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遠征軍と未踏の特殊区画と人の悪意

95 遠征軍は魔物の群れと相対する

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 迷宮14層 通路

 曲がりくねった通路を遠征軍が進む。

 遠征軍は約50の戦力をいくつかのグループに分け、各グループは一定の距離を保っている。

 縦陣と呼ぶのか、長い蛇のような隊列だ。

 先頭と後方は、索敵能力に優れ個々の戦闘力も高い者が担当する。
 中央には遠距離攻撃が可能な者や、耐久力に劣る者が配置されている。

 迷宮の構造上、先頭と後方が最も多くの戦闘をこなすことになるためだ。


「ここは道なりですわ。T字路になっているため、横道からの襲撃に警戒してくださいまし」

 中央グループにいるコレットが指示を出す。

 優秀な兵士が先頭グループで先導するため、道に迷うことはない。
 それでもあえて道の指示や警戒を促すのは、それが遠征軍を率いるコレットの仕事だからだ。

 遠征軍は横道に注意を払いつつも進んでいく。

 迷宮における縦陣は、遠征軍が迷宮の通路を進むときの一般的な陣形だ。
 先頭と後方への襲撃に強い反面、横腹を突かれると混乱する危険を持っている。

 そして今回は、偶然にもその弱点を突かれる形となった。


「前方、ロックリザート3、レッサーサイクロプス2。20秒後。対処可能だ」

 中央班がT字路の半ばを過ぎたところで、遠征軍の先頭を進むゴルオンが魔物の出現を伝える。
 獣人は索敵能力に優れる。耳と鼻をヒクヒクと動かし、魔物の種類も特定している。

