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第九章

180 春の舞踏会

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 今年も新年を迎え、春の祭祀とともに舞踏会の日がやってきた。

 昨年の祭礼には公爵家当主の参加も決定している為、大聖堂での祈りはその子供達だけで行われることになっている。

 この年にはじめて祭礼に参加するのは、クラウディア、フィオナ、アデライトの三人で、司祭のエミールから、この祭事の意味とこの日の流れの説明を受けていた。
 説明が終わった後、枢機卿のアランと大司教のカミーユが揃って祭壇へ向かい、新年の祈りを捧げ始めた。


 クラウディアもまた、今回の生での初めての祭祀に、気持ちを引き締め厳かな心持で挑んだ。

 ヴェリダの神への感謝と、この先の自身の運命に対して抗う力を望みながら、ただただ祈り続けた。
 クラウディアもそうなのだが、この祭祀の本当の意味を知っているものはここにはいない。今回もただの新年の祭祀だと思っているクラウディアだが、前とは違い公爵家当主の姿がない事を不思議に感じていた。



 そして祈りが終わった後、通常であればこの場に王族が揃うのだが、今年からは王族への挨拶は舞踏会の時に変更になったらしく、そのまま当主を待つこともなく屋敷へ戻ることになった。
 その為、その場にいる他の家門の令息令嬢に新年の挨拶を交わした。
 クラウディアは、みんなに挨拶をした際にニコラスやテオドールの正装をまともに見たのだが、いつもの騎士団の制服も格好いいが、改まった服を着て髪をきちんとまとめている姿を見ると、なぜかこっちが照れてしまう。
 なんとなくだが居づらく感じてしまい、あまり顔を見ないようにフィオナやアデライトに話しかけ、その後、屋敷への帰路に着いた。


「お兄様、お父様や他の当主様は別の場所で祈られるのですか?」

「昨年までは一緒に祈りを捧げていたのだが、今年から変更になったようなのだ」

「変更するような何かあったのでしょうか?」

「父上からは、子供たちの自立を促す為だと言っていたが、本当の事はわからないな」


 兄も知らないのであれば、誰に聞いてもわからないのかもしれない。
 筆頭公爵家の継嗣が知らないという事であれば、他の家門の当主が話すとは思えないからだ。それに、当主達が判断したことであれば、間違いのない事だと思うのでそこまで心配する必要はないだろうと思い、話してくれるまで待つのもありだなと考えた。



 次の日は春の舞踏会という事で、朝早くからメイドたちが『我が家のお嬢様を一番に!』と声を掛けながら、色々と準備をしている。
 クラウディアもまた、舞踏会という社交の場は初めてで、デビュタントも兼ねての初参加に緊張を隠せないでいた。
 前回で経験しているとはいえ今回は状況が全く違うのだ。そしてアルトゥールとジェラルドもまた、可愛い妹の初めての公の場に参加することに心配を隠せずにいた。


「クラウ。明日の事だが、私かジェラルドの側を離れるな。お前は初めて参加するのだから心配なんだ」


 アルトゥールの心配している気持ちが前面に出ているその顔を見て、溺愛ぶりに拍車がかかっているのを感じずにはいられない。だが、それをクラウディアが理解しているかどうかは別の話だった。


「お前は今年16だ。ジュネス学園にも入学する年だ。交友関係が広がるのはわかるが、ここから離れていたお前に、ちゃんと人を見るがあるのか心配なのだ」


 おそらくアルトゥールは、変な令息に引っ掛からないかを心配しているのだろう。だが、クラウディアにはそんなことに目を向けている暇があるのであれば、他にやることがたくさんあるのだ。


「お兄様。大丈夫です。私、人を見る目はあるのですよ。お父様をよく見ていますから」


 そう言って笑うと、アルトゥールもまた笑顔になった。


「クラウは父上が基準なのか?それなら大丈夫かもしれないね」


 笑いながら、それでも心配だよと伝える兄の姿に、クラウディアは「何かある時はお兄様を頼りますね」としっかりと兄の心を掴んでいる。


 舞踏会当日は、昼にはもう準備が始まっていた。
 出掛けるのは夕方も遅い時刻のはずなのだが、侍女やメイドから言われるがまま、立ったり座ったりと忙しかった。髪型をどうする、口紅の色はどうする、などと言っているのが聞こえるが、彼女たちの顔が楽しそうなので、ただそれを甘んじて受ける事にしていた。

 化粧を施され、ドレスを着て髪を整え、そして最後にアクセサリーを身に付ける。
 さすがにいつも身に付けている、ピアスやブレスレットをそのままという訳にはいかなかったので、この日は外して色のかぶらないものを選んだ。というか、ドレスもアクセサリーも両親が選んでくれたので、彼女にとても合うものだ。

 白を基調にしたそのドレスは、スカートの部分がAラインを描き、オーバースカートに透け感のある薄い黄色を重ね、胸元には柔らかなフリルがあしらわれているが、幼過ぎないようそれは控え目なボリュームだ。
 黄色の生地には金の刺繍が施されており、家門の光を表していた。
 アクセサリーも金と瑠璃を中心におとなしめに仕上げられ、これはクラウディアの純真さをイメージして製作されたものらしい。
 金の髪はサイドを少し残したハーフアップにし、花をかたどった髪飾りが付けられている。


「お嬢様。お美しいです」

「初めての舞踏会ですから、私共も気合を入れました。今日は楽しんできてください」


 満面の笑みを浮かべている侍女とメイドに「ありがとう」と言って部屋を出た。
 玄関ホールにはもう兄達が待っていて、階段を下りてくるクラウディアを見て心配を募らせているような表情をしている。
 兄達は白を基調にした上下に、袖や襟には金の刺繍が細かく施され、クラバットには瑠璃の色が配されている。ジェラルドは前髪を上げていえるからか、少し大人っぽく見える。


「兄上…今日は無事に終わるでしょうか?」

「…終わらせるのが、兄の役目だろう?ジェラルド、わかっているな」


 お互いの顔を見て、頷く。クラウディアには、誰一人として近づけさせないという意気込みをしている顔だった。


「クラウディア、よく似合っている。さすがグレースの見立てだ」

「まあ、旦那様も一緒に選んだではありませんか」


 そう言いながら、二人でクラウディアを迎える。


「では行こうか?」


 ベイリーはグレースをエスコートし、アルトゥールがクラウディアをエスコートした。
 ジェラルドがその役目を担いたいところだが、やはり兄に軍配が上がってしまう。それが残念でならないが、仕方ないことだとクラウディアの笑顔を見ていた。

 そして玄関前に準備された馬車に乗り込み、会場でもある王宮へと向かった。



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