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第二章
Curry du père 其の十
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「じゃあ、これ」
圭吾さんは私にエプロンを渡し、カウンターの中へ入るよう促す。
「じゃあ癒見ちゃんは野菜を洗ってくれる?」
「あっ、は、はいっ」
急に下の名前で呼ばれ、思わずドキリとしてしまう。
私も圭吾さんって呼んでるんだから、流れ的にはそうなんだろうけど……。
「どうした?」
「い、いえっ、何でもないですっ」
私は慌てて彼が指差したダンボール箱から野菜を取り出し、洗い始める。
――――
――――
キッチンで水音が響く中、私はふと客席へと視線を移す。
ここからだと店内の隅から隅までよく見える。なんか新鮮な感じ。
(……そういえば)
昔、オーナーが注文が入ってないのに何か作り始めた事があったっけ。
出来た料理を奥さんはニコリと笑って受け取り、店の一番奥に座る女性客に差し出していた。
一人で来ていた女性は、差し出された料理に対して注文していないという素振りを見せたが、奥さんは彼女の肩を二、三度軽く叩いた後カウンターに戻ってきた。
その光景を不思議に思いながら見ていた私は、背を向けて座る彼女の肩が震えている事に気が付いた。
一瞬泣いているのかと思ったけど、お会計の時には笑っていたから、気のせいだったのかと思ったんだっけ。
(ああ……そうだ)
(そんな光景、何度も見たんだ)
今、ここに立って分かった事。
二人はいつも、訪れる客が笑顔で帰ってくれるよう気を配っていた。
ここからは、背を向けて涙を堪える客だってよく見える。
(そういうことなんだ……)
今、この店に足りないモノって……。
「やっぱりあのカレーのようにはならない……か」
出来上がったものを二人で食べながら、彼はポツリとつぶやく。
「そんな事ないですっ、凄く、凄く美味しいです!」
「でも……」
「何か足りない……だよね」
「はい……」
圭吾さんに足りないモノ。今それを伝えるべきなのだろうか。
(でも……本当にそれだけ?)
どこかもやもやした、腑に落ちない感じ。彼に伝えたいことはそれだけじゃない気がする。
この店に来ると笑顔になって幸せな気持ちになれる。出される料理はどれも美味しくて心が温まる。
その中でカレーは他のメニューの中でも一番シンプルなものなのに、温かくて優しくて……ほっこりと幸せな気持ちになれた。
オーナーはどんな気持ちでこれを作っていたのだろう。
どんな気持ちで客に出していたのだろう。
それは作った本人にしか分からない事。
(聞いとけばよかった……)
私は何も知らない。
何も知らないから、圭吾さんに伝える事ができない。
(あ……駄目だ)
涙で視界が歪み始める。
「あ、あの、御手洗いお借ります!!」
彼に気づかれないよう顔を隠してトイレ向かい、入ってすぐしゃがみ込んだ。
「――――っ」
オーナーはもういない、奥さんももういない。
もう……二人と話すこともできない。
(ありがとうって、伝えたかったな……)
溢れ続ける涙を止める事ができず、しばらく声を殺しながら泣いた。
◇◇◇◇
(う~、大丈夫かな……)
鏡を見ると、目が少し赤くなってしまっている。
こすらないようにしてたのに……。
(でもいつまでもここに居るわけにもいかないし……)
そっとドアを開け店内に戻ると、圭吾さんはカウンターの中で洗い物をしている最中だった。
そして、カウンターに座る男性が一人見えた。
(あ、お客さんが来たんだ……)
って
――――――嘘。
圭吾さんの目の前に座るその男性は……彼のお父さん、サン・フイユの……
「オーナー……?」
私は小声でつぶやく。
目の前の光景が信じられず、見間違いかと目を凝らすが、間違いない。
よく見るとオーナーの身体は透けており、圭吾さんは目の前に座るお父さんに気づいていない様子だった。
「あ、癒見ちゃん」
圭吾さんが私に気づき振り向く。
私は咄嗟にオーナーが座る席を指差そうとしたが、そこにはもう彼は座っていなかった。
「――? どうしたんだ?」
「あの……えと」
どうしよう。
今、そこに座っていたと言うべき?
