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第五章
加茂倉少年の恋 其の五
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とりあえず手始めに、と私は後片付けを買って出る。
だけどすぐに栄慶さんに引き止められ、する、しないの掛け合いの後、結局二人で片付ける事になってしまった。
(これじゃ意味ないじゃないっ)
そう思いながら私は食器汚れを洗剤で落とし、栄慶さんはそれを洗い流して水きりかごに入れていく。
私達は会話を交わす事もなく水音が響く中、単純な流れ作業を続けていた。
話さないのは別に怒ってるとかそう言うわけじゃなくて……。
(言葉に出す気はないけどさ……)
なんだかこれって……
「新婚みたいだな」
「――っっ!? な、なに……なにを言って……」
今思っていたことを口に出され、私はどもりながら横に立つ彼を見上げると、ニヤリと笑みを浮かべる栄慶さんと目が合った。
「同じことを考えていたんじゃないのか?」
「お、思ってませんよっそんな事っ」
私は動揺を隠す為に、持っていた食器をゴシゴシと勢いよく洗う。
「おい、泡が飛散してるぞ」
「へ!?」
「ほら、顔に付いてる」
彼は私の頬に付いた泡を手の甲で拭ってくれる。
「――~~っっ」
「全く、まともに皿も洗えないのか?」
「だ、誰のせいでっ」
「私はただ思った事を言ったまでだ」
そう言うと、彼は笑みを浮かべたまま私の持っていた最後のお皿をすすぎ、水切りかごに置いた。
(もうっ!)
そうやって人をからかうんだから! っと心の中で叫びつつも、私が手を洗えるようにスペースを空け、さらに手拭き用のタオルを差し出してくれる彼に
(もうっ! 優しいんだからっ)
と、また心の中で叫ぶ。
嬉しく思いつつも苛立ちを覚えてしまう。
その理由も分かってる。
自分の不甲斐なさを噛みしめていると、彼はそんな私を見て口を開いた。
「余計な気を使うんじゃない」
「え?」
「何かしなければいけないなどと思わなくていい。料理も片付けも私が好きでやってる事だ。お前は自由に好きな事していればいいんだ」
「でも……っ」
「気を使わす為にここに住まわせたわけじゃない。いつも通りでいいんだ」
「私はお前に……いてくれさえすればいい」
「栄慶さん……」
彼は私の気持ちを汲み取って言ってくれてるのだろう。
でも、確かに私は何かしなきゃとは思っていたけど……
だけどそれは……
「同じなんですよ。私だって……好きでやりたいんですよ。でも、私は栄慶さんみたいに器用じゃないから……」
「料理だって、栄慶さんみたいに美味しく作れないし、後片付けだって栄慶さんが一人でやった方が早いだろうし……」
「でも……それでも私は、私の出来る事をしたいんです。その……迷惑じゃないなら……喜んでくれること……してあげたいから……」
熱を持った顔を見られたくなくて、私は下を向きながら答えると、しばらく無言の空間が流れた。
どうしようかと思いながら祈るように重ね合わせた自分の指先を見つめていると、彼の手が私の頬に触れ、ハッと顔を上げる。
「癒見……」
栄慶さんは私の名前を呼ぶと、フッと優しい笑みを浮かべる。
「まだ顔に泡が付いている」
そう言いながら、今度は手の甲ではなく頬を包み込むようにして、親指で拭ってくれる。
だけどその手はそのまま離れなくて……。
「栄慶さん……」
「癒見……」
彼はもう一度私を呼ぶと、ゆっくりと顔を近づけてくる。
その意味が分かった私は、それに合わせるように目を閉じていく。
彼の吐息が唇を掠め、そして……
「たぁーのしそうーだねぇ~~~~?」
「ひゃあっ!!」
突然、蛇口の上の壁から宗近くんがニョキリと顔を覗かせ、驚いた私は反射的に後ろへと下がった。
「いたのか」
栄慶さんは驚く事もなく、微かに眉を顰めながら宗近くんを見ると、彼は壁から抜け出し腰に手を当てながら怒ったようなポーズを取る。
「いたよっ、さっきから壁の向こうにいたよっ!! もう!二人とも朝からイチャイチャしてさーっ」
「い、イチャイチャなんてっ」
「そもそもユミちゃんっ! 俺、昨日の夜からずっといなかったんだけど気づいてた!?」
「え?」
――そう言えば、昨日荷物取りに行ってから見てなかったっけ?
