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第四章「竜殺しの騎士」
第1話「闇に染まる記憶」
しおりを挟む闇が視界を覆っていく。
ゆらゆらと揺れる靄の様な闇が、実態を持ちリディアの身体を包み込んでいく。光と、音と、それから熱を奪い取っていく。
世界が、無音で冷たい世界に染められる。そのせいか、自分の吐く息と、身体の発する熱を強く感じ取る。けれど、辺りに満たされて闇は、それらさえも侵蝕し、奪い始める。意識がぼやけ、すべての感覚が遠のいてく。
闇に閉ざされ、ぼやけた視界が像を結び始める。色の無い、白と黒の世界。けれどそれは、まるで光など最初からなかったかのように、光源が殆ど無いはずのこの場所でも、はっきりと輪郭を示し、像を結んでいた。
リディアは空を飛んでいた。騎竜であるヴィルーフに跨り、夜空を飛んでいた。
視界は光が捉えられていないのか、日も、星も、月も、空には移らず、虚空の闇が広がっていた。地上はただ白いだけの岩肌が覆っていた。
ここは、何処だろうか?
そう、疑問が沸く。けれど、その疑問の答えは、直ぐに導き出される。
視界の中央に、新たな像が結ばれる。五体の空を飛ぶもの達の像。一対の羽根を生やした細長い、白い影。リディアの良く知る存在――飛竜の、いや悪竜の像だった。
思い出す。これは、あの時見た光景だ。あの時の、あの夜の――林間学習にあったあの騒動の時に見た光景だ。
目の前に浮かぶ像は、あの時戦った悪竜とその竜騎士達の姿だった。目の前に飛ぶ、悪竜の像がはっきりと見え始めると同時に、青白い、靄の様な火の玉が視界に映る。丁度、目の前に映る悪竜と竜騎士とに重なるように、その火の玉は浮かんでいた。
リディアは手にしていたランスを構える。これから、戦闘が始まる……。
『行くよ。ヴィルーフ』
気持ちを込め、合図を口にする。
ヴィルーフがその言葉に呼応する様に、口を大きく開く。そして、大きく息を吐く様に膨らました胸を萎める。
光が弾けた。ヴィルーフが大きく息を吐くと、目の前の悪竜達は四散する。それと同時にあの青白い火の玉も散らばる。そして、逃げ遅れた一つ、青白い火の玉の一つが弾け、散らばった欠片がヴィルーフの口へと吸い込まれていく。
光を失った悪竜は、まるで糸の切れた操り人形の様に力を失い、落下する。
あれは、死んだのだ。何の説明もなされていない目の前の光景に対し、リディアは直観的にそう理解した。
一つ目、残りは四つ。
ヴィルーフを羽ばたかせ大きく上昇し、上がった高度から大きく急降下させるようにして速度を加速させる。そして、そのまま真っ直ぐと悪竜達に突撃をかける。
悪竜の竜騎士達が石弓を構え、射出してくる。正確な狙いに、連続攻撃。そう簡単に避けきる事の出来そうに無い攻撃。けれどそれらは、リディアとヴィルーフの実態を捉える事までは出来なかった。
まるでそこには無いも無いかのように、放たれた矢弾は空を切り、流れていく。リディアとヴィルーフを止めるものは何もない。そのまま一気に加速していく。
ヴィルーフの牙が悪竜を捉える。そして、いとも簡単にその姿をかみ切る。白く映る悪竜の血が、辺りにぶちまけられる。それが、リディアの身体へと降りかかる。
冷たく、熱の奪われた身体に、焼ける様に熱い返り血が降り注ぐ。凍えた身体に降り注いだその熱は、とても心地よく感じられた。
真直ぐ飛ぶリディアとヴィルーフは、悪竜達の間を抜け、再び遠ざかる。翼を広げ、速度を落とすと共に旋回する。ヴィルーフを仕留めようと、また石弓の矢弾が降り注ぐ。けれどそれはやはり、ヴィルーフの身体を捉える事は出来なかった。
ヴィルーフが旋回を終え、残った悪竜達を正面に捉える。そして、再びヴィルーフは口を大きく開く。
再び光が弾ける。今度は複数の青白い炎が弾け、砕ける。
複数の亡骸が、力を失い地上へと落ちていく。残る数は、後二つ。
ヴィルーフが加速をかける。一つの対象に目標を定め、突撃をかける。リディアも、手にしたランスを構える。
一瞬にして目標との距離がゼロとなり、ヴィルーフの牙が悪竜の身体を捉える。間近で見る敵の姿。敵は驚きの表情を浮かべていた。
これは、戦いだ。
頭に、そう言い聞かせるような言葉が響く。リディアはその言葉に従い、迷わずランスを振るい、敵の胴を――あの青白い火の玉を貫く。光が、弾けた。
白い血が吹き出し、リディアの身体を濡らす。痺れるような快感が身体を伝う。
敵と対峙し、敵を仕留める。それが、竜騎士の使命であり、務めだ。それが、今、リディアの手によってなされた。
達成感による高揚感。それから、熱い熱を浴び、熱に浮かされるような感覚。それらが身体を支配し、自然と笑みが浮かぶ。
身体を伝う哀楽から笑みが零れる。これが、リディアの求めていたもの。これが、リディアの求めた結果。その事が、また身体を駆け巡り、熱を帯び、思考を溶かす様に、喜びを生んでいく。
やっと、求めていた場所に辿り着いた。そう、思えた。
* * *
鋭い光が、瞼の裏を焼き、リディアの眠っていた意識を刺激する。それにより、沈んでいた意識が呼び戻され、目が覚める。
目を開く。目の前には、見慣れていながら、どこか落ち着かない気持ちを呼びこされる、簡素な天井が広がっていた。
身体を起こし、辺りを見回す。見慣れた、アルフォード家の王都にある別邸の一室だった。
直ぐ傍の窓から外に目を向ける。日が昇り始め、夜明けを告げていた。
窓ガラスに、自分の姿が映る。夏場で、寝汗をかいていたのだろ、髪や衣服が汗でぬれべったりと肌に張り付いていた。
濡れた姿に、ベタベタした不快感。それらが、先ほど見ていた夢の姿と重なって見える。
「酷い姿だ……」
他人には見せられないようなその姿に、リディアは小さく自傷気味に笑う。
コンコンと部屋の扉がノックされる。
「お嬢様。起きておられますか?」
使用人の男性の声が響く。
「起きていますよ。大丈夫です。要件を」
「はい、では、旦那様からの伝言です。今日のお昼に、王宮の執務室に来るようにとのことです」
答えを返すと、使用人は一度咳払いをして、要件を伝える。
「お父様が? どのような要件か、聞いていますか?」
「さあ? そこまでは知らされていません」
「そうですか、ありがとう。下がってください」
「はい、では。朝食の準備が出来ておりますので、準備が出来ましたら、いらしてください」
扉の向こうで、使用人が一例をするのを感じると、小さな足音と共に遠ざかって行くのを感じた。
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