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死後の世界と真紅のドラゴン

攻略組と桜と

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 「これも攻略組のおかげだけどね」
 京子さんが笑いながら立ち上がり言った。
 「いやー、それほどでもー」
 祐希が照れる。
 「では、わたしはパーティーの後片付けをしてくるよ。それ以外にも仕事はあるしね」
 と言って、京子さんは来た道を帰っていった。
 咲夜はまた先頭で歩きだし、敦也たちは後に続いた。
 十分歩いてもまだ森の中だった。現在の場所を確認してから咲夜は言った。
 「みんな眼を閉じて、十歩歩いて」
 俺達は咲夜に言われた通り、眼を閉じて十歩前に歩きだす。
 十歩歩いたところで咲夜が勢いよく、テンション高く言い放った。
 「さー、目を開いて!!」
 敦也は眼を開き、目の前の光景に息を飲んだ。
 敦也以外のメンバーーー祐希を除いてーーも呆気にとられていた。祐希はもう目の前のそれを見たから、表情にはあまり出さなかったが、それを見て心が動かないわけがなく、はしゃぎそれに駆けよった。
 「……咲夜、これって……」
 咲夜から返事はなく、それの隣で待っていた二人のところに向かった。
 目の前のそれについての感想が放たれる。
 「この世界にもこれがあるとはな!」と広太。
 「今まで生きてて良かったですね……まー、死んでますけど」と空。
 「先輩、これは先輩が思ってる通りのものだと思いますよ」と凜。
 敦也は無意識の内に、顔が笑っていた。やはり、これにはそれほどの力があるのだろう。
 「さて、これは何だと思う」
 咲夜がニヤニヤ焦らすように言う。
 そして、俺と凜、広太、空の声は重なり、そのピンク色の花びらを咲かせ、満月の光を反射させ、更に美しく見える太い樹の名前を叫んだ。
 「「「「桜!!」」」」
 咲夜は答えに静かに頷き笑顔で言った。
 「うん、ご名答……これは桜だ。たったの五本だが、君たちはたちは何かを感じただろう」
 待っていた二人の内一人が前に出て話し出す。白髪で身長は大きく、ガタイは素晴らしい人だった。筋骨隆々。
 「敦也くん、俺は雲竜寺颯人だ。大学一年だ。攻略組の隊長を任せられている……どうだったこの桜は」
 「とても感動したよ。ありがとう。この世界でも桜が見られるなんて思ってなかったから」
 咲夜が笑いを含んだ声で敦也に言う。
 「この世界、閉ざされた世界にしか無いものはある。例えばライトストーンや神器など。だけど、生前の世界、地球にあるものはほとんど全てあると言っても過言ではないとミサトは言ってたよ」
 「閉ざされた世界は広いからな、まだ前人未踏の場所だってたくさんあるんだよ。そこには、自動販売機があるかもしれないし、学校があるかもしれないし、モンスターの住みかがあるかもしれない。閉ざされた世界はまだ謎でいっぱいなんだよ。神器についても、神についても、鍵の在処についても」
 颯人は肩を竦めながら、閉ざされた世界の広大さを語った。
 閉ざされた世界は広大であり、モンスターがうじゃうじゃいて、目の前の森を抜けたら何があるかわからない。それは闇か光か。冒険がいっぱいだった。
 「……楽しみだな!」
