憑かれて恋

香前宇里

文字の大きさ
上 下
45 / 109
第三章

母と子 其の三

しおりを挟む
 泊まりだと言うから他府県だと思ってたのに、実際は電車で20分もかからないよな近場の海だった。
(まぁ栄慶さんも私も次の日仕事だから仕方がないのかもしれないけど……)
 今日は平日。普段なら仕事に行ってる日。
 入社して半年も経たない私は、まだ有給休暇を取得する事が出来ないわけだけど、この時期は書店で心霊関係の雑誌や書籍が立ち並ぶ、一年で最も忙しい時期。
 ガイストもそれに合わせて月刊とは別に増刊号を発行する為、私たち編集者は土日も出勤して作業に追われる。
 その休日の振替として、時間に少しでも余裕が出来た者から各自、休みを取るようになっていた。
 だから今回休みを取る事ができたわけ。
 しかも……
「来週の火曜日? うん、かまわないよ。楽しんでおいで」
 編集長は進行状況も聞かずに、あっさりと了承してくれた。
 ……まぁね。 まだまだヒヨっ子の私は、居ても居なくても作業の進行には影響しないからね。
 そう思いつつ即戦力にならない自分の不甲斐なさに、ちょっと凹んでしまう。
 そんな気持ちを知ってか知らずか、編集長はニコリと笑みを浮かべ、壁に掛けてあるホワイトボードに私の名前を書き込んでいく。
 そんな彼の背中を見ながら、ある違和感を覚えた。
(楽しんでおいで?)
 ゆっくり休んで、とかではなく?
 どこか出かける予定があると分かってるかのような言い方よね?
 編集長は名前を書き終えると、複雑な表情を浮かべる私に気づき、クスクスと笑いだした。
「火曜は友引だから火葬場休みでしょ。栄慶君とデートに行くんじゃないのかな?」
(――っ!?)
 するどいっ。
 ――って、デートの部分が、じゃなくて。
 お坊さんは365日、休みはないと言われてる仕事だったりする。
 その理由は、いつ訃報の連絡が入るか分からないから。
 でも友引の日は【死者が友を引きよせ連れて行く】と言われることから葬儀は行われず、火葬場も休みの所が多い。
 だからその日に休んだり私用で出かけたりするのだと聞いた事がある。
 ほんと、お坊さんって大変な仕事だと思う。
(本当ならゆっくり休みたいはずなのに、栄慶さんは私を一泊旅行に連れて行ってくれるんだよね……)
 思わず頬が緩む。
「その様子だと当たってるのかな?」
「あ、いえっ、ちょっと海に行くだけですよ?」
 デートじゃないですっ、と訂正しつつも、頬は緩みっぱなしだ。
(そっか、デートかぁ……、デート……なんだよね?)
 新しい水着買いに行かなきゃっ
 あ、あと服とか靴とかも……
 そんな事を考えていると、編集長はデスクに両肘をつき、手の甲に顎を乗せながら笑みを浮かべた。
「海かぁ~、いいね。僕も連れてってくれない?」
 首を斜めに傾け、上目遣いでお願いされる。
「え!? あ、あの……っ」
 突然の申し出に、思わず言葉が詰まってしまう。
(っていうか、そのお願いの仕方はやばいですって)
 それが有効なのは可愛い女の子だけだと思ってたのにっ
 思わず「はい、よろこんでっ!」と、どこかの居酒屋で言うようなセリフが喉から出そうになり、グッと堪える。
「一昨年は編集部の子達と海に行ったんだけど、去年は皆行きたがらなくてねぇ~」
「ね、駄目かな?」
「あの、いや、その……」
「癒見やん、あかんで~。編集長と海に行ってみぃ、ひたすら写真撮らされんで~」



 素直にデートだと言えない私に、後方から助け舟が出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

処理中です...