「もうっ、気づいてよっ! 昨日あれからず――――――っと本堂に閉じ込められてたんだからね、俺っ!!」
「お前が悪さしたからだ」
「俺だってあそこまでなるとは思わなかったんだもんっ、それなのに一晩も閉じ込めて今まで放っておくなんてっ!!」
「周りに迷惑かけたんだ、少しは反省しろ」
「そもそも勤行のあと出れるようにしてやったのに、いじけて出てこなかったのはお前だろう?」
「出ていいと言われて素直に出てくる俺じゃないんです――っ」
(子供じゃないんだから……)
状況が読み込めないけど、本堂に閉じ込められるという事は、余程の事をしたのだろう。
それでも反省しているように見えないのは宗近くんらしいというかなんというか。
「そもそも俺、エージに朝ご飯どころか食事なんて全然用意してもらってないんだけど!」
「食材の無駄遣いだ。食べ物なら本堂に供えてあっただろう?」
「冷めた御飯に饅頭とかどんな修行だよっ!」
「檀家から頂いたものだ。有難く受け取れ」
「もうちょっとマシな物もらってきてよっ」
幽霊だって美味しい物が食べたいと訴える宗近くんに、栄慶さんは溜息を一つこぼし
「そもそもお前、毎日のように憑依して食べて来てるだろう?」
と、呆れたように言った。
「あ、バレてた?」
へへっ、と彼は笑う。
「宗近くん、またカップルの仲引き裂いたりしてるんじゃ……」
「今はしてないって~、ちょっと身体借りてるだけー」
「宗近、前にも言ったはずだ。憑依すれば持ち主の魂に少なからず影響を及ぼす。最悪、その者の自我を崩壊させかねないと」
「はいはーい、分かってるって~、長時間乗っ取ったりはしないから大丈夫大丈夫~」
(本当に大丈夫なのかなー……)
真剣な面持ちの栄慶さんとは打って変わり、宗近くん飄々とした軽そうな返事に私は一抹の不安を覚える。
何だか子供を心配する母親になった気分。
栄慶さんもまた、複雑な表情をしながら彼を見ていた。
「もうっ、二人ともそんな顔しないでよ! 本当に大丈夫だってば~」
「あっ、そうそうっ! そんな事より俺、二人のこと呼びに来たんだった」
宗近くんは話を切り替える様にポンと手の平に拳を落とす。
「さっきから境内で見知らぬ少年がうろついてんだけど二人の知り合い? 何か困ってそうな感じだったから話聞いてあげた方がいんじゃない?」
「少年……?」
私に心当たりはない。
そもそも斎堂寺に来たのだから栄慶さんの知り合いなのではと彼を見るが、栄慶さんも心当たりがないのか
「とりあえず見に行くか」
と、私たちは玄関へと向かった。
だけどすぐに栄慶さんに引き止められ、する、しないの掛け合いの後、結局二人で片付ける事になってしまった。
(これじゃ意味ないじゃないっ)
そう思いながら私は食器汚れを洗剤で落とし、栄慶さんはそれを洗い流して水きりかごに入れていく。
私達は会話を交わす事もなく水音が響く中、単純な流れ作業を続けていた。
話さないのは別に怒ってるとかそう言うわけじゃなくて……。
(言葉に出す気はないけどさ……)
なんだかこれって……
「新婚みたいだな」
「――っっ!? な、なに……なにを言って……」
今思っていたことを口に出され、私はどもりながら横に立つ彼を見上げると、ニヤリと笑みを浮かべる栄慶さんと目が合った。
「同じことを考えていたんじゃないのか?」
「お、思ってませんよっそんな事っ」
私は動揺を隠す為に、持っていた食器をゴシゴシと勢いよく洗う。
「おい、泡が飛散してるぞ」
「へ!?」
「ほら、顔に付いてる」
彼は私の頬に付いた泡を手の甲で拭ってくれる。
「――~~っっ」
「全く、まともに皿も洗えないのか?」
「だ、誰のせいでっ」
「私はただ思った事を言ったまでだ」
そう言うと、彼は笑みを浮かべたまま私の持っていた最後のお皿をすすぎ、水切りかごに置いた。
(もうっ!)