 敦也はまだ閉ざされた世界についてまだ何も知らない。この世界を知りたいという探求心が敦也の心を動かしていた。
 「俺は閉ざされた世界の全てを知りたい。互いのギルドで何が起きているのか、閉ざされた世界とは何か、神器とは何か」
 「少年、面白いことを言うな。閉ざされた世界の全てを知りたい。それはわたしたちも同じことさ」
 待っていた二人の残りの一人が桜の樹の下で正座で、笑いながら言った。長い黒髪で頭には赤いカチューシャがつけられている。エメラルド色の瞳からは自信が満ち溢れている。黒いショートパンツ、白いワイシャツに緑と青のネクタイに上から黒いブレザーを着ている。
 「だから、少年。君は今よりもっと強くなって貰う。夢猫は戦闘員は少ないから、強い人が一人でも多くいた方がいいからね…………閉ざされた世界のことを知るためには中央付近のブラックゾーンへ進行しなくてはいけない。そうなると、モンスターの強さは増していく。手強いモンスターがたくさんいるというわけだ」
 「だからもっと強くなれと」
 敦也自身まだ自分がそんなに強くないということはわかっていることだった。祐希にゲームで完敗し、谷底では本当にギリギリで勝てたようなものだった。妥協していては強くはなれない。
 「わたしは月影夜鶴、高三。攻略組の一人だ。夜鶴と呼ぶことを許そう」
 「よろしく頼む」
 「先輩、わたしも手伝いますよ、閉ざされた世界のことを知ること」
 凜が屈託のない笑顔を向けながら言った。
 「俺も手伝うぜ敦也。仲間だからな!」
 「もちろん僕もですよ」
 広太と空も笑顔を向ける。
 「ねー、今度花見しようよ!」
 祐希が桜の花びらを手にすくいながら言った。
 「そうだな、イベントはたくさんあったほうが楽しいからな、近々やろうか。雲竜寺、いつまでギルドに滞在している?」
 最初は祐希に大きく賛同し、最後は颯人に質問する咲夜。
 「前回は長旅でしたので、二週間は滞在する予定ですよ」
 「そうか、じゃー二週間後に花見を行うとするか。盛り上げるぞー」
 咲夜のテンションが凄い上昇している。ギルドマスターという大役を背負ってはいるが、まだ九歳だからこういうイベントごとは大好きなのであろう。
 『いいねー、花見。楽しみだよ。今度はどんな料理を作ろうか、みんなリクエストあったら言っていいからね!』
 京子さんのテレパシーが唐突に響く。
 『京子姉しっかりテレパシー届いてるよ。視界はどう?』
 咲夜の声もテレパシーで伝わる。
 『問題ない、見えてるよ。…………綺麗だね桜』
 どこかしんみりした声だった。
 『咲夜そろそろ帰っておいで、寝る時間だよ』
 京子さんがテレパシーで言うと咲夜は慌てて、走り出す。
 「ごめん、わたしもう帰るね。じゃ、また……」
 「俺がついて行きます」
 颯人が咲夜の後を追って走り出した。
 「祐希、わたし達も帰ろうか」
 夜鶴が立ち上がり、祐希を見やる。
 桜に祐希は完全に見とれ、テコでも今は動かないだろうという状況を察した夜鶴は一人で部屋に帰っていった。
 「…………敦也くん!」
 帰っていったはずの咲夜が息を切らしながら走ってきた。
 「どうしたんだ咲夜?」
 息を整えてから咲夜は満面の笑みで言う。
 「敦也くんが辛いときも悲しいときもわたしたちギルドの仲間は助け合い支えます、ようこそ、夢猫へ!!」
 
