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第八章
170 当主会議
しおりを挟むこの日、ナシュールのクロスローズ邸にて公爵家の当主会議が行われた。
オーバルのテーブルに囲むように置かれた重厚な椅子に腰を掛ける各公爵家の当主達は、回を重ねるごとに、第一回目の内容が現実となっていく事を、その身をもって感じているようで、会議をすることが少し怖くなるような気持がしている当主もいた。だが、もしかすると皆がそう思っていたのかもしれない。
この日の当主会議では、ロウファッジとリオネルの件について、報告とその内容の確認をすることになっていた。
当主間である程度の情報共有はなされているものの、その後の経過報告と共に、再度話し合うことにしたのだ。
「まず、ロウファッジの件だが…ランベール、まだ、見つからないのか?」
「まだだ。屋敷の隠し通路は近くの森へと続いていたのは確認できているが、その後の足取りがつかめていない。妻と子供達はずっと王都に滞在していたようで、彼のやっていたことは知らなかったらしい」
「今のところで、どこまで情報は漏れている?」
「リオネルとクラウディアが関わったことは全てにおいて口外禁止としてある。報告書にも一切の記載はしていない。話が漏れていないのは間違いない」
「その人身売買の件は、もうロウファッジで決まりだろうな。被害者の数も相当数にのぼるだろうが、まだ追えていないものも多い…元の生活に戻れるようにしてやりたいものだが…」
これまでに売り飛ばされた人達の、名前やその売買金額、売り先などが書かれた帳簿をロウファッジの屋敷の隠し部屋から発見できたこともあり、その帳簿に書かれた内容から次々と被害者の救出がされているが、その売買先の多くは偽名であったり、被害者が既に死亡していたりと、全容解明に至るにはまだ時間がかかりそうだった。
「まあ、大元は叩いたのだから、この先被害者は出ないと思いたいが、ロウファッジを掴まえるまでは安心はできないな」
「爵位返上であれば、妻と子供達も大変だろう」
「ああ、今は妻の実家の子爵家に世話になっているそうだ。表立っては援助している事を知られたくないとみえて、遠縁の別宅に匿われているらしい。一応、見張りは付けている」
「あとは、カトゥリエの森での一件だな…前に話したアルドーレ騎士学校で起こる公爵家の人間が重傷を負うという件だが、昨年起こる予定だったものが、時期が1年遅れたようだ。何もなかった事で安心していたのが裏目に出たようだ」
ベイリーが開口一番に話した。時期が変わるだろうと予測はしたが、まさか1年も変わるとは考えが及ばなかったことを反省している口ぶりだった。それも学校で起こると決めつけていたことも間違いだったのだ。
「今回は重傷を負ったものの、回復したという発表だっただろう?実際は何があった。魔物の異常さの報告は上がっているのは知っているが、裏があると踏んでいるのだろう?」
クリストフが疑問を投げかけ、その返事をするであろうベイリーに視線が集まる。
「この場で話そうと思っていたから、君達にも伝えていなかった。確かにクラウの言った通りリオネル殿の負った怪我は最悪だった。私の浄化が効かない毒に加え、数本の深い裂傷を受け、あのままであれば、助かったとしても騎士としてはやっていけなかっただろう」
「あのままであれば…というのは、怪我をして回復しているというだけではないのだな」
「おそらく…だ。今から話すことは、まだ本人にも確認はしていない。だが確実だろうと思う。…クラウディアは、回復魔法が使える」
ベイリーは前日までは、このことを話すべきかどうか悩んではいたものの、筆頭公爵家当主としても隠すことはできないと判断していた。いくら娘が大切だとは言え、情報を隠匿することはすべきではないとの結論付けたのだ。
「だがベイリー、回復魔法はとうに廃れたものだろう?今では詠唱すら伝わっていないはずだが…」
「私はその瞬間は見ていないが、確実だろう。そうだろう?ランベール」
「ああ、リオネルにクラウディアが付き添っていたが、彼女が倒れた直後には、もうリオネルの身体の毒の痕跡も消え、深い裂傷もうっすらと血が滲む程度に回復していた。そして、その消えた毒は、クラウディアへ移っていた」
「それは……事実なのか?」
「ああ…流石に表には出せない話だからな。リオネルは自室で軟禁状態だ。治っている事を知っているものはその場にいた数名だが、口外厳禁を言い渡してある」
「それに、クラウディアはその毒を無効化するのに時間がかかったのか、目覚めたのはそれから1カ月後だ」
「では、今、ここにクラウディアを呼んで聞いてもいいだろうか?我らが来ている事は知っているのだろう?」
