上 下
55 / 172
宝箱は冒険者ギルドを立ち上げる

53 アスラオニ・サイクロプスは大工さん

しおりを挟む
 太陽を隠すその巨躯は、人の武器など爪楊枝に等しいと雄弁に語る。
 波のように盛り上がる筋肉が、身に纏う防具など無意味なのだと悟らせる。
 怪しく光を放つ単眼に見据えられた者は、等しく彼の虜となる。

 古の英雄譚に語られる伝説の巨人、アスラオニ・サイクロプス。
 かの魔物の拠点は迷宮35層。
 討伐に推奨されるレベルは35以上。

 戦闘スキルを持っているとしても、ソロならばレベル30、パーティでもレベル25は必要となるだろう。
 この世界において、レベルの違いは数の差を簡単に覆す。
 ラザロのレベルは23、火魔法の使い手であるダストンのレベルは20。
 ラ・メイズ中の戦力を結集すれば、あるいは勝機が生まれる。
 それほどの魔物だ。

 伝説の巨人の出現に、ラ・メイズは大混乱に陥る…かに思われた。


「馬鹿野郎、もう少し右だ、バランスを考えろ!」

 巨人の肩の上でドワイトが指示を出す。
 ドワイトの指示に従い無限工房から取り出した建材を配置していくアスラオニ・サイクロプス。
 六本の腕から建材が積み重なるように落下し、一瞬で防壁の一角が完成する。

「おーい、こっち終わったぞ。次は何をすればいい」

「そのまま細かい隙間を埋めてくれ。疲れたら遠慮なく休んでくれ。酒もあるぞ」

 指示を出す製作班と、それに従う冒険者が建材を運びつつ会話している。

「揚げ芋お待ち!たんと食ってしゃんしゃん働きな!」

 エルダ率いる料理班が次々と食事を用意しては、ギルドメンバーと手伝う冒険者たちに手渡していく。

「へへ、ありがたいぜ。良い日雇い仕事だよ」

「スタンピード前ってんで、迷宮に潜るのを控えていたからな。ちょうど暇だったんだ。酒まで飲めるとはついてるな」

「それにしても、でかいくせに良く働く大工だよなぁ。俺ももう一本で良いから腕が欲しいぜ」

「ほっほっほ、まったくございますね。この揚げ芋もなかなかですな。今度宿の軽食で出してみましょうか」

「いいね、今度食いに行くよ。場所は…貴族区画?いやいやおっさんおもしろい冗談だな。貴族様が揚げ芋なんか食うかよ」

「いえいえ」

「はっはっは」

 騒がしくも、作業をこなす者たちの表情からはどこか牧歌的な雰囲気すら漂っている。

 トシゾウに害意がなくとも、普通ならパニックが起こるところだ。だが。

「ひっ、ば、ばけも…、…なんだ、でかい大工だな。ちっと腕が多くて驚いちまったぜ。それより手伝えば酒とメシが出るって聞いたんだが本当か?」

 良いアルバイトがあると聞いてきた男。
 巨大な化け物に気づいて腰を抜かしかけた瞬間、化け物の単眼が怪しい光を放つ。

 【鬼ノ魔眼】
 本来は対象に恐怖と硬直を与えるスキルだが、逆に恐怖を取り除くことも可能だ。
 レジストできなかった者たちには、トシゾウがただの巨大な人族に見える。

