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食堂で暫く頬を冷やした後、
「その顔じゃあ、厨房もホールもダメだから」
と、女将の厚意で夕食の賄いを食べさせられた後、店を追い出された。
いつもより早く帰った家では、家令のアーサーが慌てた様子で出迎えてくれた。
父が戻る前に領地運営を教えてくれていたのは、このアーサーだ。
今いる使用人は父が連れてきたひとたちだ。母が亡くなった時、残っていたのはアーサーと母付きだった侍女のマリーだけ。
表立っては何も言わないが、裏ではいまでも助けてくれている。
「お嬢様、どうなされたのです。そのお顔は……」
「ちょっと殴られちゃって」
食堂とほぼ同じ説明をして、笑って見せる。
女将と同じように、アーサーも顔をしかめたが、その後の言葉は思っていたものと違った。
「“今日は”治癒魔法はお使いにならないのですか?」
「……知っていたの?」
「はい。お嬢様が隠されていたようでしたので、聞きませんでした」
リーナが学園に通うようになって暫くすると、キーラは嫌がらせを受けるようになった。
人気のある男性陣が取り巻きをしているリーナに嫌がらせが出来ないから、その姉であるキーラに対して嫌がらせをしていたようだ。
足を引っ掛けられたり、水をかけられたり、通りすがりにぶつかられたり、ちょっとした物が無くなったり、提出物にいたずらされたり破られたりと、乙女ゲームのヒロインが受ける嫌がらせだ。
制服が破れたり、怪我もしていた。
ゲームのキーラは悪役令嬢らしく、そこそこ頭もよく、運動神経もあり、魔法も難なくこなすオールマイティな存在だった。
この世界のキーラは、ヒロイン並みにいい子ちゃんだったから、怪我は自分で治したし、嫌がらせも誰にも言わず隠していたみたいだ。
迷惑をかけたくないと思っていたようだけど、言ってもしょうがないと諦めていたところもあったようだ。
「そう……それは、ありがとう」
何と言っていいか分からず、そう首を傾げる。
「何故、とお伺いしてもよろしいでしょうか?」
言いたいことは分かる。
この顔で父親の前に立てば、またいらぬ叱責を受けるだろう。
何があっても我慢して、静かにそれが過ぎるのを待つ方が―――何事も無かったようにふるまうのがキーラらしい。
でも、私はキーラじゃない。
殴られたら、殴り返したいのだ。
「何故かと言えば、悔しくなったから」
腫れた頬を気にしながら、少しだけ笑う。
「だから、痛くないふりをするのはもう止めることにしたの。私を殴った人には何もできないけど、この顔が治るまで、このまま毎日学園に通えば、私を殴った人がまともなら、少しは嫌な気分になるでしょう? 学園の誰も、私が治癒魔法を使えるなんて知らないもの。治癒魔法が使えない私を殴った騎士科の人間がどんなふうに見られるか、とても面白いと思わない?」
キーラらしからぬもの言いいに、アーサーは大きなため息をつく。
「お嬢様、一体何があったのですか? まるで人が変わったようじゃないですか」
変わったんだけど、とは言えないので、私は笑うのを止めた。
「変わりたいと思ったのよ。何をしたわけでもないのに、勝手に悪者にされて、知らない騎士科の男に皆の前で殴られて、頬も、壁に当たった肩も痛いし、それに鼻血も出たのよ。怪我を治さないで、考えていたら、何で我慢する必要があるのか、って思ったの」
キーラは、本当は強い。
悪役令嬢になるだけの肉体と能力を持っているのだ。
覚悟を決めれば、リーナやその取り巻きと互角に渡り合える力を持っている、筈。
この家を追い出されたって、庶民としてやっていくだけの力もあるのだ。
弱かったのは心だけ。
「お嬢様、ですが、そのお顔で町を歩くのは」
「大丈夫よ。学園での私は『義妹をいじめる極悪非道の姉』って言われているのよ。せっかくだから目立たなくっちゃね」
