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第五章
加茂倉少年の恋 其の七
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「詳しい話は中で聞いた方がよさそうだな」
栄慶さんは俊介くんを客間に通し、私は廊下を隔ててすぐ向かいの台所で、向こうから洩れてくる声に耳を澄ませながらお茶を用意する。
彼の名前は加茂倉俊介くん、隣町にある有名進学校に通う高校一年生。
あの日一緒に来ていた子達は同じクラスの友達で、廃病院での事は俊介くんが恐怖で混乱していただけだったという話で落ち着いたらしい。
そもそも夏でもないのに何故あの病院に行ったのかというと……
「今の学校、俺も友達も授業についてくのがやっとで……、塾のない日はよく一緒に勉強してたんです」
「でもあの日は中々内容が頭に入ってこなくて……それで息抜きに肝試しに行こうって話になって……それで……」
(憑依されたってわけね)
私は客間に移動すると、二人にお茶を差し出す。
「冷めないうちにどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「――っ、苦っ」
「ご、ごめんねっ、ちょっと蒸らしすぎちゃったかも!」
(聞き耳立てながら急須回してたなんて言えないっ)
雑味が出るからあまり回すなと栄慶さんに言われてたのにっ
「あ、いえ大丈夫ですっ! 俺濃い方が好きなのでっ!!」
そう言って平静を装いつつも微かに眉間に皺を寄せながら、俊介くんはお茶を少しずつ口に含んでいく。
そんな姿を見て
(優しい子だなぁ……)
と思いつつ、栄慶さんの様子を窺うと
「慣れた。癖は中々治らないからな」
と、お茶を啜っていた。
(う……回してた事バレてる)
「きょ、今日はたまたまですよっ、今度は美味しく淹れますからっ」
そう言って私は栄慶さんの隣に座ると、自分の分を一口啜り、俊介くんの優しさを噛みしめながら飲むのを止めた。
「俺の分は~?」
浮かびながらその様子を見ていた宗近くんは、俊介くんの隣に座ると座卓に両肘を付くような恰好をして私に催促する。
「宗近くんは飲めないでしょ?」
「供えてもらえば飲めるってー」
彼は栄慶さんの背後にある仏壇を指差す。
「あれは宗近くんのじゃないでしょっ」
「どこでも同じ同じ~」
「もぅっ」
「放っておけ。こいつの相手をしていると疲れるだけだ」
「ひっど~いっ、俺かまってくれないと死んじゃうっ!」
もう死んでるけどっ、と笑う彼を若干呆れつつ見ていると、不思議そうにこちらを凝視する俊介くんに気づいた。
「俊介くん、どうかしたの?」
気になって声を掛けると、彼はおずおずと自分の隣を指差しながら
「あの……外に居た時も気になったんですけど……お二人以外にもう一人、誰か……いるんですか?」
と答えた。
「え……?」
一瞬意味が分からず首を傾げたが、すぐに私は「あっ」と声を上げる。
俊介くんは〝視えてる〟わけじゃないのよねっ
「ごめんね、変なこと言ってっ」
憑依された事があるからって視えるわけじゃない事に気づいた私は、慌てて訂正を入れるが、彼は首を左右に振り
「あっ、いえっ、さっきから声は聞こえてたので居るんだろうなとは思ってたんですけど……」
確証がなくて……と、申し訳なさそうな表情を見せた。
「え? 聞こえるって事は視えてるんじゃ……」
「いえ、全然視えてないです。でも俺、昔からたまにですが幽霊らしき声が聞こえるみたいで……」
「でも……その声に反応してしまうと気分が悪くなったり疲れやすくなるんで、普段は返さないようにしてるんです」
「一時的に憑かれてるんだろう」
栄慶さんが口を開く。
「一時的に?」
「あれは視える者だけではなく、同情を示す者にも憑きやすい。かと言って視えているわけではないからな。気づかないフリをしておけばすぐに離れていく」
「俺……あの日は連日の勉強で疲れていて……病室で声が聞こえた時、つい〝かわいそう〟って声に出してしまったんです」
「同じ年恰好で波長が合ってしまったんだろう。特に弱っている時は干渉されやすい、これからは気を付けた方がいいだろう」
「……はい」
「そっか、じゃあ私も同情して憑かれないよう気を付け」
「お前の場合は体質だ、諦めろ」
「うう……」
「心配するな。何かあれば守ってやるさ」
「栄慶さん……」
「ちょっとー、俺と少年の前でイチャイチャしないでくれるー?」
「してないってばっ!」
「しーてーまーしーたーっ」
「しーてーまーせーんーっ!」
「しーてーたー」
「しーてーなーいー」
暫く宗近くんと同じやり取りを繰り返していると、栄慶さんはゴホンと咳ばらいし
「話を戻すぞ」
と、眉を吊り上げた。
「……すみません」
「あーあ、嫉妬深い男は嫌だねー」
「宗近くんっ!」
「はいはい黙ってます~」
宗近くんは片方の手の甲に顔を乗せながら、反対の手で続きをどうぞ、と手の平を見せる。
「それで私に相談というのは?」
栄慶さんは俊介くんに視線を戻し本題に入ると、彼はハッと背筋を伸ばし、緊張したように口を開いた。
「あっ、はい。今日相談に来たのは、あの時一緒に居た友達の……啓太の事なんです!」
そう言うと俊介くんは眉間に深く皺を寄せ下を向く。
その表情はとても険しく、私達は息を呑む。
そして一呼吸置いてから覚悟を決めたように顔を上げ、私達に向かって叫んだ。
