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短編
主客転倒 その2
しおりを挟む光の乱反射でちかちかする目を何度も瞬きし、ようやくきつく閉じていた目をうっすらと空けると、目の前にやけに整った男の顔があった。
服装といい、その色といい、まるで王子様のようだ。
完全に恋する目をして、あたしの手を握り見つめるをその男に、あたしは悲鳴を呑み込む。
今度は誰だよ!
次から次によくまあこんなに綺麗な男を量産できるな!
もういいかげんにしてくれ!
あたしはさっきまでアズリーンという人間だったのに!
と叫びたかったが、とりあえず唇をかみしめることでこらえた。
「どうしたんだい? マリエル」
はい、あたしは今度はマリエルさんなんですね?
今度はどっちだ?
ヒロインか? ライバルか?
あたしをすっぽりその腕に包み込み、心配そうにのぞきこむ王子様らしき人に、あたしはひくついた笑顔をむけた。
困った時の、お花摘み。
王子様らしき人(面倒だから次回から王子で)から逃れるために、あたしはそう言って席を外した。
完全にあやしい部屋から出て、あちこちを見回しながらトイレへ急ぐふりをする。
ふらふらしていれば、きっと誰かがあたしに接触するはずだ。
案の定、情報源のレディーたちが、目の前に現れた。
「あら、マリエル様」
「もう、殿下との逢瀬は終わりましたの?」
「メリル様という婚約者がいらっしゃるのに、恥知らずですわね」
「平民風情が、あまり調子に乗らない方がいいですわよ!」
「何かおっしゃったらいかが?」
ほう、マリエルさんはヒロインなんですね。
悪役令嬢はメリル様か。情報ありがとうございます。
あたしは心の中でお礼を言いながら、真ん中のレディーにぐいっと顔を近づける。
「・・・・・・メリル様に会いたのですが、どちらにいらっしゃいます?」
「え?」
レディーたちの声が重なった。
メリルも、アズリーンに負けず劣らずの美女だった。
出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んだ、ナイスバディの持ち主だ。
あたしの今回のお胸は……
「私にどんな御用でしょう? マリエル様」
図書館の奥にある小部屋で、一人本を読んでいたメリル様に、あたしはカテーシーで挨拶をし、さっそく聞きたいことを口に出す。
「単刀直入に聞きます。あの人、どんな人ですか?」
「あの人、とは?」
「貴方の婚約者です」
心底不思議そうにメリルはあたしをみつめる。
その瞳には一点の曇りもなく、純粋な疑問だけが浮かんでいる。
「それは、どちらの方のことでしょう?」
長い沈黙の後、メリルはそう言った。
「えーっと……」
「マリエル!」
あたしが言い淀んでいると、個室のドアが乱暴に開けられ、王子が乱入してきた。
メリルは立ち上がり、慌てた様子もなく綺麗なカテーシーをする。
「メリル! 貴様、マリエルになにをしている!」
王子は叫びながらメリルを指差し、あたしの腰に手を回してきた。
「殿下、ここは図書館です。大きな声を出されると、他の皆さまのご迷惑になりますのでおやめください」
「俺はお前のそんなところが大嫌いなんだ! マリエルを呼びだして何をするつもりだ!」
「あー、メリル様。さっきの話ですが、この人のことです」
どさくさにまぎれて、あたしは王子を指差した。
メリルは一瞬あたしを見て、首をかしげた。
「さあ、私も、わかりません。しいていえば、今は見たとおりの方です」
「?」
「メ、メ、メリル!」
メリルは、暫くあたしを見つめた後、パチンと手をたたいた。
どこからともなく真っ黒な人型の何かが出てきて、王子を気絶させるとそのまま担ぎあげ、メリルに一礼すると部屋を出て行った。
―――なに、今のあれ。
あたしも流石に目と口が空けっぱなしになってしまった。
「それで、私に何をお聞きになりたいの?」
あたしはメリルのビビるほどの気迫に、思わず肩をすくめた。
メリルは厳しい瞳のまま、核心に迫る一言を言う。
「……マリエル様、貴方はどなた?」
「すみませ~ん。マリエルじゃないんです~ さっきマリエルになったばかりの転移者です」
背筋に冷たいモノを感じてあたしは、そう叫びながら土下座した。
あたしは、あたしの知っている、あたしの状態を、かいつまんで話した。
興味なさそうに聞いていたメリルは、長く無言であたしを見た後、
「転移者ねぇ」
とすっかり気を抜いた様子で、しみじみとつぶやいた。
「信じられないですよね」
「信じるわよ。この世界にもそう言った人の伝記はたくさんあるし、会ったこともあるわ。それに貴方の行動は、私の知っているマリエル様と違いすぎる。何より殿下の名前も知らないなんてありえないもの」
マリエル様は私の前ではすぐひどいです~って、すぐ泣いちゃうのよと、メリルは笑う。
「で、どうしてそのまま殿下の相手しなかったの? 貴方が元ヒロイン(?)ならそのまま相手できたのではないの?」
「あの状態は、さすがに無理です。……私にだって好みがあります。お話相手くらいならともかく……」
「あら、でも前の、えーとアズリーンさんの時はヒロインから王子様を取り返したんでしょう?」
「それはなんて言うか、婚約破棄の場面でしたし、あのヒロインに負けたくなかったし……でも、元の通りにした後はなるべく王子様との接触は避けていましたよ」
「ふーん」
あたしを見定めるようにメリルは見つめてくる。
「メリル様はどう思っているんですか? あの王子のことを」
「ああ、そのことなんだけど。私あの人の婚約者じゃないのよね」
「そう、なん、ですか?」
「そうよ。婚約者は私の双子の妹の方なの。私とあの子の容姿は鏡に映したみたいだけど、あの子の性格はマリオン様みたいなのよ。明るくて誰からも愛されて、当然王家も家の両親もあの子を婚約者に選んだんだけど、あの子ったら学園に入るちょっと前に男と逃げちゃったのよね」
「は?」
それ、なんてヒロイン?
