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第三章「騎士と姫と魔法使い」
第18話「儚い理想」
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「見つかりましたか?」
中庭の方からフィーヤの透き通った声が響くと、その後に続きフィーヤがテラスの方へと顔を出す。
「見つかったよ」
フィーヤの言葉に、アルミメイアはアーネストの足元に居る黒猫を拾い上げながら、答える。
「そうですか、変な所に居なくてよかったです」
テラスに立つアルミメイアの元へ、フィーヤが歩み寄ってくる。それによりフィーヤはアーネストの存在に気付く。
「あら、見ないと思っていましたら、このような所にいらしたのですね。晩餐会は、まだまだ続いていますよ」
「すみません。やっぱり、こういった場は慣れてないみたいで、少し疲れてしまいました」
「ずいぶんとひ弱なのですね」
アーネストの受け答えに、フィーヤはクスクスと笑う。それにアーネストも小さく乾いた笑いを返す。
「何か、ありましたか?」
一通り笑うと、フィーヤは表情を整え、そう問いかけてきた。
「え? 特には、何もありませんよ」
「そうですか? 私には、どこか上の空、と言ったように見えますが?」
フィーヤの鋭い指摘に、アーネストは苦し笑いを浮かべる。先ほどのフェミルに聞いた話とそこから浮かんだ疑問で、頭が埋め尽くされてしまい、気が入っていなかったのだろう。それを見抜かれてしまったようだった。
アーネストは一度諦めた様な息を付き、そして少し迷ってから口を開いた。
「フィーヤ様。少し、おかしな事を聞いても良いですか?」
「かまいませんよ」
「神聖竜レンディアス……彼の竜は、実在する竜なのですか?」
一度、アルミメイアに目を向けてから、アーネストは尋ねる。
尋ねられたフィーヤは、しばらくアーネストの事を見つめ返してくる。アーネストはそれに、視線を逸らすことなく、応じる。
「どこで、その話を聞きましたか?」
しばらく睨み合う様に、視線を合わせた後、フィーヤは視線を外し、当たりを見回す様にしながら、質問を返してきた。その声音には、茶化す様な色は無く、真剣なそうなものだった。
「フェミル様から聞きました」
「なるほど、そう言う事ですか。彼女の考えそうな事ですね」
アーネストの答えに、フィーヤは何か納得したように頷き、呆れた様に小さく笑う。
「この話は……嘘、ですか?」
ゆっくりと、慎重にアーネストは聞き返す。
フィーヤは小さく息を付く。
「まず、結論を先に言いましょう。その話の答えは、正しいものであり、間違ったものでもあります」
返ってきた答えは、酷く曖昧なものだった。
「どういう事ですか?」
「神聖竜レンディアス。彼の竜は人が作り出した偶像である。その可能性は高いと言われているのは事実です。
建国期に書かれた文献などには、彼の竜の名前は出てきません。そして、ある時期を境にその名を記す文献などが出てくるようになっているのも事実です。
誰が、どんな目的で、その偶像を作り上げたのかは分かりません。けれど、ある時期に神聖竜レンディアスという偶像が作られたのは確かなようです」
「なら、神聖竜の存在は、嘘、なのですか?」
「そうですね。そう思えてしまうかもしれませんね。けれど、建国に関わる神話の多くは事実に基づいている事と、その事を記したと思われる歴史書なのには、大きな力を持った何かが、居たと思われる書き込みが多くあります。それらの書き込みが事実であるかどうかは、確証は持てていませんが、そういった存在が無かった、とは言えない様です。
それが、私達の思い描く神聖竜そのものかどうかは、分かりませんけど……」
「神聖竜が居たかどうかの確証はなく、居た可能性も、存在しない可能性もある。故に、その存在は事実であり、嘘である。という事ですか」
「そう言う事です」
フィーヤの答えを聞き、アーネストはほっと安心したような息を付く。
「でしたら、神聖竜との盟約、は実在するのですか?」
一つの疑問が解消され、次の疑問を口にする。
「それに対する答えも、正しいものであり、間違ったものでもあります」
「それは、どういう事ですか?」
「神聖竜との盟約、そう呼ばれているものは、確かに実在します。けれど、それは、現在私達の間で知られている、盟約とは似て非なるものです」
「どういう事ですか?」
改めて聞き直す。それに、フィーヤは困ったような表情を浮かべる。
