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規格外のスタンピード
67 シオンは告白する
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第2波の翌朝。
「ではビッチ、頼んだぞ」
「任せておくのじゃトシゾウ。銃後を守るのは妻の務めなのじゃ!妾の幻覚なら冒険者ギルドの存在を隠すことなどお茶の子さいさいなのじゃ!その代わり、無事に帰ってくるのじゃぞ」
「うむ、任せた。だが俺とビッチは夫婦ではない。催眠をかけるのは止めろ」
「うぅ、イケズなのじゃ。でも今回ばかりは本当に心配なのじゃ。60階層の魔物なんて、きっと恐ろしく強いに違いないのじゃ」
「ふむ、邪神よりも強いのか?」
「い、いや、さすがに邪神よりは弱いと思うのじゃ。だがのう…」
「心配するなビッチ。何も問題ない。それより、またそろそろ溜まってきている。アイシャを呼んでおいてくれ」
「トシゾウ!それなら妾が相手をするのじゃ!スッキリなのじゃ!」
「却下だ。では頼んだぞ」
「うぅ、イケズなのじゃー!」
俺はビッチ、もとい艶淵狐クラリッサに冒険者ギルドを幻覚で隠すように依頼した。
ビッチの幻覚は一級品だ。たとえ相手が60階層相当の魔物でも、隠ぺいすることが可能だろう。
冒険者ギルドには、価値のあるギルドメンバーたちがいる。
仮に隠ぺいできなかったとしても手を出させる気はないが、念のための保険だ。
シロによると、あと一時間ほどで第4波が始まるらしい。そろそろ行くか。
「ご主人様。少しよろしいですか?」
メインゲートへ向かおうとした俺を、シオンが呼び止める。
「シオンか。どうした」
「…メインゲート前までご一緒しても良いですか?」
「あぁ、第4波まで少し時間がある。それまでなら構わない」
俺とシオンは迷宮の入り口、メインゲートへ向かった。
メインゲートはラ・メイズの中心に位置する迷宮の入り口だ。
俺がシオンを連れて迷宮から出てきた場所。
あの時この場所は活気にあふれていたが、今は閑散としている。
それでも不思議と当時のことを思い出した。
「まだ10日ほどしかたっていないのに、ずいぶん前の事のように思います」
「そうだな。実に濃い時間だった」
シオンも同じことを考えていたようだ。
迷宮の最深層で冒険者を待っていた時は、一年や二年などあっという間に過ぎていた。
迷宮から出てきてからは、一日がとても長く感じる。
「楽しかったということなのかもしれないな」
「…私は楽しかったし、感謝しています。迷族から助けて頂いたことも、従者にして頂いてからのことも。きっと拾い屋のままだったら、遠からず死んでしまっていたと思います」
「そうか。シオンが死んでしまうのはもったいない。シオンには価値がある」
シオンは仮の所有物とはいえ、本当に役に立っている。価値ある原石を拾うことができた俺は幸運だった。
「私に価値が生まれたのだとしたら、それはすべてご主人様のおかげです。はじめはご主人様のことを知らなくて、不安でした。でも今は、お仕えして良かったと心から思っています」
「そうか」
当時のシオンはずっと自信なさげだったし、こうして自分の心境を話すこともなかった。
献身的な態度は変わらないが、どこか距離があった。
だが今は違う。短い間でも、多くのことがあり、多くの変化があった。
そしてこれからも…。
「シオン、これからも俺の所有物でいる気はあるか?」
「ご主人様、私を本当の従者にしてくれませんか?」
不思議とタイミングが一致した。
二人して、きょとんとする。
先に口を開いたのはシオンだ。
「ご主人様、これをお受け取りください」
シオンが何かを差し出す。
白銀の腕輪だ。
金属ではなく、紐を編み込んだような形をしている。
素材は…、シオンの髪と、加工された属性竜の毛を束ねたものか。
シオンの手作りのようだ。白銀色なのに、どこか温かみを感じる。
「これは?」
「これは【主従のミサンガ】と言います。白狼種がそのすべてを捧げて仕えたいと思った人に渡すものです。すべて自分が所有する素材で作ります。あと、その、これは単に主従としてのものではなく…。私を、私をご主人様の“本当の従者”にしてください」
シオンが【主従のミサンガ】を俺の前で掲げ、俺を見つめる。
白い耳と尻尾がピンとこわばっている。顔は赤い。確かな意思をたたえた美しい紫の瞳。真摯な表情の裏に見え隠れする不安。いつものシオンよりも少し大人びて見えた。
シオンの言いたいことはわかる。
今まで仮の主従だったあいまいな立場を、【主従のミサンガ】を渡すことで明確にしたいと考えているのだろう。
