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第一章

10 三人目

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 トリスタンとアンヴィは、社交の場として子爵家嫡子としての役目を果たすべく精力的に行動した。とはいっても、他に招待されている侯爵や伯爵などの相手をして世間話をすることなのだが、それが地味に精神にクルのだ。そして会も終盤に近付いた頃、二人は再び外へと足を延ばす。


「はぁ、疲れたな」

「そうだな。そういえば、さっき挨拶したアセシナートは私と同じ年で今や伯爵家当主だ。この間、父親が転落死しただろう?それで家督を継いだんだよな」

「あぁ、そうだったな。当主にもなるとああも落ち着くものなのか?以前は放蕩息子の代名詞みたいな奴だったのにな」

「亡くなったダグラス殿とアセシナートは良い関係とは言えなかったからな。正直、親父さんの転落を知ってどう思ったのかは知らないが、自覚が出たんじゃないか?当主としての」

「そうかもしれないな……俺も親と仲がいいとは言えないからなぁ。同じような立場になったら、私も変わるのだろうか」

「正直言うとアセシナートが羨ましいよ。家督を継ぐのは若いのかもしれないが当主だぞ。しかも俺たちと違って伯爵だ」


 笑いながら、心の底で思っていることを思わせるような表情を浮かべる。



 ◇ ◇ ◇



「そうだ、お前に紹介したい人がいるんだ」


 アンヴィは、こっちに向かって歩いてくる人物を見つけ、トリスタンにそう声をかけた。
 そしてその人物が側に来た時に、改めて紹介をした。


「トリスタン、紹介するよ。彼は、土のアヴァリス子爵家のアダベルト殿だ」


 そう言って、アンヴィは一人の男性を紹介してきた。その男性は自分たちの親より若干若いくらいの男性で、なんだか表情は少し冷たく感じる。


「アヴァリス殿。彼は、ソーヴェルビア子爵家のトリスタン、私の幼馴染です」

「初めまして。ソーヴェルビア子爵令息殿」


 そう声をかけられ、握手を求められた。同じ子爵家とは言え、方や当主、方や令息、その立場は大きく違う。


「こちらこそ初めまして。私のことはトリスタンと。アヴァリス子爵がアンヴィと知り合いとは知りませんでした」


 ―――年齢も違うし、一族も水と土だ。接点はないはずだが…なぜだ?


「私のこともアダベルトと呼んでいただいて構わないよ。実は、ルリアーノ殿と親しくさせていただいていてね。その繋がりで、アンヴィ殿とも付き合いがあるのだ。とはいえ、年齢差があるので話は合わないことが多いがな」


 そう言って笑う。


「ところで……君は、アンヴィと同類らしいな」

「同類?」


 その言葉を不思議に感じ、アダベルト殿の顔を見るとなぜか目が離せなくなる。
 彼の声を聞いていると、頭の中が痺れてくるような感じがして思考がだんだんと鈍くなっていった。


「君はクロスローズに何かしらの不満があるようだね。その気持ちを発散させるのに手を貸してやろう」


 そう言うとアダベルト殿は服のポケットから小さな小瓶を取り出した。
 黒い液体のようなものが入っているのが見えたが、それを私に手渡し「この中身…その思う相手にかけるだけで、君の世界は変わるだろう」と囁く。


「ほら……見てごらん?」


 彼が指さした先には、屋敷を隠すように森が広がっている。
 植林されたものだが、小さな森と言っても通用するほど大きく自然のままという感じに成長を遂げている。
 
 その木立の向こう側の、本来なら見えるはずのない場所。そこに広い花畑と小さなガゼボが見える。
 なぜ見えるのか不思議だが、そんなことには考えも及ばないほどトリスタンの思考は止まっている。


「見えたかい?君の視界には誰が映ってる?」


 ―――ガゼボの中に少女が眠っている。あれはクラウディアか?


「君の望みはなんだ?妹のダリヤの為にクラウディアを排する事か?」


 ―――排する?排除すればダリヤは輝けるのか?


「まだ悩んでいるのか?では、これを彼女の側に置いてくるだけでいい。それだけで、君の気も少しは晴れるだろう」


 彼から言われるがまま身体が動く。無理やりではなく、自然と体が動いていく。
 トリスタンの心の奥底で望んでいるからなのだろうか。


 ―――ダリアは…妹はクラウディアと年齢は変わらない。だが、子爵家の娘と筆頭公爵家の娘とでは天と地ほどの差があるのも事実だ。




 周囲には誰もいない。

 ガゼボにたどり着くまでも誰とも出会わなかった。その事がなおトリスタンを行動に移させたのだろうか。ガゼボに着きクラウディアを見下ろす。


  ―――六大公爵家のしかも、光の一族の娘。美貌と幸せな家族に恵まれているこの娘。


「なぜこの子だけ……」


『この中身・・・その思う相手に振りかけるだけで、君の世界は変わるだろう』


 アヴァリスの言葉が頭の中に響き、頭の中を占める。その言葉が頭の中で繰り返す度、自我が壊れ自制が効かなくなってくる。


 トリスタンはポケットから小瓶を取り出し蓋を開ける。
 クラウディアに掛けようとしたがさすがに躊躇したのか、彼女の寄りかかっている柵の手すりに、ちょうど頭の横辺りに置いてその場を後にした。

 その光景を遠くから見つめるアダベルトとアンヴィの二人。



「アンヴィ。なかなかに良い人間だな、あれは」

「はい。あいつは家にも親にも不満を持っている。まぁ、ルリアーノと同じですから、扱いやすいのではないかと」

「これが成功すれば、あの娘はこちら側のものだ。さぞかし面白いことになるだろう」


 そう言って、庭園の奥から戻ってくるトリスタンを見た。
  


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