正しい竜の育て方

夜鷹@若葉

文字の大きさ
上 下
110 / 136
第四章「竜殺しの騎士」

第22話「竜騎士と騎士」

しおりを挟む
「面白れぇ……」

 思わず、そう言葉が零れる。

 一騎の騎士が――いや、一騎とすら呼べない一人の騎士がエルバート達の前に立ち、一騎討ちを挑むように、剣を向けてきた。

『どうしますか?』

 判断を仰ぐディオンの声が耳に響く。

 圧倒的有利な状況。そこでわざわざ一騎打ちを受けるメリットなどは無い。けれど、挑まれた勝負を受けず、数と力で相手を押しつぶすという行為は騎士の規範に反する行為だ。そんな事をしてしまえば、悪評がたつし、部隊の士気も低下する恐れがある。

 騎士としての誇りや、規範に準ずる心があるのなら、この勝負、受けないわけにはいかない。

 竜騎士と、馬にすら騎乗していない騎士。力の差は歴然、そこに後ろめたさはあるが、勝負は勝負だ。挑まれたのなら受けるしかない。

 エルバートは一度苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「フェリーシア!」

 そして、声を上げ、鐙を蹴り、前進の指示を出した。

 けれど、フェリーシアはそれに従わなかった。

「どうした?」

 フェリーシアに目を向ける。フェリーシアはエルバートに、何かを訴えかけるような目を向け、軽く喉を鳴らす。

 フェリーシアは大人しい飛竜で、指示に背く行動は滅多にしない。したとしても、状況を独自に判断し、自ら危険を脱しようとする時だけだ。

 今はにらみ合っただけの状況で、切迫している状況ではない。それなのに、指示に反したフェリーシアの行動にエルバートは疑問を抱く。

 警戒しているのだろうか? いや、フェリーシアの表情に警戒の色は無い。

 疑問が大きくなり、そこからかすかな不安を感じ始める。

『俺が行きます』

 フェリーシアの行動に戸惑い、動けずに居ると、若い竜騎士の声が割って入る。

『挑まれた勝負、竜騎士として、いえ、王国最強と謳われる白雪竜騎士団として、受けない分けにはいきません』

 自身に満ちた若い竜騎士の声。その声と共に、一騎の竜騎士がエルバート達の前に出る。

 一度、エルバートはディオンの方へと目を向ける。ディオンは「判断はお前に任せる」という様な視線をこちらへと向けていた。

 不気味さのある黒騎士と、不可解なフェリーシアの行動。その二つから嫌な不安が浮かんでくる。

 けれど、いつまでも迷っているわけにはいかない。ここは戦場だ。決断の遅れは、致命的な失敗を呼び込んでしまう。

「お前に任せる。行け」

 小さく返事を返す。それに若い竜騎士は小さく笑う様な返事を返した。

 若い竜騎士は騎竜を走らせ、黒騎士と相対する様に移動する。黒騎士も目の前に出て来た竜騎士へと目を向けてくる。

『俺は白雪竜騎士団が一人、キンバリー・マクレイアー。貴様との勝負。この俺が受ける』

 若い竜騎士――キンバリーはランスを黒騎士に突き付け、名乗りを上げる。

 黒騎士はそれに、答えを返すことなく剣を構える。

 キンバリーの舌打ちが、耳に付けた魔導具から響く。名乗りを上げたのなら、名乗りを返すのが礼儀。黒騎士はそれをしなかった。それに怒りを覚えたのだろう。

 少しの間、間が空く。戦場の一騎討ちにおいて合図などは無い。両者相手の出方を伺い、間合いを測る。

 最初に動いたのはキンバリーだった。空を飛ぶ竜騎士と、地を這うしかない騎士。それではどうしたって、騎士から攻撃を仕掛ける事は出来ない。よって、自然と竜騎士は先制攻撃を強いられる。

 騎竜の巨体が、構えられたランスと共に速度に乗って、黒騎士へと迫る。直撃を食らえば、鋼鉄製の全身鎧といえ簡単貫かれるか、ひき潰される必殺の一撃。

 高度を落としながら迫ってくる竜騎士に、黒騎士は距離を詰める様にして駆け出した。

 交錯。そして――小さな血飛沫が宙へと舞った。

 キンバリーとその騎竜は駆け抜け、再び空へと戻る。黒騎士も同様に駆け抜け、速度にブレーキかけるとすぐさま向き直る。

 一撃必殺いえる竜騎士の攻撃、それを黒騎士は避けていた。

魔化武具マジック・ウェポンか……』

 キンバリーの悪態にも似た声が響く。

 空へと戻ったキンバリー。その騎竜の頬が浅く裂け、そこから血が流れていた。

 通常の武器では飛竜を傷付ける事は非常に難しい。けれど、魔法によって強化された武器を用いれば、その強固な鱗と外皮を裂くことができる。

 何の対策もなしに挑んでくることは無いと思っていたが、やはり攻撃手段は用意していた。

 けれど、それでは効果が薄い。高速で飛び回る竜騎士。たとえその鱗を突破する武器を用意したとしても、まともに当てられなければ意味がない。事実、すれ違いざまの斬撃では、力が乗り切っておらず、浅く裂くだけにとどまっている。