「俺っ、この前啓太に好きって告白されたんですっ!!」
栄慶さんは俊介くんを客間に通し、私は廊下を隔ててすぐ向かいの台所で、向こうから洩れてくる声に耳を澄ませながらお茶を用意する。
彼の名前は加茂倉俊介くん、隣町にある有名進学校に通う高校一年生。
あの日一緒に来ていた子達は同じクラスの友達で、廃病院での事は俊介くんが恐怖で混乱していただけだったという話で落ち着いたらしい。
そもそも夏でもないのに何故あの病院に行ったのかというと……
「今の学校、俺も友達も授業についてくのがやっとで……、塾のない日はよく一緒に勉強してたんです」
「でもあの日は中々内容が頭に入ってこなくて……それで息抜きに肝試しに行こうって話になって……それで……」
(憑依されたってわけね)
私は客間に移動すると、二人にお茶を差し出す。
「冷めないうちにどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「――っ、苦っ」
「ご、ごめんねっ、ちょっと蒸らしすぎちゃったかも!」
(聞き耳立てながら急須回してたなんて言えないっ)
雑味が出るからあまり回すなと栄慶さんに言われてたのにっ
「あ、いえ大丈夫ですっ! 俺濃い方が好きなのでっ!!」
そう言って平静を装いつつも微かに眉間に皺を寄せながら、俊介くんはお茶を少しずつ口に含んでいく。
そんな姿を見て
(優しい子だなぁ……)
と思いつつ、栄慶さんの様子を窺うと
「慣れた。癖は中々治らないからな」
と、お茶を啜っていた。
(う……回してた事バレてる)
「きょ、今日はたまたまですよっ、今度は美味しく淹れますからっ」
そう言って私は栄慶さんの隣に座ると、自分の分を一口啜り、俊介くんの優しさを噛みしめながら飲むのを止めた。
「俺の分は~?」
浮かびながらその様子を見ていた宗近くんは、俊介くんの隣に座ると座卓に両肘を付くような恰好をして私に催促する。
「宗近くんは飲めないでしょ?」
「供えてもらえば飲めるってー」
彼は栄慶さんの背後にある仏壇を指差す。
「あれは宗近くんのじゃないでしょっ」
「どこでも同じ同じ~」
「もぅっ」
「放っておけ。こいつの相手をしていると疲れるだけだ」
「ひっど~いっ、俺かまってくれないと死んじゃうっ!」
もう死んでるけどっ、と笑う彼を若干呆れつつ見ていると、不思議そうにこちらを凝視する俊介くんに気づいた。
「俊介くん、どうかしたの?」
気になって声を掛けると、彼はおずおずと自分の隣を指差しながら
「あの……外に居た時も気になったんですけど……お二人以外にもう一人、誰か……いるんですか?」
と答えた。
「え……?」
一瞬意味が分からず首を傾げたが、すぐに私は「あっ」と声を上げる。
俊介くんは〝視えてる〟わけじゃないのよねっ
「ごめんね、変なこと言ってっ」
憑依された事があるからって視えるわけじゃない事に気づいた私は、慌てて訂正を入れるが、彼は首を左右に振り
「あっ、いえっ、さっきから声は聞こえてたので居るんだろうなとは思ってたんですけど……」
確証がなくて……と、申し訳なさそうな表情を見せた。
「え? 聞こえるって事は視えてるんじゃ……」
「いえ、全然視えてないです。でも俺、昔からたまにですが幽霊らしき声が聞こえるみたいで……」
「でも……その声に反応してしまうと気分が悪くなったり疲れやすくなるんで、普段は返さないようにしてるんです」
「一時的に憑かれてるんだろう」
栄慶さんが口を開く。
「一時的に?」
「あれは視える者だけではなく、同情を示す者にも憑きやすい。かと言って視えているわけではないからな。気づかないフリをしておけばすぐに離れていく」
「俺……あの日は連日の勉強で疲れていて……病室で声が聞こえた時、つい〝かわいそう〟って声に出してしまったんです」
「同じ年恰好で波長が合ってしまったんだろう。特に弱っている時は干渉されやすい、これからは気を付けた方がいいだろう」
「……はい」
「そっか、じゃあ私も同情して憑かれないよう気を付け」
「お前の場合は体質だ、諦めろ」
「うう……」
「心配するな。何かあれば守ってやるさ」
「栄慶さん……」
「ちょっとー、俺と少年の前でイチャイチャしないでくれるー?」
「してないってばっ!」
「しーてーまーしーたーっ」
「しーてーまーせーんーっ!」
「しーてーたー」
「しーてーなーいー」
暫く宗近くんと同じやり取りを繰り返していると、栄慶さんはゴホンと咳ばらいし
「話を戻すぞ」
と、眉を吊り上げた。
「……すみません」
「あーあ、嫉妬深い男は嫌だねー」
「宗近くんっ!」
「はいはい黙ってます~」
宗近くんは片方の手の甲に顔を乗せながら、反対の手で続きをどうぞ、と手の平を見せる。
「それで私に相談というのは?」
栄慶さんは俊介くんに視線を戻し本題に入ると、彼はハッと背筋を伸ばし、緊張したように口を開いた。
「あっ、はい。今日相談に来たのは、あの時一緒に居た友達の……啓太の事なんです!」
そう言うと俊介くんは眉間に深く皺を寄せ下を向く。
その表情はとても険しく、私達は息を呑む。
そして一呼吸置いてから覚悟を決めたように顔を上げ、私達に向かって叫んだ。
「俺っ、この前啓太に好きって告白されたんですっ!!」
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