「だから私一人で入学したの。でも私の影がよほど薄かったのか、双子っていうのが伝わってないのか、いつの間にか私があの人の婚約者ってことのなっていたのよね」
「否定しなかったんですか?」
「否定したわよ。暫くは落ち着いていたけど、今年マリオン様が現れてからは全然ダメ。もう毎日同じ人に否定することに疲れちゃって」
メリルは、はぁ、と大きくため息をつく。
「王子は妹さんのこと知っているんですか?」
「知っていると思うけど……殿下も、最初はあんな感じではなかったのに」
残念だわ、と眉を寄せる。
「王子と妹さんはどんな感じだったんですか?」
「あまり見てないから……しいていえば、普通、かしら?」
「メリルさんとは?」
「私は……あまり接点がなかったわね」
寂しそうに、メリルは窓の方へ目を向ける。
「妹さんは帰ってきそうなんですか?」
「どうかしら。両親は捜していると思うけど、あの子、私より能力があるし、もう2年以上たつもの。相手を本当に好きなら無理かもしれない」
「もし妹さんが帰ってこなかったら、どうなるんですか?」
「婚約解消、じゃないかしら」
そうメリルが首を傾げる。
「あの、なんとなくなんですが、このままいくと、卒業式に婚約破棄イベントが発生しそうですよ」
「婚約破棄イベント? 誰と、誰の?」
「メリル様と、王子の、です」
「だって、私婚約者じゃないわよ?」
「でもあの王子は、メリル様を婚約者だと思ってますよね、そしてマリエルさんも貴方が婚約者だと思ってるんですよね」
「あら……じゃあ、そうなるかも、しれないわね」
メリルはそう両手で口元を覆う。
「間違いでも、大勢の前での婚約破棄は困るわ」
「そうですよね、なら、王子をここへ戻せますか? とりあえず魅了魔法を解きましょう」
「……ええ」
メリルは不思議そうな顔をしたが、パチンと手を叩いた。
どこからともなく真っ黒な人型が現れ、その胴体の暗闇から王子が引きずり出される。
王子を支えるようにして立たせると、その後頭部を叩き目覚めさせた。
なんだろう、この王子に対する扱いの悪さは。
「メ、メ、メリル!……わぁ!!!」
王子が気付くと同時にあたしはその前に飛び出し、その手に触れる。
パシンと何かがはじける音がして、王子がひっくり返った。
「ちょ、ちょっと!」
メリルが慌てて王子の元へ駆け寄り、その体を抱き起こした。
「マリエルさん! 貴方殿下に何してるの!」
さっきの貴方の扱いの方がひどくないですか―――と思ったが、
「すみません。かなり浸食していたみたいなのではじけちゃいました」
と、あたしは憧れのテヘペロをやってみた。が、メリルは無視した。
「メリル? これは? 私はいったい?」
「あー、殿下の魅了魔法を解きました」
真面目な顔になった王子に、あたしはとりあえず状況を説明する。
「魅了? そうか、それで……メリル、すまなかった」
急に王子がメリルに向かって頭を下げる。
「殿下、私は気にしていませんわ。こちらこそ、妹がご迷惑をおかけして」
「それこそいいのだ。私が君と婚約したいと言ったのだから」
「は?」
「私がメリルと結婚したいと、言ったんだ。君の妹は、私のために家を出た」
「はぁ~?」
あ。
これ、間に入ったらダメなやつだ。
あたしはメリルが使っていたらしいノートに、魅了魔法の防ぎ方とマリエルの処遇についてを短く書いて、そっと部屋から逃げ出した。
扉の中から激しい物音と怒号が聞こえてくる。
くわばら、くわばら。
前回ちょっと、上手く言ったからって、図に乗っちゃったわ。
次はもう少し慎重に行動しなくちゃ。
それにしても、あたし、次はあたしの世界に帰れるんだろうか?
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