このやってられない世界で

みなせ

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「分かりました。魔法については、そのうち時間を作りましょう。話がそれましたね。それで、ダリル・アディソン様とは何かお約束をされましたか?」
「特に何も」
「本当に?」

 疑うように聞かれるので、私はもう一度ダリルの言葉を思い出す。
 話している間は、約束のようなことは言っていない。
 ましてや約束なんてするわけがない。

「していないと思うけど……」

 アーサーが目を細めると、なんとなく自分の周りの空気が動くのを感じる。

「アーサー、今魔法使っている?」
「分かりますか?」
「ちょっと空気が動くのを感じたから」

 アーサーが片眉を器用に上げた。

「感覚は鋭いみたいですね。これならすぐ魔法が見えるようになるでしょう」
「何の魔法?」
「お嬢様の行動を……」
「アーサーもプライバシーの侵害をする気?」
「私も?……他にも誰かに読まれたのですか?」

 あぁ、墓穴を掘ってしまいました。

「えーっと」
「……ダリル・アディソン様ですね。まったく、余計なことを次々と!」

 アーサーが悪態をついた。私が怒られているんだろうか。
 遠い目をしながら、裁きを待つしかないようです……

「あぁ、すみません、お嬢様。お嬢様に言ったのではありませんよ。昨日、デリック様をお送りした時、向かいの塀の影にいらっしゃった方と同じ魔力をお持ちの方でしたので」
「え。ストーカー?」
「違いますよ。デリック様を心配されていらっしゃっていたのでしょう。デリック様は気がつかれなかったようですが……それにしても、御兄弟なら同じようなことをしても仕方がないですね」

 私にそんなこと言われても困るんだけど、アーサーはかなりご立腹のようだ。こめかみに怒りのマークが見える気がする。

「同じようなことって?」
「治癒魔法のついでに、お嬢様にひも付けしています。デリック様の誓いよりたちが悪い。こちらは、間違いなくストーカー行為ですよ」
「アーサー、ストーカーの意味知っているんだ?」
「知っています。カーラ様が良く使っていました。変態を表す言葉の一つだと」

 ちょっと違うような、あっているような。

「お嬢様、ダリル様に何を言われませんでしたか?」
「何かって言われても……」
「頼まれるとか、そう言った感じのことです。
「あ! そう言えば最後に、デリックのことよろしくとか何とか」

 最後の最後に言われた言葉を思い出す。

「その時何かされませんでしたか? デリック様にしたようなことを」
「えー?」

 考えて、考えて。

「されました。されましたよ。爪先にちゅーって!!」
「また赤くなりましたね。……お嬢様、そんなだから隙が出来るのです。頬や手にキスくらいでいちいち反応しないでください」
「そんなこと言われたって、恥ずかしいんだからしょうがないじゃない!」

 私は元は日本人なのよ。そう言ったこととは無縁の生活をしてきたの。その上キス文化のない、奥ゆかしい民族なのよ!
 アーサーが諦めたようにため息をついた。

「まったく、しょうがないですね。キスされた手を見せてください。」
「はい」

 私はおとなしくダリルにとられた手を差し出した。
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