「その顔じゃあ、厨房もホールもダメだから」
と、女将の厚意で夕食の賄いを食べさせられた後、店を追い出された。
いつもより早く帰った家では、家令のアーサーが慌てた様子で出迎えてくれた。
父が戻る前に領地運営を教えてくれていたのは、このアーサーだ。
今いる使用人は父が連れてきたひとたちだ。母が亡くなった時、残っていたのはアーサーと母付きだった侍女のマリーだけ。
表立っては何も言わないが、裏ではいまでも助けてくれている。
「お嬢様、どうなされたのです。そのお顔は……」
「ちょっと殴られちゃって」
食堂とほぼ同じ説明をして、笑って見せる。
女将と同じように、アーサーも顔をしかめたが、その後の言葉は思っていたものと違った。
「“今日は”治癒魔法はお使いにならないのですか?」
「……知っていたの?」
「はい。お嬢様が隠されていたようでしたので、聞きませんでした」
リーナが学園に通うようになって暫くすると、キーラは嫌がらせを受けるようになった。
人気のある男性陣が取り巻きをしているリーナに嫌がらせが出来ないから、その姉であるキーラに対して嫌がらせをしていたようだ。
足を引っ掛けられたり、水をかけられたり、通りすがりにぶつかられたり、ちょっとした物が無くなったり、提出物にいたずらされたり破られたりと、乙女ゲームのヒロインが受ける嫌がらせだ。
制服が破れたり、怪我もしていた。
ゲームのキーラは悪役令嬢らしく、そこそこ頭もよく、運動神経もあり、魔法も難なくこなすオールマイティな存在だった。
この世界のキーラは、ヒロイン並みにいい子ちゃんだったから、怪我は自分で治したし、嫌がらせも誰にも言わず隠していたみたいだ。
迷惑をかけたくないと思っていたようだけど、言ってもしょうがないと諦めていたところもあったようだ。
「そう……それは、ありがとう」
何と言っていいか分からず、そう首を傾げる。
「何故、とお伺いしてもよろしいでしょうか?」
言いたいことは分かる。
この顔で父親の前に立てば、またいらぬ叱責を受けるだろう。
何があっても我慢して、静かにそれが過ぎるのを待つ方が―――何事も無かったようにふるまうのがキーラらしい。
でも、私はキーラじゃない。
殴られたら、殴り返したいのだ。
「何故かと言えば、悔しくなったから」
腫れた頬を気にしながら、少しだけ笑う。
「だから、痛くないふりをするのはもう止めることにしたの。私を殴った人には何もできないけど、この顔が治るまで、このまま毎日学園に通えば、私を殴った人がまともなら、少しは嫌な気分になるでしょう? 学園の誰も、私が治癒魔法を使えるなんて知らないもの。治癒魔法が使えない私を殴った騎士科の人間がどんなふうに見られるか、とても面白いと思わない?」
キーラらしからぬもの言いいに、アーサーは大きなため息をつく。
「お嬢様、一体何があったのですか? まるで人が変わったようじゃないですか」
変わったんだけど、とは言えないので、私は笑うのを止めた。
「変わりたいと思ったのよ。何をしたわけでもないのに、勝手に悪者にされて、知らない騎士科の男に皆の前で殴られて、頬も、壁に当たった肩も痛いし、それに鼻血も出たのよ。怪我を治さないで、考えていたら、何で我慢する必要があるのか、って思ったの」
キーラは、本当は強い。
悪役令嬢になるだけの肉体と能力を持っているのだ。
覚悟を決めれば、リーナやその取り巻きと互角に渡り合える力を持っている、筈。
この家を追い出されたって、庶民としてやっていくだけの力もあるのだ。
弱かったのは心だけ。
「お嬢様、ですが、そのお顔で町を歩くのは」
「大丈夫よ。学園での私は『義妹をいじめる極悪非道の姉』って言われているのよ。せっかくだから目立たなくっちゃね」
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