『魔化武具を用いれば勝てると思ったのだろうが……竜騎士はそんなに甘くはないぞ!』

 旋回を終え、向かい治ったキンバリーが再び突撃をかける。

 黒騎士もそれに応じ、再びキンバリーに向かって駆け出す。

 二撃目の交錯。その瞬間、黒騎士はギリギリのところで軽く横へ飛び、攻撃を躱すと共に斬撃を加え、キンバリーに騎竜の頬を浅く切り裂く。

 再びキンバリーと黒騎士は距離を取る。

『くっそ……』

 適確に攻撃を避けて見せた黒騎士に苛立ちを感じたのだろう。キンバリーの二度目の悪態が響く。

 そして、再度旋回を終えると、三度突撃をかける。

 エルバートは微かな違和感を感じ始める。

『エルバート……』

 ディオンも同様の違和感を抱いたのだろう、確認の様にエルバートに尋ねて来る。

 三撃、四撃とキンバリーの攻撃が続く、けれどその攻撃はギリギリのところで黒騎士に躱され、すれ違いざまに斬撃をもらう。

 一撃だけなら、まぐれで済ませられたかもしれない。けれど、こうも確実に捌いてみせると、それに強い違和感を覚えてしまう。

「あいつ……竜騎士俺達の戦い方を知って居やがる」

 竜騎士と飛竜の突撃は、素早く強力だ。だが、その巨体と速度故に、突撃中は方向転換に弱い。そして、飛竜が持つ死角。それらを確りと把握していなければ、竜騎士の突撃をこうも避ける事は出来ない。

 違和感から確信に変わり、次に疑問が生まれる。

 竜騎士の戦い方を知るものは竜騎士以外にはほとんどいない。なら、黒騎士は誰なのだろう?

 そして、これだけ竜騎士の戦い方を知っていうるのなら、なぜ、勝てないと分かっている戦いに挑むのだろうか? 何か、隠しているのだろうか?

 攻撃を避けてみせ、その隙に斬撃を加える。一見良い手に見える。けれど、その程度の斬撃では、騎竜に大したダメージは与えられない。避け続け、持久戦に持ち込んでも騎竜の体力の方が圧倒的に勝る。このまま続けても、勝機は見えても無い。

 疑問が、嫌な不安を呼んで行く。

『そうそう何度も避けられると思うな!』

 怒声にも似たキンバリーの声が響く。

 キラリと視界の端に何かが煌めいた。銃口だった。黒騎士が構えていた盾の下、腕に固定された盾で隠すようにして黒騎士の手に一丁の銃が握られていた。

 意匠の凝らされた銃。遠目ではっきりとしないが、それでもそれが何であるかはっきりと分かった。

「キンバリー!! 今すぐそいつからか離れろ!!」

 大きく叫ぶ。だか遅かった。

 銃口は既にキンバリーへと向けられており、キンバリーは完全に突撃を開始していた。もう避けるという行動は出来ない。

 マズルフラッス。閃光がキンバリーの騎竜を貫いた。

 灼熱の熱線。それが、飛竜の鱗を貫き、肉を焼く。致命傷では無い。だが、騎竜を大きく怯ませるには十分なダメージだ。

 強烈なダメージから身体のコントロールを失った騎竜がそのまま地面へと激突する。大きな衝撃音と共に、砂埃が舞い上がる。

『ううう……』

 キンバリーのうめき声が、魔導具から響く。

「キンバリー! 止まるな! 直ぐに動け!」

 砂埃の向こうに人影が写る。剣と盾を手にした人影――黒騎士だ。それが剣を振り上げ、そして、振り下した。

 何かが宙へと飛ぶ。そして、その後すぐに、まるで噴水の様に鮮やかな赤い液体が噴き出し、宙に舞う。

 一瞬の静寂。おそらく、皆、何が起こったのか理解できなかったのだろう。誰もが口を閉ざし、目の前の光景を注視した。

 再び人影が動く。今度は剣を逆手に持ち替え、そして、深く地面へと突き立てた。


『グギャアアアアアァァァ!』


 聞いた事のない、悲鳴に似た飛竜の咆哮が響く。

 断末魔だ。そう理解するまでに、しばし時間が掛かった。

 砂埃が晴れ、目の前の光景がはっきりと見えてくる。

 黒騎士が立っていた。返り血を浴び、剣を突き立て飛竜の背を踏みしだき、立っていた。

 黒騎士の目が、こちらへと向けられる。


『いやああああああああ!!』

 一騎の竜騎士が、黒騎士の前に敗れたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

処理中です...