だがそれだけではない。
シオンは俺に主従の忠誠心だけでなく、異性として好意を抱き、それを伝えようとしている。
本人にどこまで自覚があるのかはわからない。
“本当の従者”というのが何を指しているのか、シオン自身も分かっていないのかもしれない。
シオンはじっと俺の答えを待っている。
このミサンガを受け取るべきか。
普通の、誠意ある者なら悩むかもしれない。
シオンはまだ少女だ。
知り合ったのも最近のこと。
忠誠心と恋心の区別がついているのか。死にかけたところを救われたことによる一時的な気の迷いではないのか。これは恋愛感情ではなく、一種の依存心からきているのではないか。さらに、俺は魔物で、いずれは迷宮に戻る。シオンにはもっとふさわしい、同種族の相手がいるのではないかと。
普通なら。そして俺は普通ではない。
答えなど最初から決まっている。
シオンから受け取った【主従のミサンガ】を腕にはめる。
細かいことは関係ない。俺が望み、シオンが望んだ。それだけでいい。
「受け取ろう。今からシオンは俺の“本当の従者”であり、俺の宝だ。死ぬまで俺の役に立て」
「はい。ご主人様、大好きです。一生離れません」
シオンが抱き着いてくる。紫の瞳から何かが零れる。泣いているのか。
「私、ご主人様が役に立つと言ってくれるたび、嬉しくて、でも不安だったんです。ご主人様に期待してもらえるのが嬉しくて、でもいつかご主人様に必要とされなくなったら、捨てられてしまうんじゃないかって。だから…。だから、私を置いて行かないでください。帰ってきてください」
シオンが俺の胸に顔をうずめたまま泣きじゃくる。
先ほどの大人びた雰囲気とは一転して、親に甘える幼い少女のようだ。
とめどなく紡がれる言葉は少し支離滅裂で、シオンも自分が何を言っているのか、何が言いたいのかわからず混乱しているようだ。
ころころと表情を変えるシオン。
シオンは、ともに過ごすことで様々な輝きを見せる。
完璧にカットされた宝石が、どの角度からでも美しい輝きを放つように。
俺はシオンを所有することで人間の価値を知った。
「シオン、俺は何も言わずにいなくなりはしない。宝を無意味に手放すこともしない。もしも俺がシオンを置いて行ったのなら、追いかけてこい。そして役に立てるように努力しろ」
「はい!」
シオンが微笑む。また一筋の涙が零れた。
「ではビッチ、頼んだぞ」
「任せておくのじゃトシゾウ。銃後を守るのは妻の務めなのじゃ!妾の幻覚なら冒険者ギルドの存在を隠すことなどお茶の子さいさいなのじゃ!その代わり、無事に帰ってくるのじゃぞ」
「うむ、任せた。だが俺とビッチは夫婦ではない。催眠をかけるのは止めろ」
「うぅ、イケズなのじゃ。でも今回ばかりは本当に心配なのじゃ。60階層の魔物なんて、きっと恐ろしく強いに違いないのじゃ」
「ふむ、邪神よりも強いのか?」
「い、いや、さすがに邪神よりは弱いと思うのじゃ。だがのう…」
「心配するなビッチ。何も問題ない。それより、またそろそろ溜まってきている。アイシャを呼んでおいてくれ」
「トシゾウ!それなら妾が相手をするのじゃ!スッキリなのじゃ!」
「却下だ。では頼んだぞ」
「うぅ、イケズなのじゃー!」
俺はビッチ、もとい艶淵狐クラリッサに冒険者ギルドを幻覚で隠すように依頼した。
ビッチの幻覚は一級品だ。たとえ相手が60階層相当の魔物でも、隠ぺいすることが可能だろう。
冒険者ギルドには、価値のあるギルドメンバーたちがいる。
仮に隠ぺいできなかったとしても手を出させる気はないが、念のための保険だ。
シロによると、あと一時間ほどで第4波が始まるらしい。そろそろ行くか。
「ご主人様。少しよろしいですか?」
メインゲートへ向かおうとした俺を、シオンが呼び止める。
「シオンか。どうした」
「…メインゲート前までご一緒しても良いですか?」
「あぁ、第4波まで少し時間がある。それまでなら構わない」
俺とシオンは迷宮の入り口、メインゲートへ向かった。
メインゲートはラ・メイズの中心に位置する迷宮の入り口だ。
俺がシオンを連れて迷宮から出てきた場所。
あの時この場所は活気にあふれていたが、今は閑散としている。
それでも不思議と当時のことを思い出した。
「まだ10日ほどしかたっていないのに、ずいぶん前の事のように思います」
「そうだな。実に濃い時間だった」
シオンも同じことを考えていたようだ。
迷宮の最深層で冒険者を待っていた時は、一年や二年などあっという間に過ぎていた。
迷宮から出てきてからは、一日がとても長く感じる。
「楽しかったということなのかもしれないな」
