このやってられない世界で

１９

　文字は時間が立つと消える仕様らしく、他のページのニコちゃんマークを試している間に、１ページ目の文字は消えていた。
　ノートはすべてのページにニコちゃんマークが書かれていたが、１ページ目のニコちゃんマーク以外何度触っても反応しなかった。
　魔法を使ったせいなのか、いろいろあったせいなのか、自分が思うよりずっと早くベッドに戻り、目が覚めたのは太陽が昇る少し前だった。

　夢も見ないほどゆっくりと眠った後の目覚めは、すっきりはしていたが気分はどんどん落ち込んでいた。
　目が覚めても、天井はオンリンナ家の屋根裏部屋で、私は変わらずキーラだった。

　眠る前は異世界転生したとはいえ、自分は思ったよりシッカリ対処したと思っていたのに、昨日の自分の行動を思い出すと、自分がただハイテンションなだけで何も考えられてはいなかったのだと思い知らされた。

「今、何時なんだろう？」

　起き上がって身支度を整える。
　私は、お風呂場で鏡で右頬を確認した。
　痛みは無いがまだ少し腫れていて、ひどい色をしていた。
　昨日はこのまま学園へ行くつもりだったが、デリックがわざわざ謝りに来たことを思うと絆創膏くらい貼ったほうがいいかもしれない。

　デリックのことを思い出すと、跪いて見上げてきた笑顔を思い出して、顔が熱くなる。

　それにしても、デリックのあれは何だったんだろう。
　だいたいまだ騎士の入り口にも立ってない、無抵抗の女子を殴った時点で騎士科から追い出されそうなのに、忠誠も何もないでしょうに。

「あ！」

　そう言えば、ゲームの情報の中にデリックが同じようなセリフで、ヒロインに跪くシーンがあった！
　でも、私を思い切り殴れるくらいには、リーナに攻略されている筈だよね。
　それがどうして、それもあんなに急に。


……キーラを殴った罪悪感とか？
……自分が思っていたのと違うキーラとリーナの実情に同情したとか？


　攻略対象者ってそんなに簡単に好きな女を変えられて、チョロくていいもんなの？
　鏡の中のキーラが、眉がひそめる。

　いや、乙女ゲームだからヒロインにはチョロイ方がいいのか。
　じゃあ何故、キーラに跪くの？


……もしかして、リーナ覚醒の最初のフラグが折れたから？


　良くある悪役令嬢モノやお母様のノートにもあったように、悪役令嬢が攻略対象者を攻略する状態になったとか？
　それなら、急にデリックがあんなことをしたのかも説明がつきそう。


「つきそうだけど、それはそれで、面倒なことになりそう……あぁ、もっと注意して行動しないと」

　とりあえずデリックにはもう私に構わないという確約を取ってあるから、大丈夫だろう。

「あ！」

　そう言えば、食堂の女将さんにも訂正を入れなきゃいけない。
　一応謝罪をうけいれたんだから、あまり噂話を流されるのは困る。
　せっかく上手く遠ざけたのに、違う意味で絡まれることになったら大変だ。

　とにかくこれ以上ゲームに関係ある人たちには近付かないようにしないと。


　私はいつもよりずっと早い時間に家を出て、食堂へ向かった。