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迷宮都市ラ・メイズ

32 シオンは力を示す

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「では訓練開始だ。シオン」

「はい、行きます!」

 シオンが助走のために身をかがめる。華奢な身体に見合わない強烈な踏み込み。踏み固められた地面が蹴り砕かれ、生じた爆音とともに白銀の閃光が奔る。

 一瞬で前衛と肉薄するシオン。

 最前列はレベル15の屈強な兵が固めている。
 兵士は辛うじてシオンの突撃に対応し、左手に構えた盾をシオンと自分の間に割り込ませる。

 ぶつかる。

 シオンは勢いをそのままに、逆手で握った短剣を順手に持ち変え、短剣の柄頭で盾を強打した。

 ドグシャッ

 高速で走るトラックが正面衝突したような鈍く巨大な音が響く。
 盾に蜘蛛の巣状のヒビが入り、そのまま微塵に砕け散る。短剣の柄頭はそのまま突き進み、全身鎧をも粉砕しつつ、対峙する兵士を吹き飛ばした。

 冗談のような光景に固まる周囲の兵士。
 シオンはその隙を見逃さず、剣を、手を、足を瞬かせる。

 それは白銀の嵐。
 対峙した兵士は例外なく、風に舞う木の葉のように宙を舞う。
 縦横無尽に暴れまわる銀閃が、前衛の兵士を蹂躙していった。

 シオン
 年 齢:14
 種 族:獣人(白狼種)
 レベル:28
 スキル:【超感覚】【竜ノ心臓】
 装 備:祖白竜の鎧、祖白竜の短剣、祖白竜の手甲 白王狼の靴 不死鳥の尾羽


「なっ、何が起こっている!?」

「怯むな!前衛部隊後退、防衛だ!スパイクを打ち槍衾を組め!後衛部隊は隙間を埋めろ!ダストン!」

 動揺するアズレイ王子と、冷静に指示を出すドルフ。

 兵士の練度は高い。
 ドルフの指示に従い、即座に陣形を組み替える。
 包囲の円を拡大させ、銀の嵐を包み込むように広がる。

 包囲を広げたため各所が薄くなるが、それでも1000の部隊の包囲は厳重だ。

 前衛の兵士が装備しているのは全身を覆う鎧。そして大盾と槍。
 盾は下部に突起、上部に規則的な凹凸があるスパイクシールド、槍の長さは1メートルから3メートルまで、規則的に配置されている。
 対魔物に特化した兵装だ。

 最前列の兵士はスパイクシールドを地面に突き刺し、上部の凹凸に1メートルの短槍を乗せ引き絞る。
 後列の兵士は2メートルの槍を同じように最前列のスパイクシールドに設置し、さらに後列の兵士は3メートルの槍を斜めに構える。
 後衛は剣を装備し、包囲の綻びを埋めるように前衛と並ぶ。

 波が引くようにシオンの周りに空白地帯ができる。

「今じゃ!第一、第三部隊放てぃ!第二部隊は負傷者へ援護魔法じゃ。そのまま下がらせよ!」

 魔法部隊長ダストンの指示に従い、シオンへ向けて無数の火魔法が放たれる。

 放たれたのは、範囲が狭く威力の高い火弾だ。
 友軍に命中する危険を極力減らし、かつ単体の敵に大ダメージを与えることを目的としている。

 人族が使える魔法は火魔法のみ。それも一部の才能を持つ者だけだ。
 魔石を使用することで他属性の魔法を使うこともできるが、コストパフォーマンスに劣るため、火が有効な敵に対しては火魔法で統一されている。

 複数の魔法使いから放たれた火弾が雨のようにシオンに降り注ぐ。

 トシゾウは一瞬シオンを援護しようかと思ったが、シオンの冷静な表情を見て考え直す。
 シオンに援護は必要ないようだ。
 いざとなれば不死鳥の尾羽もある。

 雨を避ける。
 比喩でもなんでもない。

 シオンは赤く降り注ぐ火弾の間を縫うように駆け抜ける。

 先ほどの嵐のような動きと違って、しなやかに赤の雨を掻い潜る様はまるで踊っているようだ。

 すべての火弾を危なげなく回避しきり、自らを包囲し突き殺さんとする槍衾へ肉薄する。地面に突き刺された盾に足をかけ、突き出される槍に向かって回転しながら飛び込む。

 無数の槍を短剣と手甲で叩き折り、強固な槍衾は爆竹ではじけ飛んだかのように崩壊した。


 翻る白髪、鈍く残光を引く銀閃。

 包囲を千切り、食い破る。
 シオンは剣林弾雨を一人で駆け抜ける。

 レベルが上がったことによる身体の違和感はない。

 ご主人様の言った通りです。これが高レベルで使う【超感覚】。私の力、私の価値の一端…。

 レベルが上がったとはいえ、いきなりの集団戦闘。
 軍を相手にすることに不安を覚えたシオンにトシゾウがかけた言葉はシンプルだ。

 シオンなら問題ない。【超感覚】に従い、今までと同じように戦え。

 迷いが消えた。
 ご主人様が問題ないと言えば、それは本当に問題ないのだ。

 視える。敵の視線、槍の穂先。
 聴こえる。敵の息遣い、筋肉の動き。
 解る。陣形の急所、自分の身体の動かし方。

 【超感覚】により強化された知覚が、数多繰り出される攻撃の避け方と敵の弱点を教えてくれる。

 【超感覚】は本来戦闘向けのスキルだ。
 言葉の虚偽を見抜く、遠方から情報を収集するなどの用途は、あくまでも副次的なものに過ぎない。

 シオンがレベル1のまま培った経験と、スキルによる補正がどれほどのものか、トシゾウにはすべてわかっていたのだろう。

 たとえレベルが上がらなくても、頑張って生きてきた経験は無駄ではなかった。
 これまでの辛い経験がすべて報われたような気がして、シオンは戦いながら笑みを浮かべる。

 努力と才能、そして幸運。シオンの力は早くも人外の域に達そうとしている。

 シオンには1000の敵と対峙しながらも、なお別のことを考える余裕があった。

「さすがご主人様です」

 シオンは、自分の力がトシゾウに与えられたものだということをよく理解していた。
 自分の力に驕らず、これからも自らの主の役に立つために頑張ろうと決意する。

 射程に捕らえた標的に狙いを定め、ますます苛烈に剣を振るう。

 激しくもどこか美しいその奔流に飲まれ、兵士たちの士気はくじけ、その銀閃は強烈な印象を持って彼らの胸に焼き付けられることになる…。
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