 決められた符号に従い、最小限の言葉で情報を共有する。
 一瞬の判断が求められる迷宮内において、大所帯の遠征軍には必須の取り決めだ。

「後方、フレイムウルフ4、エルダーバット2だ。30秒後。対処可能だ」

 ほとんど同時に、後方の斥候を務めるコウエンも魔物の出現を報告する。

「中央、テトラキマイラ1、オーガ2です。えと、30秒後。対処可能です」

 中央のシオンからも報告が上がる。まだ不慣れな様子だが、どことなくほほえましい話し方に遠征軍の緊張がほどよくほぐれる。

 全軍停止。グループごとに対処を任せますわ。

 コレットの指示に従い、遠征軍は迎撃の用意を整える。

 遠征軍は三方同時からの襲撃を受けることとなった。
 それほど珍しいことでもないが、油断をすれば一気に集団が壊滅することもある、危険な形であることには変わりない。

 だが弱点を突かれても、遠征軍にはまだまだ余裕があった。

「くるぞ!」

 石と炎の弾丸が飛来する。
 ロックリザードとフレイムウルフによる攻撃だ。

「風壁!」

 遠征軍と魔物を遮るように出現した風の壁が石を押し返し、炎を散らす。
 エルフの魔法だ。エルフは魔法に優れる種族で、魔法の適性を持つ者が非常に多い。

「風弾!、火弾!、土弾!」

 エルフ、人族、ドワーフの魔法使いが放った魔法が、お返しとばかりに魔物に降り注いだ。

 エルダーバットが風弾に翼を切り裂かれ落下していく。
 手痛いしっぺ返しを受け、魔物がひるむ。

「いまだ!突撃!」

 ドワグルが斧を構え、魔物へ飛びかかる。
 ドワーフと人族は連携を維持し、魔物を取り囲みダメージを与えていった。

 レッサーサイクロプスの瞳を人族の槍が正確に貫く。
 防御に優れるロックリザードを、力自慢のドワーフが斧とこん棒で叩き潰す。

 素早さに優れるフレイムウルフとオーガがしぶとく抵抗するが、

「はぁっ!」

 猛スピードで横から繰り出された獣人の爪が、魔物たちの首を掻き切った。

 最後に残ったテトラキマイラが翼を広げて宙に浮き、中央部隊へ突進してくる。

「させません!」

 シオンが祖白竜の短剣を両手に構え、テトラキマイラとすれ違うように跳躍、回転しながら背中の翼を切り飛ばす。

 RUOOOOOOOOOOOO

 地面に落下し怒りの声を上げるテトラキマイラ。
 翼を失っても、まだ獅子の足が残っている。
 テトラキマイラは三つ首をもたげ、即座に突撃を再開しようとする。

 だが、エルフがその隙を見逃さない。

「放て!」

 ルシアの指示とともに、無数の矢がテトラキマイラへ殺到する。
 エルフの風魔法により威力を増した矢は、テトラキマイラの足を削り取っていく。

 RUAAAAAAAAA!!!

 テトラキマイラは14層で屈指の強さを持つ魔物だ。
 翼と足を失ってなお、魔法による遠距離攻撃を仕掛けようとするが、

「止めですわ」

 コレットが突き出した青竜のレイピアに、全ての頭部を貫かれ絶命する。
 全ての魔物が討伐され、煙と素材を残して消滅した。

「報告を」

 脅威が去ったことを確認し、レイピアを鞘に納めたコレットは兵士に報告を求める。

「軽傷二名、ポーションで治療済みです」

 人族の兵士が報告する。

「わかりましたわ。陣形の再編を。その後速やかに進軍を再開します」

「はっ!」

 戦闘を終えた遠征軍は、すぐに元の陣形を組みなおし、進み始めた。

 迷宮では、立ち止まれば立ち止まるほど魔物と戦うことになる。
 夜営の時以外は、できるだけ素早く移動していくことが大切なのだ。


「これが複数種族による迷宮攻略か。人族だけの時とは安定感が段違いだな」

「ああ、普段の探索とは大違いだ」

 人族の兵士と冒険者が驚いている。
 レインベル領は他種族を優遇しているとはいえ、レベル制限があるのは同じだった。

 レベル制限がある以上、人族以外は迷宮にほとんど潜らない。
 そのため、他種族と戦った経験のない人族も多かった。

 獣人による索敵は不意討ちを避け、遠距離攻撃をエルフの魔法が防ぐ。
 人族が連携を活かして攻め立て、ドワーフは重い一撃で、パーティの剣となり盾となる。
 魔物が隙を見せれば、すかさずエルフの魔法と獣人の不意討ちが刺さる。

 遠征軍に加わっている人族は、みな一流の兵士や冒険者だ。
 他種族の力を肌で理解しつつあった。

 他種族の力と、連携の大切さを理解させること。
 トシゾウの狙いの一つである。


「危なげなく進めているな。次がいよいよ【常雨の湿地】か。とはいえ、魔物除けの香を使用していても、さすがにこの人数では戦闘が増える。注意が必要だ」

 エルフ代表のルシアが矢を拾い集めながら口を開く。

「エルフは心配性だな。まだまだ魔物は格下だ。どれだけ来ても斧の錆にしてやるわい。それほど問題はあるまい」

 ドワグルが背負った大斧を自慢げに揺らす。

「ルシアだ。良い加減私の名を覚えろドワグル。油断するなよ、我々に大きなダメージを与えられる魔物が出始めている」

「わかっとるわい」


 迷宮を移動するにあたり、それが大きな集団であるほど遭遇する魔物の数が増える。

 大人数になるほど気配が大きくなり、移動速度も落ちるため当然のことだが、一説には迷宮が侵入者に反応して、魔物を増やしているのだという説もあるらしい。

 エルフやドワーフは、会議で知恵ある魔物であるトシゾウに迷宮のことをいくつか訪ねたのだが、有益な情報は得られなかった。

 魔物や迷宮には、魔物や迷宮の事情があるらしい。

 ドワグルとルシアは残念に思ったが、【常雨の湿地】を攻略するにあたり必要な情報はレインベル領の歴史書から得ることができている。
 今回の攻略には関係がないため、強く尋ねることはしなかった。
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