憑かれて恋

香前宇里

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第三章

母と子 其の五

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 ――――とまぁ、そんなやりとりがあった事を思い出しながら、私は宿へと向かう栄慶さんの後ろを付いて歩く。



 敷き詰められた石畳の一本道、左右には古いけどおもむきのある旅館が立ち並んでいる。
 途中、数組のカップルらしき人達とすれ違った。
 あの人達も同じ旅館に泊まってるのかな?
 栄慶さんと素敵な旅館で美味しい料理を食べて、温泉を堪能して、そして夜には……。
(――~~っっ、私ってば、何想像してるのよっ!!)
 きゃ~っと心の中で小躍りしていた私は、彼が立ち止まった事に気づかず、思い切り背中にぶつかった。
「ぶっ!」
「きゅ、急に止まらないで下さいよっ」
「着いたぞ」
「えっ!」
 私はニヤける顔を見られないよう彼のすぐ隣に立ち、建物を眺める。




 ここが……




 ここが栄慶さんが選んでくれた……




 素敵なりょ……





(かん……)




「…………」
 視界に映った建物を見て絶句した。
 古いけど趣のある旅館……なんてもんじゃない。
 他の旅館が立ち並ぶ中、一際目立つ佇まい。
 看板には『つくの旅館』と書かれてはいるが、旅館というより民宿。
 べニア板の壁に錆びれたトタン屋根。
 窓ガラスにはヒビが入り、テープで補強されている。
 一瞬廃墟なのでは……と思ったが、入口のガラス越しに人らしき影が見える。
「栄慶さん…、今日泊まるのは……本当にここ、ですか?」
 何かの間違いであってほしいと、隣に立つ彼におずおずと確認するが
「ここで間違いない」
 と、きっぱりと肯定される。
(いや、でも……)
 恋人同士とかで泊まる旅館って言ったらこう……もっとオシャレな建物で……風情溢れる露天風呂とかあって……



(決してこんな何か出そうな……)




 何か出そうな……。




 何か……。




「…………」
「栄慶さん。なんで今日……ここに来ようと思ったんですか」
 まさかと思いつつ、前方に視線を向けたまま彼に問いかける。



「ここの女将に除霊を頼まれたんだ」



 悪びれもせず淡々と答えたその言葉に、わなわなと身体が震え始めた。
(それって……)
 グツグツと煮えたぎる感情をかろうじて押さえ込みながら、私は言葉を続ける。
「なんで……私を……誘ったんですか?」
「何度もここに来れる程暇じゃないんでな。お前が居れば向こうから寄ってくるだろう?」



 つまり……


 

 つまり栄慶さんは今日、仕事でここに来たわけで……。





 私は霊を呼び寄せる為に…ここに連れてこられたわけで……。





 デートでも……何でも……ないわけで。




(つまり、私が、デートだと、勝手に勘違いしたわけで――っ!!!!)




「どうした? TVで見て行きたそうにしてたじゃないか」
「仕事のついでに海で遊べてタダで泊まれる。一石二鳥だろう?」
「――――……」
「ふ、ふふ……」
 首を傾けながら飄々ひょうひょうと答える彼の姿を見て、怒りと恥ずかしさと何とも言えない喪失感に見舞われた私は、逆に冷静さを取り戻し満面の笑みを浮かべた。
「これ、お願いしますね」
 そう言って、肩から下げていたボストンバッグを勢いよく彼の胸元に押し付け、自分の着ている服に手を掛ける。
「……おい?」
 そして上下着ている服を乱暴に脱ぎ、唖然とする彼に向かって投げつけた。
「一人で除霊でも何でも好きにすればいいじゃない!!」




 せっかく可愛い水着選んできたのにっ




 ダイエットもしたのにっっ。




 可愛い下着も買ったのに――――っっ





「栄慶さんのぶぁか――――――――――っ!!」






 大声で叫びながら私は今来た道を突っ走って行った。
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