ベイリーは彼らの顔を一巡し、目を閉じてしばらく考え込むような素振りをして頷き「……オーガスト。クラウディアを呼んできてくれるか」と執事に言伝を頼んで、クラウディアを呼びに行かせた。
扉をノックする音が響き「失礼します」と若い女性の声が聞こえた。そして扉が開き、クラウディアが部屋へと入り挨拶をした。
「お父様、お呼びだと伺いましたが」
「クラウディア、彼らが聞きたいことがあるそうだが、いいかな?」
「はい、かまいません。私もお話することがありますので。それで、何をお聞きになりたいのでしょうか?」
クラウディアは当主の面々に視線を向け、誰が第一声を上げるのかを見ていた。彼女からすると、幼い頃から可愛がってくれたおじさまではあるが、敬意を払う対象の公爵家当主の人達だ。
「クラウディア、このところ、臥せっていたそうだが、もう体は大丈夫なのか?」
クリストフが先に声を上げた。
最年長者ということもあり周りに気を使ったのだろうが、薬草の産地の地域が自分の領地に関係していることもあり、興味があるのだろう。
「はい。おかげさまで、もうすっかり良くなりました」
「今回は、その臥せった原因の一件を聞きたいのだが…単刀直入に聞こう。君が、リオネル殿の怪我を治したのかね?」
「……私は、記憶が戻ってからというもの、この世界に回復魔法がない事を不思議に思いました。そして廃れた理由を知りました。その後でセグリーヴのおじさまの手助けもあり、医療薬学関係者の手記などを調べて、よやく回復魔法の詠唱らしきものを見つけたのです。しかし、数日で治るような擦り傷や切り傷といった怪我に対しては効果があると確認できたものの、今回のリオネル様のような重症の怪我に対しては、詠唱自体が異なるため、回復魔法が使えるかと問われた場合、わからないとしか言えません」
「今回、リオネル様が負った怪我は、彼の未来が絶たれるものだとわかっていましたから、成功するかどうかもわからない状態で使用しました。しかし、私は毒を自分に移したものの、それを浄化出来ず、リオネル様が治ったかどうかも確認が取れなかった。お父様から回復していることを聞いて、どれだけ効いたのかわからないけれど、詠唱は間違っていなかったのだと考えたのです」
クラウディアは自分が伝えるべき内容はそう多くはないものの、当主達から聞かれたのは回復魔法が使えるのかどうかという事だったので、この返事が精一杯のものだろう。
話し終わり、そう考えているとランベールが椅子から立ち上がり、クラウディアに真っすぐと向かって話しかけた。
「クラウディア。君のおかげでリオネルは助かったのだ。心から感謝を伝えたい。ありがとう。息子を救ってくれた事、言葉だけでは伝えきれないのだが、何度でも言わせてくれ。本当にありがとう。ロウファッジの一件といい、君には助けられてばかりだ。私は、君には頭が上がらないな」
「デフュールのおじさま。やめてください」
感謝の意と共に頭を下げるランベールに頭を上げてほしいと促し、リオネルの回復を喜んでいる事を告げた。兄の友人でもあり、ニコラスの弟でもあるリオネルはクラウディアにとっても大切な存在には違いないのだから。
「クラウディア…困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。力になろう」
ランベールはクラウディアに、そしてベイリーにも再度心からの感謝を述べた。
「ところで、その回復魔法は誰でも使えるのかな?」
「それは、わかりません。私が使うのは光属性に特化したものかもしれませんし、それに、今回に関して、魔力の消費量はとても多かったのです。禁止になっただけのことはあると感じました」
回復魔法の考察や詠唱を手に入れた方法を記入した用紙をベイリーに渡し、当主が順番に目を通していった。魔力の消費量や体への負荷など、まだまだ分からないことが多く、実用性に欠けることは一目瞭然だったが、研究の余地があるものだと考えていた。
そしてクラウディアは最初に話すことがあると言っていたことを口にし始めた。
「あと、臥せっている間に夢を見ました。おそらく1回目に誰かと会話をしていたようなのですが、その時の内容は今現在、起こっていないことなので、もしかするとこの先に起こりえることかもしれません。ただ、今回のように時期がはっきりとしません」
このところ思い出した事を自分なりに調べ、まとめたものをベイリーに渡した。
その用紙に書かれたことを一通り読み終わった当主達の眉間に、若干しわが寄ったような感じがした。
「これらが実際起こるかはわかりませんし、前回のように、まだ起きていないことかもしれません」
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