憑かれて恋

香前宇里

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第五章

加茂倉少年の恋 其の十五

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 結局……タイミングを見つけられないまま、次のアトラクションへと到着してしまった。
(あー……ここって……)
 デートなら定番の……お化け屋敷。
「俊くん怖~いっ」
「だ、大丈夫っ! 俺がついてるからっ!」
 そう言って二人は密着しながら中へと入っていき、二人と少し距離を取りながら私達も後に続いていく。
 暗闇の中、奥からエリナちゃんを含め、女性達の悲鳴が聞こえてくる。
 そんな状況下の中。


(わぁ~、結構リアルに出来てる~)
 と、私は左右から飛び出してくる機械仕掛けのお化けの顔を、一体一体観察していく。
「怖くないのか?」
 隣を歩いていた栄慶さんが急に立ち止まり、静かに声を掛けてくる。
 その言葉に対し、私はウ~ンと首を捻りながら答えた。


「何というか……本物の方が怖いです」


 所詮は偽物、見た目おどろおどろしく作られてはいるが、そこから苦しみや悲しみ……悲痛な感情は伝わってこないし、恨みや憎しみなど深い念を持った霊達のように危害を加えてくることもない。
 本物の方がずっと怖い。
 恐怖だけでなく、何もしてあげられない自分の無力さを痛感させられる。
(栄慶さんみたい除霊できる力が私にもあればなぁ……)
 なんて考えていた私は、この時になって気が付いた。
(こ、これって……怖がった方が良かったんじゃないの!?)
  そうすれば、どさくさに紛れて栄慶さんと手を繋げたんじゃ……、と思ったが、時すでに遅し。
 今更怖がっても嘘だとばれてしまうだろう。
(私のバカー~っっ)
 奥から聞こえてくるエリナちゃんの可愛い悲鳴を耳にしながら、私はガクリと肩を落とす。
 栄慶さんも一言「そうか」と答えると、再び歩き出した。
 私はそんな彼の背を見つめながら自分の可愛げのなさを呪っていると、不意に後方から男性の叫び声が聞こえてきた。
 栄慶さんが私の左腕を引っ張るようにして通路の端へと移動し、身体を引き寄せる。
「――っ」
 そしてもう片方の彼の手が……私の腰に回る。
 それは狭い空間の中、向かってくる男性とぶつからないようにしてくれただけなのだろうが、暗闇の中で抱き合うような形になった私は、右手の手の平を彼の胸元に押し当てた状態で体を硬直させる。
 いつもの法衣姿とは違う、シャツの上からでも分かる逞しい胸板の感触に、私は鼓動を高鳴らせながら、向かってくる男性が通り過ぎるのを待った。



「怖い怖い怖いぃぃぃぃぃっっ!!!!」
 少しして、叫びながら男性が私たちの居るフロアに入ってくると、栄慶さんはかばう様に私を壁側に押し付ける。
 更に身体が密着し、鼓動が高鳴る。



 ……が。



「ユミちゃんユミちゃ――――んっっ!!!!」



 次の瞬間男性が発した言葉に、私はビクリと身体を震わせた。


「ユミちゃんユミちゃん怖いよおぉぉぉぉぉっっ!! ユミちゃぁぁぁぁんっっ!!!!」



 何度も名前を叫びながら通り過ぎていく男性……
 その声のトーンに何故か「私のこと!?」と錯覚してしないそうになったが、その男性の後を追うようにフロアに入ってきた女性を見て、杞憂だったと安堵する。
 ……はずだったが。
「ちょっと――――っ! お化けなんて怖くないって言ってたじゃんっっ! そもそもユミって誰よぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
 その怒りを露にした声を聞き、私は唖然としながら彼らを見送る事になった。


(何だろう……このデジャウ感)


 いや、もう頭の中では分かってるけど……認めたくないというか何というか……
「来ていたのか」
 頭上で呟くように聞こえた声に、やっぱりと確信する。
「あれって……宗近くんですよねー~?」
「まぁ大人しく待ってるとは思ってなかったがな」
 わざわざ憑依してお化け屋敷に入ってくるとか……宗近くんらしいと言えば宗近くんらしけど……
 【ホンモノ】が【ニセモノ】怖がってどうすんのよ。と若干呆れつつ、彼だと分かってそのままにしておくわけにはいかないだろう。
 カップルで来ると別れる遊園地、なんて噂が広まったら大変だ。
(まぁ仕方ないよね……)
 一時的だったけど、栄慶さんと一緒に遊園地を楽しむことが出来たんだし、そもそも今回は俊介くんとエリナちゃんのデートに付き合っただけなんだから……。
「全く、放っておくと何するか分からんな」
 宗近くんが走って行った方向に目を向けながら、栄慶さんは私の腕と腰に回した手を離す。
 少し寂しさを覚えながら、私も彼から離れた。
「きっと出口で私たちのこと探してますよ」
 そう言って歩き出そうとした私に
「行くぞ」
 と、栄慶さんは私の手を掴んだ。


「──っ!?」


 思わず私は目を見開く。



 暗くてよく確認できないけど、これって……



(恋人繋ぎ、だよね?)



 手の感触から、彼の指が私の指に絡めるようにして握っているのが分かる。



 たまたまそういう繋ぎ方になってしまったのだろうか……。



 そうだったとしても……思わず顔がニヤケてしまう。


(えへへっ)


 栄慶さんは私と速度を合わせるようにして出口へと向かう。



 速度を緩めると彼はそれに合わせてくれて、たまに確認するように繋ぐ手に力を込めてくる。



(このまま時が止まればいいのに)



 手の平から伝わる温もりを感じながら……



 私はその手をゆっくりと握り返した。
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