言うべき……だよね。
「あのっ! 今そこに……」
『カラン カラン』
声を被らせるようにしてドアが開き、言葉を飲み込む。
「いらっしゃいま……ああ、アンタこの間の……」
「――やっぱりここにいたか」
「え?」
聞き覚えのある声に驚き、振り返ると……
栄慶さんが険しい表情をして立っていた。
圭吾さんは私にエプロンを渡し、カウンターの中へ入るよう促す。
「じゃあ癒見ちゃんは野菜を洗ってくれる?」
「あっ、は、はいっ」
急に下の名前で呼ばれ、思わずドキリとしてしまう。
私も圭吾さんって呼んでるんだから、流れ的にはそうなんだろうけど……。
「どうした?」
「い、いえっ、何でもないですっ」
私は慌てて彼が指差したダンボール箱から野菜を取り出し、洗い始める。
――――
――――
キッチンで水音が響く中、私はふと客席へと視線を移す。
ここからだと店内の隅から隅までよく見える。なんか新鮮な感じ。
(……そういえば)
昔、オーナーが注文が入ってないのに何か作り始めた事があったっけ。
出来た料理を奥さんはニコリと笑って受け取り、店の一番奥に座る女性客に差し出していた。
一人で来ていた女性は、差し出された料理に対して注文していないという素振りを見せたが、奥さんは彼女の肩を二、三度軽く叩いた後カウンターに戻ってきた。
その光景を不思議に思いながら見ていた私は、背を向けて座る彼女の肩が震えている事に気が付いた。
一瞬泣いているのかと思ったけど、お会計の時には笑っていたから、気のせいだったのかと思ったんだっけ。
(ああ……そうだ)
(そんな光景、何度も見たんだ)
今、ここに立って分かった事。
二人はいつも、訪れる客が笑顔で帰ってくれるよう気を配っていた。
ここからは、背を向けて涙を堪える客だってよく見える。
(そういうことなんだ……)
今、この店に足りないモノって……。
「やっぱりあのカレーのようにはならない……か」
出来上がったものを二人で食べながら、彼はポツリとつぶやく。
「そんな事ないですっ、凄く、凄く美味しいです!」
「でも……」
「何か足りない……だよね」
「はい……」
圭吾さんに足りないモノ。今それを伝えるべきなのだろうか。
(でも……本当にそれだけ?)
どこかもやもやした、腑に落ちない感じ。彼に伝えたいことはそれだけじゃない気がする。
この店に来ると笑顔になって幸せな気持ちになれる。出される料理はどれも美味しくて心が温まる。
その中でカレーは他のメニューの中でも一番シンプルなものなのに、温かくて優しくて……ほっこりと幸せな気持ちになれた。
オーナーはどんな気持ちでこれを作っていたのだろう。
どんな気持ちで客に出していたのだろう。
それは作った本人にしか分からない事。
(聞いとけばよかった……)
私は何も知らない。
何も知らないから、圭吾さんに伝える事ができない。
(あ……駄目だ)
涙で視界が歪み始める。
「あ、あの、御手洗いお借ります!!」
彼に気づかれないよう顔を隠してトイレ向かい、入ってすぐしゃがみ込んだ。
「――――っ」
オーナーはもういない、奥さんももういない。
もう……二人と話すこともできない。
(ありがとうって、伝えたかったな……)
溢れ続ける涙を止める事ができず、しばらく声を殺しながら泣いた。
◇◇◇◇
(う~、大丈夫かな……)
鏡を見ると、目が少し赤くなってしまっている。
こすらないようにしてたのに……。
(でもいつまでもここに居るわけにもいかないし……)
そっとドアを開け店内に戻ると、圭吾さんはカウンターの中で洗い物をしている最中だった。
そして、カウンターに座る男性が一人見えた。
(あ、お客さんが来たんだ……)
って
――――――嘘。
圭吾さんの目の前に座るその男性は……彼のお父さん、サン・フイユの……
「オーナー……?」
私は小声でつぶやく。
目の前の光景が信じられず、見間違いかと目を凝らすが、間違いない。
よく見るとオーナーの身体は透けており、圭吾さんは目の前に座るお父さんに気づいていない様子だった。
「あ、癒見ちゃん」
圭吾さんが私に気づき振り向く。
私は咄嗟にオーナーが座る席を指差そうとしたが、そこにはもう彼は座っていなかった。
「――? どうしたんだ?」
「あの……えと」
どうしよう。
今、そこに座っていたと言うべき?
言うべき……だよね。
「あのっ! 今そこに……」
『カラン カラン』
声を被らせるようにしてドアが開き、言葉を飲み込む。
「いらっしゃいま……ああ、アンタこの間の……」
「――やっぱりここにいたか」
「え?」
聞き覚えのある声に驚き、振り返ると……
栄慶さんが険しい表情をして立っていた。
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