「神聖竜との盟約、そう呼ばれるものが記された石碑は、王宮の最奥――聖竜殿と呼ばれるところにあります。しかし、その石碑に書かれている文章を、今は誰も読むことができないのです。
私が調べた限りでは、どうやらそこには竜と人との取り決めではなく、人が竜に取るべき決まり事のみが書かれているようです。
聖竜殿は、特別な祭事の時しか王族であっても立ち入りが許されないので、詳しい調査は出来ていないのが、残念な所ですけど」
「そう……ですか」
フィーヤの言葉を聞きアーネストは少し落胆する。
人が嘘によって歪めた世界。飛竜を含む竜族と共にある社会が、人の嘘によって歪められている。その事実を、できれば否定したかった。
フィーヤの回答を聞く限り、それを否定できるものではなかった。
「私達王族は、曖昧な現実の中から、自分たちにとって都合の良いものだけを選び取り、それを真実として利用している。そういう意味で、彼らの口にする、人の嘘によって歪められた世界。この言葉は、間違いではないでしょうね」
「なんで、そのような事に……」
「さあ? その真意は私にも分かりません。事実がこのような形で認識されるようになったのは、大分前の事ですから……。
ただ、そうせざるを得なかった。そう思えるところはあります。良くも悪くも、この国は飛竜という軍事力に依存しているところが有ります。その飛竜達を、自分たちの為に動かせるように、そうして良いと思うために、この事実を作り出したのかもしれないと、私は思います」
夜空を眺め、どこか寂しそうな声音でフィーヤは告げた。
「フィーヤ様は……それで、良いと、思っているのですか?」
どこか諦めているともとれたフィーヤの言葉に、アーネストは問いかける。
「私は、良くないとは感じています。けれど、それを変えるのは難しいでしょうね。
人に根付いた認識を変えるのは、酷く難しい事ですから……。私達は、余りにも飛竜に依存しすぎている。彼らの存在なしに、そして、彼らを縛るものなしにこの地で暮らして行く事は出来ないでしょう」
「現状維持が……一番という事ですか……」
「悲しい現実ですけど、そう言う事ですね……」
静かにフィーヤが答え、アーネストは小さく息を付く。
「もし……もし、神聖竜が存在し、今、この場に現れたら……どうなりますか?」
何か、解決の糸口を求めアーネストは仮定を口にする。
「あなたも、その仮定を求めますか……変化を望み、現状を打ち砕く力を持つ何かを求める……。
けれど、残念ですが、それで世界が変わる事は無いでしょう。いえ、ある意味で変わるかもしれません。けれどそれは、あなたの望むものではないでしょう。現状を肯定しないのであれば、おそらくそれは、王国の敵とみなされ討伐されるでしょう」
「それは、どうしてですか?」
「あなたに、その実感があるかは分かりませんが、飛竜は多くの人にとって魔獣となんら変わりません。盟約という目に見えない縛りがあってなお、人を傷つける事の有る存在。もし、その盟約という幻の鎖から、彼らが解き放たれたと人々が認識したら、人は飛竜と共に生きていけるでしょうか? おそらく出来ないでしょう。
自分たちを食い殺すかもしれない魔獣と、何の檻も鎖もなく共に生きていけるほど、人は強くはありません。彼らが何かに縛られていない限り、人々は安心できないでしょう」
「飛竜が、竜族達が融和と共存を望んだとしても、ですか?」
「人と人、同じ人間でさえ、共に暮らすという事が難しくあるのに、人でないもの達と、言葉すら交わせないもの達と、それも人を食らう獣と共存できると、人はすんなり受け入れられるでしょうか? さきほども話した通り、おそらく彼らが解き放たれる事への恐怖が勝ってしまうでしょう」
「そう、ですか……」
再び落胆し、息を付く。
「フギャア!」
唐突に黒猫が叫び声をあげ、アルミメイアの手から飛び出し、地面に着地する。
「それが……人の考えなのか……」
逃げ出した黒猫には目もくれず、顔を伏せたまま肩を震わせアルミメイアがそう零す。
「すべての人が、そうであるとは思っていませんが、そう言う事です……。悲しい事、ですけど……」
寂しそうに、諦めた様な答えを返す。
「アーネスト。あなたは、この国はどうあるべきだと思いますか?」
そして、静かに問いかけてきた。
「どう……なんでしょうね。私には、どういう形が正しくて、どうあるべきか、はっきりと言えません。けど、人と竜、皆が納得する、そんな場所になってほしい。そう、願います」
アーネストの答えにフィーヤは笑みを返す。
「私も同じです。
理想と、あり得ない事であったとしても、叶うのなら、空を舞う竜達とお友達になってみたい。私はそう、願います」
