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第三章
母と子 其の二十
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「旅館でお前が遭遇したのが母親だ」
二人が消えたあと、栄慶さんは夜空を見上げながら口を開く。
「離婚し、母と子は実家であるあの旅館に戻ったんだが……翌年、子供は海で溺れ命を落とした」
「そして元々病弱だった母親もまた……子供を失った悲しみで持病が悪化し、後を追うように亡くなったんだが……あの札のせいで成仏する事ができず、建物の中で彷徨い続ける羽目になったというわけだ」
「そんな事が……」
もしかして……旅館の中で会った時、ハッキリとは聞こえなかったけど、彼女は私に向かって子供に会いたいと……そう訴えていたんじゃないだろうか。
「先に亡くなった子供も、母親を思うあまり地縛霊としてあの場に留まってしまったんだろう」
「お母さんが亡くなった事も知らずに……いつか会いに来てくれると信じて待ち続けていたんでしょうね」
ずっと……ずっと……、互いが会いたいと願い続けていたのだろう。
なのに私はそれに気づかず、話も聞かずに逃げてしまった。
女の子の事だって……
「結局……私は何もできなかったんですね」
「そんな事はないさ」
「え……?」
「お前があの女を引き留めておいてくれたおかげで母親を正気に戻すことができた」
「あのままの状態で女に奪われてしまえば、自我を忘れ、ここでもまた彷徨い続けていただろう」
「子供は利用するために手を出していなかったんだろうが、もし母親の存在を気づかれれば何かされる危険性もあった」
「……要は、女の注意がお前に向かっていたおかげで上手くいった、というわけだ」
そう言って栄慶さんは私に優しく微笑みかける。
「栄慶さん……」
きっと彼なら私が何かしなくても二人を助ける事ができただろう。
こうやって気遣ってくれる彼の優しさに、私の心は温かく満たされていった。
ザザン……ザザン……
一定の律動を刻む波打ち際のさざ波の音と、海から吹いてくる涼しげな風がとても心地よく感じる。
そんな中、私はふと……ある事が気になり、彼に問いかけた。
「ここで亡くなった他の人達も成仏したんでしょうか」
「あの者達のほとんどは、ここに長く留まりすぎている。そう簡単には成仏できないだろうな」
「そう……ですか……」
あの無数の手はもう伸びてこない。
でも……と、海を見つめていた私の隣で、ジャラリ……と数珠が擦れる音がした。
「栄慶さん…?」
「気休めにしかならないがな」
そう言って彼は目を瞑ると、お経を唱え始める。
(栄慶さん……)
彼の優しさに感謝しつつ、私も手を合わせながら目を閉じ、心の中で祈った。
どうか彷徨う魂達が
安らかに眠れますように……。
二人が消えたあと、栄慶さんは夜空を見上げながら口を開く。
「離婚し、母と子は実家であるあの旅館に戻ったんだが……翌年、子供は海で溺れ命を落とした」
「そして元々病弱だった母親もまた……子供を失った悲しみで持病が悪化し、後を追うように亡くなったんだが……あの札のせいで成仏する事ができず、建物の中で彷徨い続ける羽目になったというわけだ」
「そんな事が……」
もしかして……旅館の中で会った時、ハッキリとは聞こえなかったけど、彼女は私に向かって子供に会いたいと……そう訴えていたんじゃないだろうか。
「先に亡くなった子供も、母親を思うあまり地縛霊としてあの場に留まってしまったんだろう」
「お母さんが亡くなった事も知らずに……いつか会いに来てくれると信じて待ち続けていたんでしょうね」
ずっと……ずっと……、互いが会いたいと願い続けていたのだろう。
なのに私はそれに気づかず、話も聞かずに逃げてしまった。
女の子の事だって……
「結局……私は何もできなかったんですね」
「そんな事はないさ」
「え……?」
「お前があの女を引き留めておいてくれたおかげで母親を正気に戻すことができた」
「あのままの状態で女に奪われてしまえば、自我を忘れ、ここでもまた彷徨い続けていただろう」
「子供は利用するために手を出していなかったんだろうが、もし母親の存在を気づかれれば何かされる危険性もあった」
「……要は、女の注意がお前に向かっていたおかげで上手くいった、というわけだ」
そう言って栄慶さんは私に優しく微笑みかける。
「栄慶さん……」
きっと彼なら私が何かしなくても二人を助ける事ができただろう。
こうやって気遣ってくれる彼の優しさに、私の心は温かく満たされていった。
ザザン……ザザン……
一定の律動を刻む波打ち際のさざ波の音と、海から吹いてくる涼しげな風がとても心地よく感じる。
そんな中、私はふと……ある事が気になり、彼に問いかけた。
「ここで亡くなった他の人達も成仏したんでしょうか」
「あの者達のほとんどは、ここに長く留まりすぎている。そう簡単には成仏できないだろうな」
「そう……ですか……」
あの無数の手はもう伸びてこない。
でも……と、海を見つめていた私の隣で、ジャラリ……と数珠が擦れる音がした。
「栄慶さん…?」
「気休めにしかならないがな」
そう言って彼は目を瞑ると、お経を唱え始める。
(栄慶さん……)
彼の優しさに感謝しつつ、私も手を合わせながら目を閉じ、心の中で祈った。
どうか彷徨う魂達が
安らかに眠れますように……。
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