上 下
21 / 33

21

しおりを挟む
 カイトはベッドの上で横になったものの、なかなか寝付けないまま空が白み始める時間になった。

 この日ヴィンセント殿下は貿易港の視察へと向かう予定で、その時の護衛を負かされているのだが寝不足のこんな顔では役に立ちそうにない。そう思って頭から水をかぶり気合を入れた。


 ―――前向きに考えよう。ミアがこの町にいるのは間違いなさそうだ。それならこの後やみくもに動くのではなく、どういう風に事を進めるべきかを考えるのが先だ。


 騎士団の服に着替え早々に食事を取った。あまり食欲がないが倒れては本末転倒なのだから。
 スープなどの簡単に食べられるものを無理やり飲み込み殿下の部屋へと向かった。



 殿下の部屋の前には当番の騎士が二名配置され、離れたところにも三名が控えている。彼らに変わったことがなかったか挨拶がてら報告を聞き、殿下の滞在する部屋の扉をノックした。


「殿下、カイル・フォン・ティールです」


 中から「入れ」という声が聞こえ、扉を開けて入室した。殿下は着替えも終わり優雅な仕草でお茶を飲んでいるところで、もう準備は全て終わっているとその表情が語っている。そして私の顔を見て人払いをして話し始めた。


「カイル、その顔はなんだ?寝てないのか?」


 水をかぶったことで幾分か大丈夫だろうと思っていたが、長い付き合いでもあり観察力に長けている殿下にはお見通しなのだろう。


「申し訳ございません。勤務には支障がないのでお気になさらないよう」

「さては、アーサーとの話でなにかあったか?」

「……実は」


 そしてヴィンセント殿下に昨日の夜にアーサーから聞いたことを話した。
 彼がミアらしき人物と会っていること、話を交わしたこと、おそらくこの町に住んでいること、そして彼女には子供がいたことを。


「ほぉ…本人だと確証を持ったようだな。だが、そうであってほしいというお前の希望ではないのか?」

「アーサーから聞く限り彼女の容姿も合致しましたし、彼女が連れていた子供は私に似て私と同じ瞳を持っていたと」

「ティール家の瞳か……それが確かなら、お前の子だという可能性は高いな」

「はい」

「そうか……。では、侯爵夫人に例のカードを作った者の詳細を早急に聞いておこう」


 殿下にお礼を述べ、この日の視察の予定を確認し部屋を出ようとすると、殿下から思いもよらぬ言葉をかけてきた。


「そういえばカイル、お前は少々働きすぎだ。私が王都へと帰る日から一ヵ月の休暇をやろう。ここは過ごしやすい気候だからゆっくり休むといい。王都までの帰路の責任者は、そうだな…アーサーが適任だろう。話を付けておいてくれ。言っておくがお前に拒否権はないぞ。いいな」


 そう言って、楽しそうな笑顔を浮かべてカイトの肩にポンと手を置いて耳元でぼそっとささやいた。


「必ず見つけ出せよ」

「殿下、ありがとうございます」


 俺はその足で屋敷に来たアーサーを捕まえて殿下からの話を伝えた。王都への帰路の護衛責任者を俺の代わりに頼むことを告げると、ものすごく面倒で嫌そうな表情を浮かべたが、ヴィンセント殿下の考えていることも理解できているようで快諾した。

 そしてアーサーからは、ミア達の顔を知っている騎士をこの日からエデン地区の警らに配置換えをしたと聞いた。エデン地区も広いから見つけ出せるとは思えないが、万が一もあるからと考えたらしい。本当に感謝しかない。


 殿下が王都へと戻るのは3日後。

 それまでに情報が集まればすぐに探しに行けるだろう。まずはヴィンセント殿下の視察を滞りなく無事に終わらせることを考えなければ。


 頭を無理やり切り替え、控えている騎士たちの元へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした

朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。 わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。 辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。 義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。 【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

婚約者に心変わりされた私は、悪女が巣食う学園から姿を消す事にします──。

Nao*
恋愛
ある役目を終え、学園に戻ったシルビア。 すると友人から、自分が居ない間に婚約者のライオスが別の女に心変わりしたと教えられる。 その相手は元平民のナナリーで、可愛く可憐な彼女はライオスだけでなく友人の婚約者や他の男達をも虜にして居るらしい。 事情を知ったシルビアはライオスに会いに行くが、やがて婚約破棄を言い渡される。 しかしその後、ナナリーのある驚きの行動を目にして──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

【完結済】病弱な姉に婚約者を寝取られたので、我慢するのをやめる事にしました。

夜乃トバリ
恋愛
 シシュリカ・レーンには姉がいる。儚げで美しい姉――病弱で、家族に愛される姉、使用人に慕われる聖女のような姉がいる――。    優しい優しいエウリカは、私が家族に可愛がられそうになるとすぐに体調を崩す。  今までは、気のせいだと思っていた。あんな場面を見るまでは……。      ※他の作品と書き方が違います※  『メリヌの結末』と言う、おまけの話(補足)を追加しました。この後、当日中に『レウリオ』を投稿予定です。一時的に完結から外れますが、本日中に完結設定に戻します。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

処理中です...