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第三章「騎士と姫と魔法使い」
第20話「夢への誘い」
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日が完全に沈み切り、夜が更けていく。
マイクリクス王国の中枢であるハーティス宮殿も、この時間ともなると静かになる。
宮殿内に走る石造りの回廊は、淡い魔法の燐光が灯され、闇に沈む宮殿内を薄く照らし出していた。
ゆっくりと慎重に音を立てないようにして、そっと扉を開き、レリアがフィーヤの寝室から廊下へと出てくる。
「もう、良いのか?」
フィーヤの寝室から出て来たレリアに、外で待機していたアーネストが声をかける。
「はい。だいぶお疲れの様だったようで、直ぐに眠られました」
どこか安心したような、嬉しそうな声音でレリアが答えを返す。
「そっか」
フィーヤが眠りについた。それは、今日の護衛としての仕事の、一応の終わりを意味する。その事を聞き、アーネストも肩の荷が降りる。
「あれ、アルミメイアは?」
そして、気持ちが解れると、ある事に気付く。レリアと共に、フィーヤに付いて寝室の入っていたアルミメイアの姿が無かった。
「ああ、彼女でしたらフィーヤ様に捕まり、まだ寝室に居ますね」
「どういう事だ?」
「姫様が、彼女の髪を梳いている途中で寝てしまわれたのです。抱かかえられたままだったみたいで、抜けがす事が難しいみたいです」
「なんだよ、それ……」
状況を聞かされ、アーネストは苦笑いを浮かべ、呆れた様に答えを返す。告げたレリアも、その状況を思い出してか、小さく笑う。
「まあ、大丈夫でしょう。そのまま一緒に寝てしまうか、折を見て抜け出してくると言っていたので」
「そっか。なら、これで今日の仕事をも終わりだな。俺達も寝るとしよう。明日も早いんだろ?」
「そうですね」
終わりを告げ、アーネストは踵を返すと、その場を離れる様に歩き始めた。
夜間の警備は、王宮の衛兵が受け持つことに成っている。近衛騎士は、一応主の寝室の傍の部屋に控えているが、基本は眠りにつき、明日に備えるのが仕事となる。
「アーネスト」
控えの部屋へ向けて歩き出すと直ぐに、レリアに呼び止められ、足を止める。
「なんだ?」
「その……」
尋ね返すとレリアは口ごもり、一度視線を彷徨わせる。
「礼を言っておきたいと思って……ありがとう」
「どうしたんだ。急に」
レリアの思わぬ言葉に、アーネストはつい眉を顰めてしまう。
「あんなに楽しそうな姫様を、私は始めて見た。それに、礼を言っておきたかったのです」
どこか気恥ずかしいのか、レリアはアーネストから視線を逸らしながら、そう告げる。
レリアの見たこの無い態度に、アーネストはどう返事を返すべきか、少し迷ってしまう。
「『眠らずの姫君』という名を、聞いたことはありますか?」
「いや、初めて聞く」
「そうですか……。姫様は、ほとんど眠らないんです。普段傍に居る私でさえ、まともに眠っているところを、見た事がありません。眠る事の無い姫、だから『眠らずの姫君』」
レリアに言われ、少し記憶を探ってみると思い当る。フィーヤは少し、寝付くのが遅い印象があった。
アーネストは男性であり、フィーヤの寝室に立ち入る事ができないため、外で待機している事しかなかったが、フィーヤが寝室に入ってから寝付いてレリア達が部屋から出て来るまでは酷く時間が掛かっていた事を思い出す。
「何か、原因があったりするのか?」
聞いてはまずい事なのかと少し迷った後、アーネストは尋ねる。
「体質、というわけでは無いみたいですね。
昔、姫様が小さかった頃、暗殺にあったそうです。辛うじて姫様は死なずに済んだみたいですが、姫様のお母様が殺されえる所を、見てしまったそうです。それ以来、眠るのが怖くなったとか……。暗殺を企てたのは、姫様と近しい貴族によるものであったと聞いています。その貴族は既に処罰されたみたいですが……姫様がこの国の人間を傍に置きたがらないのは、おそらくこの為かと思っています」
「そんなことが、あったのか……」