夜空を舞う飛竜を探す様に、空を見上げ、フィーヤはそう答えた。
中庭の方からフィーヤの透き通った声が響くと、その後に続きフィーヤがテラスの方へと顔を出す。
「見つかったよ」
フィーヤの言葉に、アルミメイアはアーネストの足元に居る黒猫を拾い上げながら、答える。
「そうですか、変な所に居なくてよかったです」
テラスに立つアルミメイアの元へ、フィーヤが歩み寄ってくる。それによりフィーヤはアーネストの存在に気付く。
「あら、見ないと思っていましたら、このような所にいらしたのですね。晩餐会は、まだまだ続いていますよ」
「すみません。やっぱり、こういった場は慣れてないみたいで、少し疲れてしまいました」
「ずいぶんとひ弱なのですね」
アーネストの受け答えに、フィーヤはクスクスと笑う。それにアーネストも小さく乾いた笑いを返す。
「何か、ありましたか?」
一通り笑うと、フィーヤは表情を整え、そう問いかけてきた。
「え? 特には、何もありませんよ」
「そうですか? 私には、どこか上の空、と言ったように見えますが?」
フィーヤの鋭い指摘に、アーネストは苦し笑いを浮かべる。先ほどのフェミルに聞いた話とそこから浮かんだ疑問で、頭が埋め尽くされてしまい、気が入っていなかったのだろう。それを見抜かれてしまったようだった。
アーネストは一度諦めた様な息を付き、そして少し迷ってから口を開いた。
「フィーヤ様。少し、おかしな事を聞いても良いですか?」
「かまいませんよ」
「神聖竜レンディアス……彼の竜は、実在する竜なのですか?」
一度、アルミメイアに目を向けてから、アーネストは尋ねる。
尋ねられたフィーヤは、しばらくアーネストの事を見つめ返してくる。アーネストはそれに、視線を逸らすことなく、応じる。
「どこで、その話を聞きましたか?」
しばらく睨み合う様に、視線を合わせた後、フィーヤは視線を外し、当たりを見回す様にしながら、質問を返してきた。その声音には、茶化す様な色は無く、真剣なそうなものだった。
「フェミル様から聞きました」
「なるほど、そう言う事ですか。彼女の考えそうな事ですね」
アーネストの答えに、フィーヤは何か納得したように頷き、呆れた様に小さく笑う。
「この話は……嘘、ですか?」
ゆっくりと、慎重にアーネストは聞き返す。
フィーヤは小さく息を付く。
「まず、結論を先に言いましょう。その話の答えは、正しいものであり、間違ったものでもあります」
返ってきた答えは、酷く曖昧なものだった。
「どういう事ですか?」
「神聖竜レンディアス。彼の竜は人が作り出した偶像である。その可能性は高いと言われているのは事実です。
建国期に書かれた文献などには、彼の竜の名前は出てきません。そして、ある時期を境にその名を記す文献などが出てくるようになっているのも事実です。
誰が、どんな目的で、その偶像を作り上げたのかは分かりません。けれど、ある時期に神聖竜レンディアスという偶像が作られたのは確かなようです」
「なら、神聖竜の存在は、嘘、なのですか?」
「そうですね。そう思えてしまうかもしれませんね。けれど、建国に関わる神話の多くは事実に基づいている事と、その事を記したと思われる歴史書なのには、大きな力を持った何かが、居たと思われる書き込みが多くあります。それらの書き込みが事実であるかどうかは、確証は持てていませんが、そういった存在が無かった、とは言えない様です。
それが、私達の思い描く神聖竜そのものかどうかは、分かりませんけど……」
「神聖竜が居たかどうかの確証はなく、居た可能性も、存在しない可能性もある。故に、その存在は事実であり、嘘である。という事ですか」
「そう言う事です」
フィーヤの答えを聞き、アーネストはほっと安心したような息を付く。
「でしたら、神聖竜との盟約、は実在するのですか?」
一つの疑問が解消され、次の疑問を口にする。
「それに対する答えも、正しいものであり、間違ったものでもあります」
「それは、どういう事ですか?」
「神聖竜との盟約、そう呼ばれているものは、確かに実在します。けれど、それは、現在私達の間で知られている、盟約とは似て非なるものです」
「どういう事ですか?」
改めて聞き直す。それに、フィーヤは困ったような表情を浮かべる。
「神聖竜との盟約、そう呼ばれるものが記された石碑は、王宮の最奥――聖竜殿と呼ばれるところにあります。しかし、その石碑に書かれている文章を、今は誰も読むことができないのです。
私が調べた限りでは、どうやらそこには竜と人との取り決めではなく、人が竜に取るべき決まり事のみが書かれているようです。
