過ぎた。

「お義姉様!」

 すれ違う瞬間、リーナが泣きそうな声で叫んだ。
 それはいつものリーナの声で、盗み聞きした時のイメージはない。
 苦しくなるような、切なくなるような、人を惑わす微妙なそれ。
 急に背筋がぞわぞわとしてきて、思わずカークの服を握りしめた。

「大丈夫だから」

 カークは私の腰に回した手に力を込め、まっすぐに馬車へ向かう。
 リーナは追いかけてこなかった。
 馬車は私たちが乗り込むとすぐに動き出す。

「……大丈夫か?」

 問われて、カークの腕の中で小さく頷く。

 リーナが怖い。
 でも、一体何が怖いのか分からない。
 リーナのことを考えてもなんともない時もあるのに、何がきっかけなのか急に溢れてくる恐怖と、体の奥底にこびりつく不快感。


――――これは本当に怖いという感情なんだろうか?


 深呼吸をして、カークから離れる。

「キーラ?」
「もう、大丈夫」
「本当に?」
「うん」

 心配そうに覗きこんでくるカークに、もう一度頷く。

「リーナ、変わっていなかったね」

 そう、こう名を出しても怖くはない。

「……そうだな」
「あれ、何だったんだろう?」

 アーサーと会話している時のリーナ声を思いだす。
 うん、大丈夫だ。

「あれ? ……あぁ」
「あれ、リーナじゃなかったのかな?」
「……もう、その話はやめよう」

 カークが眉をひそめる。

「でも」
「いいから」

 おもしろくなさそうに、言いきられる。
 これはきっともう話しても駄目な感じだ。

「……そう言えば、デリックとケビンは一緒じゃないの?」

 今気がついたけど、馬車の中には私とカーク二人だけだ。

「あぁ、少し頼みごとをしたんだ」
「頼みごと?」
「……ちょっとね。それより、試験はどうだった?」

 強引に話題を変えられる。
 キーラの試験結果ってどうだったっけ?
 自分でテストを受けた感じだと、そんなに悪くない。
 でも、テストにも興味がなかったのか点数や順位の記憶がない。
 補習や補講、再試を受けた記憶も無いから、それなりにこなしていたんだろう。

「どうだろう? 解答欄は全部埋めたけど……」
「そう、じゃあ、大丈夫だね」

 首を傾げる私に、カークは満足気だ。

「合ってるか分からないよ。それに、まだ一日目だし」

 なんて、学生みたいな―――学生だけど―――会話をしながら帰った家には、残念なお知らせが届いていた。




 チェルノの帰国予定が、無期延期になってしまったのだ。



























――――作者より一言―――――

ここまで読んでくださりありがとうございます。

明日の更新はお休みします。
次回更新は9月2日になります。

次回もよろしくお願いします。
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