そうやって人をからかうんだから! っと心の中で叫びつつも、私が手を洗えるようにスペースを空け、さらに手拭き用のタオルを差し出してくれる彼に
(もうっ! 優しいんだからっ)
と、また心の中で叫ぶ。
嬉しく思いつつも苛立ちを覚えてしまう。
その理由も分かってる。
自分の不甲斐なさを噛みしめていると、彼はそんな私を見て口を開いた。
「余計な気を使うんじゃない」
「え?」
「何かしなければいけないなどと思わなくていい。料理も片付けも私が好きでやってる事だ。お前は自由に好きな事していればいいんだ」
「でも……っ」
「気を使わす為にここに住まわせたわけじゃない。いつも通りでいいんだ」
「私はお前に……いてくれさえすればいい」
「栄慶さん……」
彼は私の気持ちを汲み取って言ってくれてるのだろう。
でも、確かに私は何かしなきゃとは思っていたけど……
だけどそれは……
「同じなんですよ。私だって……好きでやりたいんですよ。でも、私は栄慶さんみたいに器用じゃないから……」
「料理だって、栄慶さんみたいに美味しく作れないし、後片付けだって栄慶さんが一人でやった方が早いだろうし……」
「でも……それでも私は、私の出来る事をしたいんです。その……迷惑じゃないなら……喜んでくれること……してあげたいから……」
熱を持った顔を見られたくなくて、私は下を向きながら答えると、しばらく無言の空間が流れた。
どうしようかと思いながら祈るように重ね合わせた自分の指先を見つめていると、彼の手が私の頬に触れ、ハッと顔を上げる。
「癒見……」
栄慶さんは私の名前を呼ぶと、フッと優しい笑みを浮かべる。
「まだ顔に泡が付いている」
そう言いながら、今度は手の甲ではなく頬を包み込むようにして、親指で拭ってくれる。
だけどその手はそのまま離れなくて……。
「栄慶さん……」
「癒見……」
彼はもう一度私を呼ぶと、ゆっくりと顔を近づけてくる。
その意味が分かった私は、それに合わせるように目を閉じていく。
彼の吐息が唇を掠め、そして……
「たぁーのしそうーだねぇ~~~~?」
「ひゃあっ!!」
突然、蛇口の上の壁から宗近くんがニョキリと顔を覗かせ、驚いた私は反射的に後ろへと下がった。
「いたのか」
栄慶さんは驚く事もなく、微かに眉を顰めながら宗近くんを見ると、彼は壁から抜け出し腰に手を当てながら怒ったようなポーズを取る。
「いたよっ、さっきから壁の向こうにいたよっ!! もう!二人とも朝からイチャイチャしてさーっ」
「い、イチャイチャなんてっ」
「そもそもユミちゃんっ! 俺、昨日の夜からずっといなかったんだけど気づいてた!?」
「え?」
――そう言えば、昨日荷物取りに行ってから見てなかったっけ?
「もうっ、気づいてよっ! 昨日あれからず――――――っと本堂に閉じ込められてたんだからね、俺っ!!」
「お前が悪さしたからだ」
「俺だってあそこまでなるとは思わなかったんだもんっ、それなのに一晩も閉じ込めて今まで放っておくなんてっ!!」
「周りに迷惑かけたんだ、少しは反省しろ」
「そもそも勤行のあと出れるようにしてやったのに、いじけて出てこなかったのはお前だろう?」
「出ていいと言われて素直に出てくる俺じゃないんです――っ」
(子供じゃないんだから……)
状況が読み込めないけど、本堂に閉じ込められるという事は、余程の事をしたのだろう。
それでも反省しているように見えないのは宗近くんらしいというかなんというか。
「そもそも俺、エージに朝ご飯どころか食事なんて全然用意してもらってないんだけど!」
「食材の無駄遣いだ。食べ物なら本堂に供えてあっただろう?」
「冷めた御飯に饅頭とかどんな修行だよっ!」
「檀家から頂いたものだ。有難く受け取れ」
「もうちょっとマシな物もらってきてよっ」
幽霊だって美味しい物が食べたいと訴える宗近くんに、栄慶さんは溜息を一つこぼし
「そもそもお前、毎日のように憑依して食べて来てるだろう?」
と、呆れたように言った。
「あ、バレてた?」
へへっ、と彼は笑う。
「宗近くん、またカップルの仲引き裂いたりしてるんじゃ……」
「今はしてないって~、ちょっと身体借りてるだけー」
「宗近、前にも言ったはずだ。憑依すれば持ち主の魂に少なからず影響を及ぼす。最悪、その者の自我を崩壊させかねないと」
「はいはーい、分かってるって~、長時間乗っ取ったりはしないから大丈夫大丈夫~」
(本当に大丈夫なのかなー……)
真剣な面持ちの栄慶さんとは打って変わり、宗近くん飄々とした軽そうな返事に私は一抹の不安を覚える。
何だか子供を心配する母親になった気分。
栄慶さんもまた、複雑な表情をしながら彼を見ていた。
「もうっ、二人ともそんな顔しないでよ! 本当に大丈夫だってば~」
「あっ、そうそうっ! そんな事より俺、二人のこと呼びに来たんだった」
宗近くんは話を切り替える様にポンと手の平に拳を落とす。
「さっきから境内で見知らぬ少年がうろついてんだけど二人の知り合い? 何か困ってそうな感じだったから話聞いてあげた方がいんじゃない?」
「少年……?」
私に心当たりはない。
そもそも斎堂寺に来たのだから栄慶さんの知り合いなのではと彼を見るが、栄慶さんも心当たりがないのか
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