このやってられない世界で

みなせ

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 カークが空いた右手をひらひらさせるたび、赤い魔法陣が輝く。
 その下にいるフランクには何の変化もないけれど、部屋の空気が動くから何かしらの現象が起きているのだろう。
 微々たる動きなのに、魔法陣の色がどんどん濃くなって強い光になっていく。
 禍々しささえ感じる色に、なんだか急に不安を覚える。

「カーク」

 重苦しくなっていく空気に耐えかねて、自分をここに縫い付ける男を見上げる。
 前を向くその真剣な表情にそれ以上声もかけられず、私は仕方なくその体に両腕をまわす。
 眼を閉じてギュッと腕に力を込めれば、少しは不安がなくなるかと思ったけれど、そんなことは全くなくますます心がざわついてくる。
 耳鳴りがして、胃が締め付けられて、体が冷えて行く。
 もう一度目を開ける勇気もなく、ただひたすら時が過ぎるのを待っていると、背中に回ったカークの手に一瞬力がこもった。

 それが合図だったんだろう。
 急に両足が何かに引きずり込まれるような感じがして、足が動かなくなった。
 カークを見上げると、カークもこっちを見下ろしていた。

「いくよ」

 って、口が動いて、同時に足元から何かが這い上がってきた。

「いゃあっ―――――!!」

 あまりの気持ち悪さに、思いっきり悲鳴を上げた。
 悲鳴を上げたからと言って、気持ち悪さが無くなる筈がない。
 不快感がぞわぞわと登ってくる。それが外側からなのか、内側からなのかも分からない。



―――――気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪いっ――――っ!!



 心で叫んで、しがみついている手に力を込めて、きっとほんの少しの間我慢していればいいんだと、自分に言い聞かせて、歯を食いしばる。
 どのくらい我慢したのか、突然、その動きが止まった。


 あれ、終わった? ―――なんて体から力を抜いた瞬間―――次が、来た。



「ヒッ!!」


 息を飲んだ。
 ぞわぞわしていた何かが、一気に暴れ出した。
 フランクから魔力を取られた時とか、カークと一緒に魔法を使った時とかとは比じゃないくらいぐるんぐるん体の中を駆け巡る。




―――――気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪いっ――――っ!!




「もうやだぁ――――っ!!」

 涙と一緒に鼻水も出ている。きっと。

「カーク! もうヤダ! 魔力なんかいらないからもうやめて!」

 絶対止めてくれないのは分かっているけど、叫ばずにいられなかった。
 体をよじって両手でカークの胸板を押して、その腕から逃れようとしたけど、びくともしない。
 手をグーにして叩いても、キーラの力じゃポカポカって感じだろう。
 それでも、何もしないよりはましだった。
 気がまぎれるし、振り回されるようなめまいが軽減される。

「お願い、カーク。もう、無理だよう」

 すがりついて、そう言うと、カークは私を抱きしめた。
 身動きが取れなくなって、さらに苦しい。




――――そうじゃない、私はその手を離してほしいんだよ……




 カークのシャツを握り締めて、額を思い切り押し付けても、内臓が無理矢理揺らされる感覚がいつまでも続く。
 どこまで続くか分からないくらい、どんどん流れ込んできて、終わりが見えない。




――――何で、私がこんな目に……誰か、助けて……
『カークは魔法の扱いが下手糞だったんだな。知らなかった』

 愚痴を交えて鼻をすすりながらそう願うと、不意に頭に声が響いた。
 私がこんなに具合が悪いと言うのに、その声はとてもあっけらかんとしている。
 ケビンでも、リオネルでも、もちろんカークでもない声、初めて聞く声だ。



――――誰?
『その質問に答える前に、少し楽にしようか。……キーラは大きく深呼吸してて』

 私の名前知っている人? 誰だろう。
 言われるままにゆっくり深呼吸を繰り返すと、体を駆け巡っていた何かが、足の方から少しずつ速度が落ちて行き、次第にゆっくりした流れになって行く
 それと同時に全身から力が抜ける。


『大分楽になったろう?』
――――うん。でもまだ具合が悪いよ。
『だろうね。ちょっとやり方が悪かったみたいだ。二・三日は苦しいと思う。ごめんね。……こんなに下手だって知っていたら、もっと早く干渉したんだけど』
――――貴方は誰?
『……通りすがりの魔法使い、かな』


 少し恥ずかしそうな声。そして、自分で言って自分で笑っている。


――――私のこと、知っているの?
『知ってる。だから助けに来た』
――――助けに?
『そう、助けに。……もう大丈夫だから、眠っちゃいな、眠ったほうがもっと楽だよ』
――――眠れるかな?
『大丈夫。流れを感じて、身を委ねるんだ』


 声が言うように、体の中の流れを感じる。
 どこかからまだ流れ込んでくるけど、もう苦しくはない。
 あの苦しみが嘘のように、心地いい。

『……おやすみ、キーラ』

 
そう声が聞こえて、私は意識を閉ざした。

























――――作者より一言―――――

ここまで読んで頂き、
お気に入り登録していただき、ありがとうございます。

あらすじがまた違ってきたので少し変更しました。
タグも変更、追加しました。

今週のテーマは、
カーク、キーラの中の人に嫌われる、です。

次回もよろしくお願いします。
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