このやってられない世界で

みなせ

文字の大きさ
上 下
7 / 336

07

しおりを挟む
 食堂で暫く頬を冷やした後、

「その顔じゃあ、厨房もホールもダメだから」

 と、女将の厚意で夕食の賄いを食べさせられた後、店を追い出された。




 いつもより早く帰った家では、家令のアーサーが慌てた様子で出迎えてくれた。
 父が戻る前に領地運営を教えてくれていたのは、このアーサーだ。
 今いる使用人は父が連れてきたひとたちだ。母が亡くなった時、残っていたのはアーサーと母付きだった侍女のマリーだけ。
 表立っては何も言わないが、裏ではいまでも助けてくれている。

「お嬢様、どうなされたのです。そのお顔は……」
「ちょっと殴られちゃって」

 食堂とほぼ同じ説明をして、笑って見せる。
 女将と同じように、アーサーも顔をしかめたが、その後の言葉は思っていたものと違った。

「“今日は”治癒魔法はお使いにならないのですか?」
「……知っていたの?」
「はい。お嬢様が隠されていたようでしたので、聞きませんでした」

 リーナが学園に通うようになって暫くすると、キーラは嫌がらせを受けるようになった。
 人気のある男性陣が取り巻きをしているリーナに嫌がらせが出来ないから、その姉であるキーラに対して嫌がらせをしていたようだ。
 足を引っ掛けられたり、水をかけられたり、通りすがりにぶつかられたり、ちょっとした物が無くなったり、提出物にいたずらされたり破られたりと、乙女ゲームのヒロインが受ける嫌がらせだ。
 制服が破れたり、怪我もしていた。

 ゲームのキーラは悪役令嬢らしく、そこそこ頭もよく、運動神経もあり、魔法も難なくこなすオールマイティな存在だった。
 この世界のキーラは、ヒロイン並みにいい子ちゃんだったから、怪我は自分で治したし、嫌がらせも誰にも言わず隠していたみたいだ。

 迷惑をかけたくないと思っていたようだけど、言ってもしょうがないと諦めていたところもあったようだ。

「そう……それは、ありがとう」

 何と言っていいか分からず、そう首を傾げる。

「何故、とお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 言いたいことは分かる。
 この顔で父親の前に立てば、またいらぬ叱責を受けるだろう。
 何があっても我慢して、静かにそれが過ぎるのを待つ方が―――何事も無かったようにふるまうのがキーラらしい。



 でも、私はキーラじゃない。



 殴られたら、殴り返したいのだ。



「何故かと言えば、悔しくなったから」

 腫れた頬を気にしながら、少しだけ笑う。

「だから、痛くないふりをするのはもう止めることにしたの。私を殴った人には何もできないけど、この顔が治るまで、このまま毎日学園に通えば、私を殴った人がまともなら、少しは嫌な気分になるでしょう? 学園の誰も、私が治癒魔法を使えるなんて知らないもの。治癒魔法が使えない私を殴った騎士科の人間がどんなふうに見られるか、とても面白いと思わない?」

 キーラらしからぬもの言いいに、アーサーは大きなため息をつく。

「お嬢様、一体何があったのですか? まるで人が変わったようじゃないですか」

 変わったんだけど、とは言えないので、私は笑うのを止めた。

「変わりたいと思ったのよ。何をしたわけでもないのに、勝手に悪者にされて、知らない騎士科の男に皆の前で殴られて、頬も、壁に当たった肩も痛いし、それに鼻血も出たのよ。怪我を治さないで、考えていたら、何で我慢する必要があるのか、って思ったの」

 キーラは、本当は強い。
 悪役令嬢になるだけの肉体と能力を持っているのだ。
 覚悟を決めれば、リーナやその取り巻きと互角に渡り合える力を持っている、筈。
 この家を追い出されたって、庶民としてやっていくだけの力もあるのだ。
 弱かったのは心だけ。

「お嬢様、ですが、そのお顔で町を歩くのは」
「大丈夫よ。学園での私は『義妹をいじめる極悪非道の姉』って言われているのよ。せっかくだから目立たなくっちゃね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――  乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】! ★★  乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ! ★★  この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

処理中です...