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17.王太子とお兄様……貴方達、大丈夫?

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「お前が、マルクスの妹か」

 部屋に入った私を見るなり、ソファーに腰掛けた男がそう言った。
 これがきっと王太子ね。装飾品が馬鹿みたいについた洋服を着てるもの。
 確かお茶会で見たはずだけど……精霊王の方が印象深くて、よく思い出せないわ。

 それにしても、出会い頭に

―――― お前、ですって。

 本当に、素敵なご挨拶ね。
 これから何を言われるのか考えると、ドキドキしちゃう。

 名前は、確か……

「ヘンドリック様、レディに向かってその言い方。また教育係に叱られますよ」
「そうか? だが、その女は私の友人たちを困らせる悪女だろう?」

――――今度は悪女。……ますます楽しみな展開ね。

 なんて思っていたら、グリフ様が目を細めたわ。
 ちょっと室温が下がったわよ。
 怒った……のかしら。

「陛下からの下命でしたから貴方を迎え入れたのですよ。私の大切な生徒を侮辱するなら、今後二度とこの家の門はくぐらせませんよ」
「それは困る!」
「では……正しい態度で挨拶を」
「わ、分かった」

 王太子が慌てて立ち上がったわ。
 きちんと背筋が伸びるのを待ってグリフ様は私の手を取り王太子の前に進み出た。

「私の直弟子、マチルダです、マチルダ、ご挨拶を」
「……マチルダと申します」

 促されて、ワンピースをつまんで頭を下げる。
 基本の動作よ。なんて言ったかしら、カテーシー? カーテシー?
 どっちだったか忘れたわ。こっちでもそう言うのかも知らないけど。

 まぁいいわ。

「ヘンドリックだ」

 王太子はふんと鼻を鳴らす。本当に下品な男ね。
 ほら、またグリフ様の周りの温度が下がっちゃったじゃない。冷えるからやめてほしいのに。

「マルクスから話を聞いて、一度顔を見ておきたかった」

 あら、お言葉だけどちゃんとお茶会でお会いしたわよ?
 認識疎外を使っていたとはいえ、お兄様と一緒にご挨拶したんだから、顔は無理でも挨拶をうけたこと位は覚えてて欲しかったわ。
 それに、その前にも一度会っている……あれは子供心に結構印象的だと思うけど、忘れちゃったのかしら?
 ここはきっちり教えてあげるべきかしら?

「どんな話をされているのでしょう?」

 冷たい声に、ちらりと横に立つグリフ様を見上げれば、笑顔なのに目が笑っていないわね……怖い、怖い。

「グリフも知っているだろう。マルクスは私の側近候補の筆頭で、その妹は愛し子だ。だというのにその姉が、家族からの虐待で家を出たなどと言う噂がたっている。私が知るマルクスは妹思いのよい兄だ。決して姉妹を差別するような人間ではない」

 王太子が自信たっぷりに断言したけど、その隣のお兄様は居心地が悪そうよ。
 そうよね。居心地、悪いわよね。分かるわ。
 だって、差別する人間なんですもの。

「そうですか、他にどんな噂があるか伺っても?」

 王太子のせいでグリフ様の笑顔がますます深くなっていると言うのに、本人は話すのに夢中なのね。この冷たい空気を感じないみたい。
 私、本当に怖いわ。

「あぁ、何でも部屋は日当たりの一番悪い場所、部屋にはベッドと物入れと机しかなく、服は一着のみで、お茶会のドレスも用意せずに母親のお下がりを着せられ、食事も入浴も従業員と同じ場所を使い、侍女もいなかった。そして勉強は家庭教師ではなく執事が教えていた……と」

 えぇ、全くその通りです。
 社交界の噂は伝言ゲームの筈なのに、よくそこまで変化なくお耳に入ったものですわ! 驚嘆しましたわよ。

 あら、お兄様の顔色が、青から白になってますわ。
 大変、唇まで真っ白よ! それにぶるぶる子犬のように震えてる。



……大丈夫かしら。



「だが、愛し子がいる邸でそんなことがある筈がない。此処にいる悪女が自分を正当化するために流しているのだと私は思っている。そして、今日その女の顔を見て確信した。どうだこの悪女顔、意地悪そうな目つき! 何を考えているか分からないではないか。きっと私の側近となるマルクスと、愛し子として愛されるルフィナ嬢を羨んでそのような虚言を広めたのだろう」

―――――今度は目つきと虚言ですってよ! そして広めるですって!

 実家でも、この邸でもほぼ引きこもっている私が、どこにどうやって広めるって言うのかしら。
 勝手な妄想を堂々と真実のように語れるなんて、本当にたいしたものよ。







 流石王子様ね。




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