このやってられない世界で

みなせ

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 上機嫌でダリルは、自分と私の分のお盆をもって部屋を出て行った。


―――なにがそんなに楽しいんだろう?


 パンクした私は一言も返すことが出来ないままその背中を見送り、机に突っ伏した。

 神様、乙女ゲームのヒロインは、いつもこんな恐ろしい思いをしているんでしょうか?
 元のキーラならいざ知らず、私にはどうも荷が重いようです。
 前世がリアジュウの人、もしくは、ヒロイン体質の人と交代させてください。
 私には無理です……
 私はモブでいいんです。
 二次元で充分なんです。

 入れ違いに入ってきた女将は、ぐったりとしてぶつぶつと呟く私を見て慌ててダリルを追いかけて行った。

 もう、呼び止める気力も無い。
 私、前世で何か悪いことしたんだろうか?
 これをご褒美といわれたら、泣く。

「キーラちゃん、大丈夫かい?」 

 戻ってきた女将が、気の毒そうに肩を叩く。

「大丈夫」
「アレはもう出入り禁止にするから」

 一度も見たことがないと思うけど、ダリルが常連なのは間違いないのか。
 じゃあ今日じゃなくてもいずれは通る道だったんだろう。かえって今日で良かったのかも知れない。
 とりあえずゆっくり体を起こす。

「ちょっとびっくりしただけ……でも怪我を治してくれたから」
「アレが怪我を治したのかい? どれ、見せてごらん」

 顔を上げて右頬を見せる
 まだ自分でも見ていないから、ちゃんと治っているか分からない。

「本当だ、ちゃんと治っている……よっぽど気にいられたんだねぇ」
「えーっと」

 気にいられた、とは。

「ほら、あの子の治癒魔法は独特だろう? 」
「まぁ、ソウ、ですね。でもどうして女将さんは知っているんです?」

 言われると思い出す。あの綺麗な頬の輪郭を。

「アレは時々一人で飲みに来るんだよ。その時。たまたま指先をちょっと包丁で切っちゃってね。その時治してくれたんだよ。こんなおばちゃんの手を取って、チュッて」

 女将がくねくねと乙女になった。
 まぁ、気持ちも分からなくないけど……。

「おばちゃんにこんなことしても、おまけくらいしか出来ないよって言ったら、自分はこうしてしか治癒魔法を使えないから、特別気にいった相手にしか使わないし言っていないって言うんだよ。私のことは子供のころから知っているから、これはいつものお礼だよって」

 すごく嬉しそう。
 分かる、分かるけど。
 なんかあんなにドキドキした私が馬鹿みたいだ。でもおかげでかなり落ち着いた。
 ダリルは、おばちゃんと子供には基本優しいということなのだろう。

「ところで、治癒までしてもらったってことは、話し合いは上手く言ったんだろ?」
「え、あれ?」

 あ、そう言えば、結局あの人何をしたかったんだろ?
 最初は間違いなくこっちを警戒していたし疑っていた。
 でも途中からは、なんとなく私をからかっていただけな気がする。

「多分、私が悪くないことは分かってくれたとは思うけど。うーん。悪い様にはしない、かな?」
「だろうねぇ。まぁ、朝から酔っぱらったみたいに機嫌良く帰って行ったからそうなんだろうけど……」

 私が首を傾げると、女将はダリルを思い出したのか、顔をしかめた。

「アレはあれでも一応騎士団の副隊長をやっているみたいだから、変なことにはならないだろうけど、気をつけなきゃだめだよ」
「気をつけます」

 私は女将に心からそう言った。
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