上 下
22 / 33

22

しおりを挟む
 王太子殿下からアニバーサリーカードの刺繍の事を教えてほしいという手紙を受け取った侯爵夫人は、急いで手紙を書いていた。

 あのウェルカムカードは友人の伯爵夫人から紹介してもらった店で作らせたものだが、侯爵家としては今回が初めての取引だったのだが、そのことで王太子殿下から問い合わせがあるとは思わず驚きを隠せなかったというのが本心だった。
 そしてすぐにその店【アントレーヌ】の店主に連絡を取ることにした。もちろん感謝の気持ちと共にお菓子の箱を添えて。



 こうして領主夫人から手紙を受け取ったマルグリットは、その返事に「当店で契約している裁縫師が担当したこと、気に入ってもらえてこちらこそ嬉しい、またいつでもお声をおかけください」と緊張しながらも手紙を書いた。
 あまりエレミア個人の事を話して他からの引き抜きにあっては困るが、個人的に仕事を頼みたいというのであれば再度問い合わせがあるだろう。その時は店主として間に入る事を条件に話を通せば、店が損をすることも無い。そう考えて手紙をしたためて返事を手渡した。
 すぐに返事が欲しいということが何か引っかかるが、考えていても結論は出ない。


 一方その手紙を受け取った侯爵夫人は、王太子殿下へ店の名前と店主の名前、そしてその店と契約している裁縫師が手がけたものだと伝えたのだが、欲しかったのはその情報だったようでホッと胸をなでおろした。
 確かにあの刺繍は見事だったから、もしかすると王太子妃への贈り物でも頼むのだろうか。


 その王太子は侯爵夫人から得た情報を基に、カイトの為に少し色を付けてやろうと考えていた。
 友人の長い間の憂いを払うのもまた一興だろう。そしてカイトがいない隙を狙ってアーサーを呼びつけた。
 カイトの話では彼は彼女に会っているし詳細も知っている。それにここの駐留騎士団の隊長の彼なら地元の情報を集めることもたやすいだろう。

 そして部屋を訪れたアーサーに店の名前と店主の名前を伝え、そこで契約している裁縫師の中にカイトの探している例の【彼女】がいるらしいと伝えて信頼できる人間に自分の滞在中に調べ上げるように伝えたのだ。


「アーサー、くれぐれもカイトには言うなよ」

「はい、わかっております。お任せ下さい」


 そう言い残し部屋を出てその足で騎士団の待機場所へ向かった。
 あの日、あの子供と親しく話をした騎士であれば、もし万が一町で本人に出くわしたとしても上手い具合に言い逃れることもできるだろう。そう思いその騎士を騎士団の事務室へ呼び出した。


「ジェイク。お前に調べてもらいたいことがある」


 年齢は20を過ぎたばかりと思われるまだ少し幼さが残る顔立ちをした青年が「何でしょうか」と少し不思議そうな顔で答えた。


「アントレーヌという店を知っているだろう?そこと契約している裁縫師が誰かを調べてほしい」

「裁縫師…ですか?」


 そうだと答え、探している事に気付かれないよう注意を払うようにと注意した。詳細な理由は省いたものの特秘だと念を押す。


「ところで、一ヶ月位前の庭園開放日の酔っ払いに絡まれた親子を覚えているか?」

「庭園開放日…ですか?」

「ああ、お前が怪我していないか確認した子供がいただろう」


 ジェイクは目を閉じて自分の記憶を探った。庭園開放日は普段入ることのできない場所へ入れるとあって、大勢の市民が訪れていたのだが、その日の事を思い出しているとフッと子供の笑顔が脳裏に浮かぶ。


「もしかして、あの黒髪の子供ですか?」

「覚えていたか。そうだ、その子だ。実はその親がその裁縫師の可能性があるんだが裏を取ってほしいんだ」

「あの子でしたらエデン地区に住んでると言ってましたよ。時計台の前の広場で友達と遊んでると話してましたから」

「はぁ?お前、なんで言わないんだ」

「いや……聞かれなかったから」

「まあ、いい。今からお前はエデン地区の担当に名前を入れておくから、すぐに調べに行け」

「はい。すぐに」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

処理中です...