聞かされた話に、アーネストは大きく驚く。
フィーヤはその容姿と地位の影響で多くの竜騎士や騎士達から人気が高い。その上、余り下心を見せない事や、立場の違いなどを気にせず接してくれることもあり、その事がさらに人気を集める形となっていた。
今思い返してみると、それは、立場の違いを気にしないのではなく、力を持つ貴族を嫌い、繋がりを避けた結果だったのかもしれない。レリアの話を聞くと、そんな風に思えた。
「けれど、そのせいでしょうか……姫様には、対等な立場で接する事の出来る、友人と呼べる人間いなかったみたいです。
まだ若く、多くの人とふれあい、楽しい事を共有する。そんな生活があるはずなのに、姫様は孤立した生活を送っています。
ここ数日の様に、楽しそうにして、そして、疲れてゆっくり眠る。そんな姫様を見たのは、初めてでした。そうできる相手と、その相手を連れて来てくれたあなたには、感謝しています」
「そっか」
「私が、そうできればよかったのですが、私は、何処まで行っても家臣にしか成れない様です……ですから、もし叶うのでしたら、あの子に、これからも姫様と仲良くして欲しいと伝えてください」
どこか寂しそうに、静かな声でレリアはそう告げた。
「そうだな、どうするかは本人が決める事だけど、機会があったら伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
軽く返事を返すと、レリアは静かに笑って返事を返した。
* * *
静かになった一室。本棚と、相変わらず積み上げられた本で埋め尽くされた部屋。先ほどまで室内を照らしていた灯りは消され、夜の闇に閉ざされていた。
その部屋の主と、一人の少女が、その部屋の中央辺りに備え付けられたベッドに横たわり眠る。動く物は何もなく、聞こえる音は二人の寝息だけ。
夜空を映す窓に、一つの影が映る。夜闇に紛れるような黒い衣装に身を包んだ人の影。上からロープを垂らし、ゆっくりと部屋の窓の位置まで降りてくる。
一瞬、薄緑色の光が弾ける。すると、ひとりでに部屋の窓の鍵が外され、ひとりでに窓が開かれていく。鍵が外れる音、窓が開く音、不思議とその事が響くことは無く、無音のままそれらの動作が続けられる。
黒い衣装をまとった人物が、一人、二人と、これまた音を立てることなく部屋の中に滑りこんでいく。
『楽勝でしたね』
部屋に滑り込んだ一人が、部屋の中を見渡し、音もなくただ口を動かし、そう告げる。
『気を抜くな、馬鹿野郎。喜んでいいのは、すべてが終わってからだ』
別の人物が、唇の動きからその言葉を読み取ったのか、そう窘める。この言葉も音によるものではなく、ただ口が動くだけだった。
『部屋に入ってしまえば、もう成功したようなものですよ。ここには、警戒するものなんて何もありません。
魔術による警戒も、人による警備も、全部外です。後はただ、目標を始末するだけ。そんなの子供でも出来る仕事です』
からからと笑う様に告げる。けれど、その笑い声も、何一つ響かない。
『黙れ』
先ほど窘めた人物が、再び音もなくそう告げ、鋭く睨みつける。それによって、笑っていた人物は口を閉ざし、苦笑いを浮かべる。
黒い衣装をまとった人物の一人が辺りの警戒に付き、もう一人が音を立てることなく部屋の主が眠るベッドへと歩み寄る。そして、ゆっくりと眠る人物の顔を覗き込む。
動くこと無く眠るその素顔は、まるで綺麗な彫像を思わせるものだった。そして、そのように眠る部屋の主の横には、部屋の主にまるでぬいぐるみと間違えられたかのように抱き締められた状態で眠る少女の姿が有った。
『二人いるな。目標は一人じゃなかったか?』
『なら、二人とも始末しろ』
『それはちょっとかわいそうじゃないか?』
『貴様の心情など知らん。この仕事は、ただやれと言われたことをやるだけだ。やれ』
『へい、へい』
軽く確認を取り、帰ってきた相変わらずの答えに、黒い装束の男は辟易する。
再び、眠る二人の方へと目を向ける。懐からナイフを一本取り出し、握る。
『美しい嬢ちゃんたち。楽しい夢に浸り、覚めることない眠りに付けると良いな。それは、きっと幸せな事だぜ』