 それでも異常なことなのだが、そこに疑問を抱くことはなくなるのだ。

 魔眼による支配は、それが強力な命令であるほど短時間で解除される。
 【鬼ノ魔眼】をはじめ、この手のスキルは、そう便利な力ではない。

 冒険者たちが防壁作りの手伝いをしているのは、単に酒とメシにありつきたいからだ。

 前にシオンが言っていた通りだ。
 こういう時は、酒を飲ませれば良い。

 やはりシオンは役に立つなとトシゾウは思った。


「なぁトシゾウ、俺も酒が飲みたいんだが…」

 酒を飲む製作班を羨ましそうに見るドワイト。憐れかわいい。

「却下だ。ドワイト、お前は終わってからだ。…だがお前は役に立つ。他の者よりも後にはなるが、そのかわり防壁が完成したら特別に旨い酒を飲ませてやる」

「ほんとうか!?」

 嬉々として指示を飛ばし始めるドワイト。所有物が元気なのは良いことだ。

 張り切るドワイトの指示に従い作業を続けていると、なにやら賑やかな一団がやってきた。

「ラザロ!なんじゃあのふざけた手紙は!のんきに酒など飲みよってからに」

「ほっほっほ、私はすでに役目を果たしましたよ。真っ先に報告を届けたではないですか。この隠居した老いぼれにそれ以上求められても困りますな」

「お前の方が年下じゃろうが。まったく。おぬしは昔から…」

「まぁまぁ。ラザロ、久しぶりだな。お、この揚げ芋美味いな」

「ほんとだ、こりゃうめぇや。うますぎて軍団長に盗まれた酒が飲みたくなりますぜ」

「うるせぇ、元はと言えば俺が働いてるのに、こっそり酒を飲んでるおめぇが悪いんだ」

「横暴です。王に言いつけますぜドルフ軍団長」

…あいつらか。知り合いだが無駄に騒がれるのも面倒だ。

 【鬼ノ魔眼】発動。

 俺の眼から怪しい光が放たれ、パチりとかすかな音が鳴る。

 …む、三人ともレジストしたようだ。おもしろい。
 これでスキルをレジストしたのは、ラザロを入れて4人か。

 こちらの存在に気づいてやや緊張したようだが、そのままこちらへ歩いてくる。

 レジストされたということは、【鬼ノ魔眼】は彼らに何の影響も与えていないということだ。
 つまりこいつらはアスラオニ・サイクロプスを目の前にしながら、ある程度の余裕を見せているということでもある。
 なかなか有能な人族だ。あとはレベルが高ければな。

「ト、トシゾウ殿、なのですな?」

 ダストンが恐る恐る俺に声をかける。

「うむ、そうだ。ダストンとの約束は覚えている。防衛の邪魔はしないゆえ、ここに拠点を建てることを認めてくれ。代わりにスタンピードの一部を冒険者ギルドが引き受ける」

「それは、魔物の数を減らしてくれるのならば、我々の負担も減ります。願ってもないことですじゃ。それで冒険者ギルドとは何のことですかの?」

 俺はダストンたちに冒険者ギルドの要旨を説明する。
 ダストンたちは人族の実力者だ。
 理解を得ておくのは悪いことではないだろう。

 その後も小さな騒動を起こしつつ、冒険者ギルドを囲う防壁が完成したのだった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

人間不信の異世界転移者

遊暮
ファンタジー
「俺には……友情も愛情も信じられないんだよ」  両親を殺害した少年は翌日、クラスメイト達と共に異世界へ召喚される。 一人抜け出した少年は、どこか壊れた少女達を仲間に加えながら世界を巡っていく。 異世界で一人の狂人は何を求め、何を成すのか。 それはたとえ、神であろうと分からない―― *感想、アドバイス等大歓迎! *12/26 プロローグを改稿しました 基本一人称 文字数一話あたり約2000~5000文字 ステータス、スキル制 現在は不定期更新です

迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲
ファンタジー
今は中東と呼ばれるティグリス川とユーフラテス川、数千年前に栄えたメソポタミア文明、その現実とは異なる神話のただなか。 その都市の一つ、ウルクで生まれ育った少年エタリッツは家族のために迷宮に挑むこととなる。 非才の身でも、神に愛されずとも、もがけ。

【ダン信王】#Aランク第1位の探索者が、ダンジョン配信を始める話

三角形MGS
ファンタジー
ダンジョンが地球上に出現してから五十年。 探索者という職業はようやく世の中へ浸透していった。 そんな中、ダンジョンを攻略するところをライブ配信する、所謂ダンジョン配信なるものがネット上で流行り始める。 ダンジョン配信の人気に火を付けたのは、Sランク探索者あるアンタレス。   世界最強と名高い探索者がダンジョン配信をした甲斐あってか、ネット上ではダンジョン配信ブームが来ていた。 それを知った世界最強が気に食わないAランク探索者のクロ。 彼は世界最強を越えるべく、ダンジョン配信を始めることにするのだった。 ※全然フィクション

『シナリオ通り』は難しい〜モブ令嬢シルクの奮闘記〜

桜よもぎ
ファンタジー
​────シルク・フェルパールは、とある乙女ゲームでヒロインの隣になんとなく配置されがちな“モブ”である​。 日本生まれ日本育ちの鈴水愛花はひょんなことから命を落とし、乙女ゲームのモブキャラクター、大国アルヴァティアの令嬢シルクに転生した。 乙女ゲームのファンとして、余計な波風を立てず穏やかなモブライフを送るべく、シルクは“シナリオ通り”を目指して動き出す。 しかし、乙女ゲームの舞台・魔法学園に入学してからわずか二日目にして、その望みは崩れていくことに…… シナリオをめちゃくちゃにしてくるヒロイン、攻略対象同士の魔法バトル勃発、お姫様のエスケープ、隣国王子​の一目惚れプロポーズ─────一難去ってはまた一難。 これはモブ令嬢シルクが送る、イレギュラー続きの奮闘記​。 【※本編完結済/番外編更新中】

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...