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第八章
127 王弟アインザムカイト
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暑い夏が過ぎ時折涼しい風が肌をかすめる。
その風を感じ、ふと一年前を思い出す。
クロスローズの教会で見かけた少女……。
どうしてこうも彼女のことが気になるのだろうか。
まだ幼かったが、美しかった……。
あの少女を見ていると、なぜか懐かしい気持ちになった。庇護欲のようなものか?会ったこともないはずだが、なぜそう思うのだろう。
―――あの後、ラフィニエール教皇に会いに行って一蹴にされたな…
『ラフィニエール。聞きしたいことがあるのだが。先日、クロスローズ領地の教会へと行った時、一人の少女を見かけた。あなたは…それが誰か知っているのでは?彼女がどこのご令嬢か、私に教えてくれないか?』
『殿下。私は存ぜぬことですが、どなたの事を言っておるのかな?もう一度確認された方がよろしいですぞ』
ラフィニエールは、聞かれている事の意味が分かっていて、一切表情にも出さずその場を後にしたのだ。
―――そんなにも秘密にしたいのか?
「トマス。ラフィニエールはどこの一族か知っているか?」
王弟の侍従のトマスは仕事ができる男だった。
無茶なことを振っても大抵のことはこなしてしまう。今では彼ににとってなくてはならない人物になっていた。将来は国を担う逸材だと思っているのだが、本人はもう少し気楽でいたいらしい。
「ラフィニエール教皇ですか?確か、彼はクロスローズ公爵家の一族だったと記憶しておりますが」
「クロスローズだと?」
「はい。昔、クロスローズの家系では、当主の子の内の一人が教会に属するしきたりがあったとか。まぁ、今ではそのようなことはないようですね。しかし、このことを知っている人も今では少ないでしょう」
「お前はなぜ知っている?」
「これくらい知らなければ、殿下の侍従などつとまりません」
―――クロスローズか…クロスローズ……。そうか、クロスローズだ。あの少女はクロスローズの特徴である金の髪をしていた。確か、当主には娘が一人いたはずだ。
「トマス。確かクロスローズ公爵家には令嬢が一人いたな」
「はい。クラウディア様ですね。今年15歳になられたと記憶しておりますが…」
アインザムカイトは、トマスが一瞬浮かべた意味深なその顔を見逃さなかった。
トマスは現在の王弟の侍従という立場から、人から表情を見抜かれるような失態をしない様、長い間自身の感情を表に出さないようにと努力をしていた。
だが、どうやら共に過ごすことが多い彼には、通常、見逃されるような僅かな機微でも気を付ける必要があるのだとトマスも改めて知らされた。
「どうした?何かあったのか?」
「…殿下は覚えていらっしゃいますか?七年ほど前の事を」
「七年前…?あぁ、あのグレイシア家での事か?」
「はい。秋に倒れてから眠り続けていたようです。未だに原因はわからず、一年後に目覚めたときには魔力量が半減し、身体も弱くなったとかで今も領地で療養しているとか。社交界では深窓の令嬢と言われていますよ」
「詳しいな…」
「これくらいは常識です。殿下の方が疎いのです」
「では、今もクロスローズの領地にいるのだな。身体の方はもう健康になったのか?」
「それが、療養中という事は事実の様ですが、何一つ情報は入ってきません。殿下が目撃した少女は健康そうだったのなら別人ではないでしょうか?」
「だが、クロスローズの教会であの髪を持つとなると…」
「クロスローズの特徴というと“金の髪に瑠璃の瞳のとても麗しい容姿”ですか?…殿下?もしかして惚れたのですか?」
「……トマス、お前でも冗談を言うのか?」
自分の主人の疎い一面を目の当たりにし、もしかすると自覚していないのか…と考えた。
思い出しているときの主の表情は、愛しい人を思っているような恋をする人間の顔で、その琥珀色の瞳には熱い何かが灯っている。おそらく、その顔を見た事がある人間なら、誰が見ても全員がそうだと頷くだろう。
「わかりました。調べておきます。情報がないので時間がかかると思いますが、お待ちください」
その風を感じ、ふと一年前を思い出す。
クロスローズの教会で見かけた少女……。
どうしてこうも彼女のことが気になるのだろうか。
まだ幼かったが、美しかった……。
あの少女を見ていると、なぜか懐かしい気持ちになった。庇護欲のようなものか?会ったこともないはずだが、なぜそう思うのだろう。
―――あの後、ラフィニエール教皇に会いに行って一蹴にされたな…
『ラフィニエール。聞きしたいことがあるのだが。先日、クロスローズ領地の教会へと行った時、一人の少女を見かけた。あなたは…それが誰か知っているのでは?彼女がどこのご令嬢か、私に教えてくれないか?』
『殿下。私は存ぜぬことですが、どなたの事を言っておるのかな?もう一度確認された方がよろしいですぞ』
ラフィニエールは、聞かれている事の意味が分かっていて、一切表情にも出さずその場を後にしたのだ。
―――そんなにも秘密にしたいのか?