「…私は楽しかったし、感謝しています。迷族から助けて頂いたことも、従者にして頂いてからのことも。きっと拾い屋のままだったら、遠からず死んでしまっていたと思います」
「そうか。シオンが死んでしまうのはもったいない。シオンには価値がある」
シオンは仮の所有物とはいえ、本当に役に立っている。価値ある原石を拾うことができた俺は幸運だった。
「私に価値が生まれたのだとしたら、それはすべてご主人様のおかげです。はじめはご主人様のことを知らなくて、不安でした。でも今は、お仕えして良かったと心から思っています」
「そうか」
当時のシオンはずっと自信なさげだったし、こうして自分の心境を話すこともなかった。
献身的な態度は変わらないが、どこか距離があった。
だが今は違う。短い間でも、多くのことがあり、多くの変化があった。
そしてこれからも…。
「シオン、これからも俺の所有物でいる気はあるか?」
「ご主人様、私を本当の従者にしてくれませんか?」
不思議とタイミングが一致した。
二人して、きょとんとする。
先に口を開いたのはシオンだ。
「ご主人様、これをお受け取りください」
シオンが何かを差し出す。
白銀の腕輪だ。
金属ではなく、紐を編み込んだような形をしている。
素材は…、シオンの髪と、加工された属性竜の毛を束ねたものか。
シオンの手作りのようだ。白銀色なのに、どこか温かみを感じる。
「これは?」
「これは【主従のミサンガ】と言います。白狼種がそのすべてを捧げて仕えたいと思った人に渡すものです。すべて自分が所有する素材で作ります。あと、その、これは単に主従としてのものではなく…。私を、私をご主人様の“本当の従者”にしてください」
シオンが【主従のミサンガ】を俺の前で掲げ、俺を見つめる。
白い耳と尻尾がピンとこわばっている。顔は赤い。確かな意思をたたえた美しい紫の瞳。真摯な表情の裏に見え隠れする不安。いつものシオンよりも少し大人びて見えた。
シオンの言いたいことはわかる。
今まで仮の主従だったあいまいな立場を、【主従のミサンガ】を渡すことで明確にしたいと考えているのだろう。
だがそれだけではない。
シオンは俺に主従の忠誠心だけでなく、異性として好意を抱き、それを伝えようとしている。
本人にどこまで自覚があるのかはわからない。
“本当の従者”というのが何を指しているのか、シオン自身も分かっていないのかもしれない。
シオンはじっと俺の答えを待っている。
このミサンガを受け取るべきか。
普通の、誠意ある者なら悩むかもしれない。
シオンはまだ少女だ。
知り合ったのも最近のこと。
忠誠心と恋心の区別がついているのか。死にかけたところを救われたことによる一時的な気の迷いではないのか。これは恋愛感情ではなく、一種の依存心からきているのではないか。さらに、俺は魔物で、いずれは迷宮に戻る。シオンにはもっとふさわしい、同種族の相手がいるのではないかと。
普通なら。そして俺は普通ではない。
答えなど最初から決まっている。
シオンから受け取った【主従のミサンガ】を腕にはめる。
細かいことは関係ない。俺が望み、シオンが望んだ。それだけでいい。
「受け取ろう。今からシオンは俺の“本当の従者”であり、俺の宝だ。死ぬまで俺の役に立て」
「はい。ご主人様、大好きです。一生離れません」
シオンが抱き着いてくる。紫の瞳から何かが零れる。泣いているのか。
「私、ご主人様が役に立つと言ってくれるたび、嬉しくて、でも不安だったんです。ご主人様に期待してもらえるのが嬉しくて、でもいつかご主人様に必要とされなくなったら、捨てられてしまうんじゃないかって。だから…。だから、私を置いて行かないでください。帰ってきてください」
シオンが俺の胸に顔をうずめたまま泣きじゃくる。
先ほどの大人びた雰囲気とは一転して、親に甘える幼い少女のようだ。
とめどなく紡がれる言葉は少し支離滅裂で、シオンも自分が何を言っているのか、何が言いたいのかわからず混乱しているようだ。
ころころと表情を変えるシオン。
シオンは、ともに過ごすことで様々な輝きを見せる。
完璧にカットされた宝石が、どの角度からでも美しい輝きを放つように。
俺はシオンを所有することで人間の価値を知った。
「シオン、俺は何も言わずにいなくなりはしない。宝を無意味に手放すこともしない。もしも俺がシオンを置いて行ったのなら、追いかけてこい。そして役に立てるように努力しろ」
「はい!」
シオンが微笑む。また一筋の涙が零れた。
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