ナイフを振り上げ、音もなくそう告げると、風を切る音もなく、ナイフが振り下された。
マイクリクス王国の中枢であるハーティス宮殿も、この時間ともなると静かになる。
宮殿内に走る石造りの回廊は、淡い魔法の燐光が灯され、闇に沈む宮殿内を薄く照らし出していた。
ゆっくりと慎重に音を立てないようにして、そっと扉を開き、レリアがフィーヤの寝室から廊下へと出てくる。
「もう、良いのか?」
フィーヤの寝室から出て来たレリアに、外で待機していたアーネストが声をかける。
「はい。だいぶお疲れの様だったようで、直ぐに眠られました」
どこか安心したような、嬉しそうな声音でレリアが答えを返す。
「そっか」
フィーヤが眠りについた。それは、今日の護衛としての仕事の、一応の終わりを意味する。その事を聞き、アーネストも肩の荷が降りる。
「あれ、アルミメイアは?」
そして、気持ちが解れると、ある事に気付く。レリアと共に、フィーヤに付いて寝室の入っていたアルミメイアの姿が無かった。
「ああ、彼女でしたらフィーヤ様に捕まり、まだ寝室に居ますね」
「どういう事だ?」
「姫様が、彼女の髪を梳いている途中で寝てしまわれたのです。抱かかえられたままだったみたいで、抜けがす事が難しいみたいです」
「なんだよ、それ……」
状況を聞かされ、アーネストは苦笑いを浮かべ、呆れた様に答えを返す。告げたレリアも、その状況を思い出してか、小さく笑う。
「まあ、大丈夫でしょう。そのまま一緒に寝てしまうか、折を見て抜け出してくると言っていたので」
「そっか。なら、これで今日の仕事をも終わりだな。俺達も寝るとしよう。明日も早いんだろ?」
「そうですね」
終わりを告げ、アーネストは踵を返すと、その場を離れる様に歩き始めた。
夜間の警備は、王宮の衛兵が受け持つことに成っている。近衛騎士は、一応主の寝室の傍の部屋に控えているが、基本は眠りにつき、明日に備えるのが仕事となる。
「アーネスト」
控えの部屋へ向けて歩き出すと直ぐに、レリアに呼び止められ、足を止める。
「なんだ?」
「その……」
尋ね返すとレリアは口ごもり、一度視線を彷徨わせる。
「礼を言っておきたいと思って……ありがとう」
「どうしたんだ。急に」
レリアの思わぬ言葉に、アーネストはつい眉を顰めてしまう。
「あんなに楽しそうな姫様を、私は始めて見た。それに、礼を言っておきたかったのです」
どこか気恥ずかしいのか、レリアはアーネストから視線を逸らしながら、そう告げる。
レリアの見たこの無い態度に、アーネストはどう返事を返すべきか、少し迷ってしまう。
「『眠らずの姫君』という名を、聞いたことはありますか?」
「いや、初めて聞く」
「そうですか……。姫様は、ほとんど眠らないんです。普段傍に居る私でさえ、まともに眠っているところを、見た事がありません。眠る事の無い姫、だから『眠らずの姫君』」
レリアに言われ、少し記憶を探ってみると思い当る。フィーヤは少し、寝付くのが遅い印象があった。
アーネストは男性であり、フィーヤの寝室に立ち入る事ができないため、外で待機している事しかなかったが、フィーヤが寝室に入ってから寝付いてレリア達が部屋から出て来るまでは酷く時間が掛かっていた事を思い出す。
「何か、原因があったりするのか?」
聞いてはまずい事なのかと少し迷った後、アーネストは尋ねる。
「体質、というわけでは無いみたいですね。
昔、姫様が小さかった頃、暗殺にあったそうです。辛うじて姫様は死なずに済んだみたいですが、姫様のお母様が殺されえる所を、見てしまったそうです。それ以来、眠るのが怖くなったとか……。暗殺を企てたのは、姫様と近しい貴族によるものであったと聞いています。その貴族は既に処罰されたみたいですが……姫様がこの国の人間を傍に置きたがらないのは、おそらくこの為かと思っています」
「そんなことが、あったのか……」
聞かされた話に、アーネストは大きく驚く。
フィーヤはその容姿と地位の影響で多くの竜騎士や騎士達から人気が高い。その上、余り下心を見せない事や、立場の違いなどを気にせず接してくれることもあり、その事がさらに人気を集める形となっていた。