 ※
 
 
 
 ギルド・『夢見る猫たち』の基地は、一言で言えば異形な建物だった。
 領域の中央部にその異形な建物は建てられている。 ドーナツのように円状になっている廊下。そのドーナツから四方に別れ、通路が出来ている。
 一方はメンバーの部屋、一方は訓練所、一方は倉庫、一方は放送室や研究室などに繋がる通路となっている。
 ドーナツの中央部には大きな食堂が建てられている。
 更にドーナツの中央部上空に、は頂点が尖った塔が建てられている。これは、食堂とドーナツ状の廊下と繋がってバランスを保っているらしい。
 塔にはマスターやサブマス、《攻略組》といったギルドの重要メンバーの部屋と会議室があるらしい。詳しくどうなっているかは知らないが。
 ドーナツ状の廊下と廊下の間には草が生い茂っている庭が存在している。 
 閉ざされた世界の桜を堪能して、敦也たちは基地に帰った。
 すると、新しく敦也の部屋が用意されていて、そこで凜たちとは別れた。
 驚いたことに、このギルドの物すべて咲夜が能力で作った物らしかった。それは、畑作業で使う桑からギルドの基地まで。つまりはすべて木製なのである。
 「あー……」
 敦也は身体を思い切り木製のベットに任せ、身体を横にする。
 久しぶりにちゃんとしたベットで横になった気がした。
 たしかにイングの谷の底でゴブリンを倒してからは、ずっと崖を登りっぱなしだったし、帰ってきてからも色々なことがおこってのんびりする時間がなかった。
 祐希と銭湯で遭遇し、祐希に自分の未熟さを再確認させられ、ギルドが歓迎パーティーを開いてくれて、閉ざされた世界での今を知り、桜を見た。
 一日でたくさん起こりすぎだろ。いや、これがこの世界なら普通の日常なのかも知れない。
 そう思うと、明日からもゆっくりしている余裕はないなと苦笑いする。
 疲れているからすぐに寝れると思っていたが、パーティーとこの世界での桜を見たテンションがまだ冷めないので、眠れそうにになかったので、少し庭を歩くことにした。
 空はまだ暗かったが、少し月が沈みだしていた。あと一時間もすれは夜が明けるだろう。
 敦也は部屋から出た近くの、メンバー部屋と訓練所の間の庭に向かった。
 庭で寝転がり夜風に当たり、頭を冷やしながら整理今日の出来事をとこれからのことを整理しようと考えていた。
 庭に着くと、先客が庭で寝転がっていた。
 なんでこんな時間にと思いながら近づくと、先客が敦也に気づいたらしく身体を起こす。
 敦也に気づいた先客は眠いのか眼を擦りながら言った。
 「どうしたんですか先輩、こんな時間に?」
 先客の正体は凜だった。 桜を見た後、銭湯に行ったらしく、まだ髪は濡れていて服装もパジャマのようなワンピースに変わっていた。ワンピースだけじゃ寒いからだろうか、上からシヨールを羽織っている。
 「どうしたのって、凜こそこんな時間に何してるんだ?」
 敦也の言葉を聞くと、凜の顔はわざとらしく少し膨らんだ。
 「先輩には常識がないんですか。質問してるのは、わたしです。答えてください」
 凜が思ったより、可愛面白い顔をするので思わず笑ってしまう。
 「はははは、凜ってそんな顔するんだな」
 「こんな顔しちゃ駄目ですか。すいませんね、緊張感なくて」
 顔を真っ赤にし、敦也から顔を反らす。
 こういった何でもない会話をしていると飛鳥を思い出す。
 「ちょっと考えごとだよ……っと」
 俺も庭に寝転がり空を見上げる。まだ星空は輝いていて、ちょうどよく冷たい夜風が吹いていた。
 「考えごとって?」
 さすがにこの内容を聞かれるのは、恥ずかしいと思った。
 「……秘密だよ」
 「ソードコマンド-神威」
 凜は素早く口を動かして詠唱を唱えると、神威を握り俺の首に刃をあてる。
 「凜、落ち着けって」
 敦也は冷や汗をかきながら、凜の《神威》を下げようとする。
 「わたしはいたって冷静です。すごく落ち着いています。今なら先輩の首を何も考えずに斬れるかも」
 凜が物騒なことを言うので、冷や汗の量が更に増す。
 「お前それ絶対冷静じゃないから」
 「わたしは冷静です。マスターが言ったじゃないですか、敦也くんが辛いときも悲しいときもわたしたちギルドの仲間は助け合い支えます、……先輩が困ってるんだったら相談にのりますよ」
 凜は半分涙目になりながら敦也に力強く訴えた。
 咲夜はわかっているんだ、この世界に来る人達が誰でも辛い過去を持っていると。
 「そうだな……相談にのってくれよ」
 「うん、いいよアツヤ!」  凜は笑顔で神威を下げた。
 「俺はさ、何も言わずに伝えずに死んだんだ。もっと一緒にいたいも、もっと一緒に笑っていたいも」
 好きだよも。
 「全部自分の心に閉まったまま、全て解決しようとしていた。少しでもあいつの言うことを聞いていれば、未来は変わっていたかもしれない」
 うんうんと相づちをうってから、凜は言った。
 「先輩はここに来たこと後悔していますか?」
 「えっ、いや後悔はしていないと言えば嘘になる。死にたくはなかったから。でも、この世界ですることがあるから、後悔してる余裕はないよな」
 敦也が苦笑いで凜に言うと彼女は首を横に振る。
 「死にたい人間はいないよ、だって自殺だってイジメに堪えきれずにやってしまうんだと思うんです。社会が悪かったんです、誰も彼を見てくれない社会が」
 敦也の場合はどうにかしようと思うのが遅かったのだろう。もっと早く動いていれば、誰かに助けを求めれば。
 「後悔してる余裕はないって先輩は言いましたね。でも、後悔は必要だと思いますよ。昔のわたしがいて今のわたしがいる。過去の失敗があって現在の成功に繋がる。過去は何度だって振り返っていいんです、振り返って振り返って失敗を何度も見つめ後悔して、未来への成功に繋げればいいんですよ」
 「…………」
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