「トマス。ラフィニエールはどこの一族か知っているか?」
王弟の侍従のトマスは仕事ができる男だった。
無茶なことを振っても大抵のことはこなしてしまう。今では彼ににとってなくてはならない人物になっていた。将来は国を担う逸材だと思っているのだが、本人はもう少し気楽でいたいらしい。
「ラフィニエール教皇ですか?確か、彼はクロスローズ公爵家の一族だったと記憶しておりますが」
「クロスローズだと?」
「はい。昔、クロスローズの家系では、当主の子の内の一人が教会に属するしきたりがあったとか。まぁ、今ではそのようなことはないようですね。しかし、このことを知っている人も今では少ないでしょう」
「お前はなぜ知っている?」
「これくらい知らなければ、殿下の侍従などつとまりません」
―――クロスローズか…クロスローズ……。そうか、クロスローズだ。あの少女はクロスローズの特徴である金の髪をしていた。確か、当主には娘が一人いたはずだ。
「トマス。確かクロスローズ公爵家には令嬢が一人いたな」
「はい。クラウディア様ですね。今年15歳になられたと記憶しておりますが…」
アインザムカイトは、トマスが一瞬浮かべた意味深なその顔を見逃さなかった。
トマスは現在の王弟の侍従という立場から、人から表情を見抜かれるような失態をしない様、長い間自身の感情を表に出さないようにと努力をしていた。
だが、どうやら共に過ごすことが多い彼には、通常、見逃されるような僅かな機微でも気を付ける必要があるのだとトマスも改めて知らされた。
「どうした?何かあったのか?」
「…殿下は覚えていらっしゃいますか?七年ほど前の事を」
「七年前…?あぁ、あのグレイシア家での事か?」
「はい。秋に倒れてから眠り続けていたようです。未だに原因はわからず、一年後に目覚めたときには魔力量が半減し、身体も弱くなったとかで今も領地で療養しているとか。社交界では深窓の令嬢と言われていますよ」
「詳しいな…」
「これくらいは常識です。殿下の方が疎いのです」
「では、今もクロスローズの領地にいるのだな。身体の方はもう健康になったのか?」
「それが、療養中という事は事実の様ですが、何一つ情報は入ってきません。殿下が目撃した少女は健康そうだったのなら別人ではないでしょうか?」
「だが、クロスローズの教会であの髪を持つとなると…」
「クロスローズの特徴というと“金の髪に瑠璃の瞳のとても麗しい容姿”ですか?…殿下?もしかして惚れたのですか?」
「……トマス、お前でも冗談を言うのか?」
自分の主人の疎い一面を目の当たりにし、もしかすると自覚していないのか…と考えた。
思い出しているときの主の表情は、愛しい人を思っているような恋をする人間の顔で、その琥珀色の瞳には熱い何かが灯っている。おそらく、その顔を見た事がある人間なら、誰が見ても全員がそうだと頷くだろう。
「わかりました。調べておきます。情報がないので時間がかかると思いますが、お待ちください」
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