今思い返してみると、それは、立場の違いを気にしないのではなく、力を持つ貴族を嫌い、繋がりを避けた結果だったのかもしれない。レリアの話を聞くと、そんな風に思えた。
「けれど、そのせいでしょうか……姫様には、対等な立場で接する事の出来る、友人と呼べる人間いなかったみたいです。
まだ若く、多くの人とふれあい、楽しい事を共有する。そんな生活があるはずなのに、姫様は孤立した生活を送っています。
ここ数日の様に、楽しそうにして、そして、疲れてゆっくり眠る。そんな姫様を見たのは、初めてでした。そうできる相手と、その相手を連れて来てくれたあなたには、感謝しています」
「そっか」
「私が、そうできればよかったのですが、私は、何処まで行っても家臣にしか成れない様です……ですから、もし叶うのでしたら、あの子に、これからも姫様と仲良くして欲しいと伝えてください」
どこか寂しそうに、静かな声でレリアはそう告げた。
「そうだな、どうするかは本人が決める事だけど、機会があったら伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
軽く返事を返すと、レリアは静かに笑って返事を返した。
* * *
静かになった一室。本棚と、相変わらず積み上げられた本で埋め尽くされた部屋。先ほどまで室内を照らしていた灯りは消され、夜の闇に閉ざされていた。
その部屋の主と、一人の少女が、その部屋の中央辺りに備え付けられたベッドに横たわり眠る。動く物は何もなく、聞こえる音は二人の寝息だけ。
夜空を映す窓に、一つの影が映る。夜闇に紛れるような黒い衣装に身を包んだ人の影。上からロープを垂らし、ゆっくりと部屋の窓の位置まで降りてくる。
一瞬、薄緑色の光が弾ける。すると、ひとりでに部屋の窓の鍵が外され、ひとりでに窓が開かれていく。鍵が外れる音、窓が開く音、不思議とその事が響くことは無く、無音のままそれらの動作が続けられる。
黒い衣装をまとった人物が、一人、二人と、これまた音を立てることなく部屋の中に滑りこんでいく。
『楽勝でしたね』
部屋に滑り込んだ一人が、部屋の中を見渡し、音もなくただ口を動かし、そう告げる。
『気を抜くな、馬鹿野郎。喜んでいいのは、すべてが終わってからだ』
別の人物が、唇の動きからその言葉を読み取ったのか、そう窘める。この言葉も音によるものではなく、ただ口が動くだけだった。
『部屋に入ってしまえば、もう成功したようなものですよ。ここには、警戒するものなんて何もありません。
魔術による警戒も、人による警備も、全部外です。後はただ、目標を始末するだけ。そんなの子供でも出来る仕事です』
からからと笑う様に告げる。けれど、その笑い声も、何一つ響かない。
『黙れ』
先ほど窘めた人物が、再び音もなくそう告げ、鋭く睨みつける。それによって、笑っていた人物は口を閉ざし、苦笑いを浮かべる。
黒い衣装をまとった人物の一人が辺りの警戒に付き、もう一人が音を立てることなく部屋の主が眠るベッドへと歩み寄る。そして、ゆっくりと眠る人物の顔を覗き込む。
動くこと無く眠るその素顔は、まるで綺麗な彫像を思わせるものだった。そして、そのように眠る部屋の主の横には、部屋の主にまるでぬいぐるみと間違えられたかのように抱き締められた状態で眠る少女の姿が有った。
『二人いるな。目標は一人じゃなかったか?』
『なら、二人とも始末しろ』
『それはちょっとかわいそうじゃないか?』
『貴様の心情など知らん。この仕事は、ただやれと言われたことをやるだけだ。やれ』
『へい、へい』
軽く確認を取り、帰ってきた相変わらずの答えに、黒い装束の男は辟易する。
再び、眠る二人の方へと目を向ける。懐からナイフを一本取り出し、握る。
『美しい嬢ちゃんたち。楽しい夢に浸り、覚めることない眠りに付けると良いな。それは、きっと幸せな事だぜ』
ナイフを振り上げ、音もなくそう告げると、風を切る音もなく、ナイフが振り下された。
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