聖竜殿は、特別な祭事の時しか王族であっても立ち入りが許されないので、詳しい調査は出来ていないのが、残念な所ですけど」
「そう……ですか」
フィーヤの言葉を聞きアーネストは少し落胆する。
人が嘘によって歪めた世界。飛竜を含む竜族と共にある社会が、人の嘘によって歪められている。その事実を、できれば否定したかった。
フィーヤの回答を聞く限り、それを否定できるものではなかった。
「私達王族は、曖昧な現実の中から、自分たちにとって都合の良いものだけを選び取り、それを真実として利用している。そういう意味で、彼らの口にする、人の嘘によって歪められた世界。この言葉は、間違いではないでしょうね」
「なんで、そのような事に……」
「さあ? その真意は私にも分かりません。事実がこのような形で認識されるようになったのは、大分前の事ですから……。
ただ、そうせざるを得なかった。そう思えるところはあります。良くも悪くも、この国は飛竜という軍事力に依存しているところが有ります。その飛竜達を、自分たちの為に動かせるように、そうして良いと思うために、この事実を作り出したのかもしれないと、私は思います」
夜空を眺め、どこか寂しそうな声音でフィーヤは告げた。
「フィーヤ様は……それで、良いと、思っているのですか?」
どこか諦めているともとれたフィーヤの言葉に、アーネストは問いかける。
「私は、良くないとは感じています。けれど、それを変えるのは難しいでしょうね。
人に根付いた認識を変えるのは、酷く難しい事ですから……。私達は、余りにも飛竜に依存しすぎている。彼らの存在なしに、そして、彼らを縛るものなしにこの地で暮らして行く事は出来ないでしょう」
「現状維持が……一番という事ですか……」
「悲しい現実ですけど、そう言う事ですね……」
静かにフィーヤが答え、アーネストは小さく息を付く。
「もし……もし、神聖竜が存在し、今、この場に現れたら……どうなりますか?」
何か、解決の糸口を求めアーネストは仮定を口にする。
「あなたも、その仮定を求めますか……変化を望み、現状を打ち砕く力を持つ何かを求める……。
けれど、残念ですが、それで世界が変わる事は無いでしょう。いえ、ある意味で変わるかもしれません。けれどそれは、あなたの望むものではないでしょう。現状を肯定しないのであれば、おそらくそれは、王国の敵とみなされ討伐されるでしょう」
「それは、どうしてですか?」
「あなたに、その実感があるかは分かりませんが、飛竜は多くの人にとって魔獣となんら変わりません。盟約という目に見えない縛りがあってなお、人を傷つける事の有る存在。もし、その盟約という幻の鎖から、彼らが解き放たれたと人々が認識したら、人は飛竜と共に生きていけるでしょうか? おそらく出来ないでしょう。
自分たちを食い殺すかもしれない魔獣と、何の檻も鎖もなく共に生きていけるほど、人は強くはありません。彼らが何かに縛られていない限り、人々は安心できないでしょう」
「飛竜が、竜族達が融和と共存を望んだとしても、ですか?」
「人と人、同じ人間でさえ、共に暮らすという事が難しくあるのに、人でないもの達と、言葉すら交わせないもの達と、それも人を食らう獣と共存できると、人はすんなり受け入れられるでしょうか? さきほども話した通り、おそらく彼らが解き放たれる事への恐怖が勝ってしまうでしょう」
「そう、ですか……」
再び落胆し、息を付く。
「フギャア!」
唐突に黒猫が叫び声をあげ、アルミメイアの手から飛び出し、地面に着地する。
「それが……人の考えなのか……」
逃げ出した黒猫には目もくれず、顔を伏せたまま肩を震わせアルミメイアがそう零す。
「すべての人が、そうであるとは思っていませんが、そう言う事です……。悲しい事、ですけど……」
寂しそうに、諦めた様な答えを返す。
「アーネスト。あなたは、この国はどうあるべきだと思いますか?」
そして、静かに問いかけてきた。
「どう……なんでしょうね。私には、どういう形が正しくて、どうあるべきか、はっきりと言えません。けど、人と竜、皆が納得する、そんな場所になってほしい。そう、願います」
アーネストの答えにフィーヤは笑みを返す。
「私も同じです。
理想と、あり得ない事であったとしても、叶うのなら、空を舞う竜達とお友達になってみたい。私はそう、願います」
夜空を舞う飛竜を探す様に、空を見上げ、フィーヤはそう答えた。
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