叶わぬまでも夢にいて

いちる

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 森から出てからの話をするね。

 実は最初の数日は熱を出して倒れていた。まあ、しばらく『仮死状態』だったんだから体力と体調が完全に低下していて当たり前だ。
 回復しても大事を取ってと言われてベッドの住人でやっと一週間程経ってからお后教育を受け始めた。
 歴史や地学、この国の貴族の系列や派閥、隣国の情勢などの座学とダンスやピアノ、お茶のいれ方などの教養を特訓させられる。
 国の歴史や貴族達の系図は自国でも学んだことなのであまり苦は無い。
 元々勉強は嫌いじゃ無い。
 ダンスやピアノのいわずものがなだし、どちらかと言えばお茶を入れるのが一番苦手かもしれない。
 お茶では腹は膨れないから城の皆もエルフ達も俺に正しいお茶の入れ方なんて教えてもくれなかったからな。
 まあ、一国の妃が自らお茶を淹れるなんてあり得ないから、形だけ覚えておけばいいんだ。
 お妃様主催のお茶会を開いてもいれるのは従者だ。

 王子とは最低でも一日に一回、夕食だけは共にするのが約束となった。

 最初は緊張していた俺だけど、今日は何をしていた、とか、家庭教師達が随分褒めていましたよ、とかにこにこと自分が褒められたかのように嬉しそうに話をしてくれる姿に段々絆されていた。

 そもそもこの王子、本当に顔がいい。
 頬の傷は残念なんだけれど、そんなもの、王子の本来の造形の邪魔をしない。
 ただ時折見せてくれる憂いの表情やふっとしたときの笑顔がどこかで見た事あるような既視感も感じるけど、どうしても思い出せない。
 従者達はみな、特にメイド達は俺たち二人が一緒にいると、お似合いだと口にする。
 王子のブロンドが太陽なら白雪様の黒髪に白い肌は月のよう……なんだそうだ。

 毎回別れ際部屋に戻るときにはそっと手を取られ、指先にキスを落とされる。
 指先のキスは賞賛や感謝の意味なんだそうだ。
 ……褒めるって、お妃教育を真面目にやってる俺を?
 まあ、いいや。
 どこかの誰かみたいに尻を撫でて来る事なんてない。

 婚前だからと一緒の部屋って訳でもないから、それで一日の触れあいは終わり。
 婚礼の儀が終わるまで俺の純潔は守られるらしい。
 どこかホッとしている自分がいた。

 そして隣の隣の国に輿入れが決まった事で鏡に、現妃(おかあさま)に狙われる事はこれでなくなった……はず。
 だって現妃(おかあさま)は「おとぎの国一番の美人」が憎いはずだから。

 でもやっぱり眠れない夜は何度かあって、そういう時は夜勤の侍従に眠れるハーブ茶を入れて貰って俺はレッスン室に向かう。
 居住区から少し離れているのと分厚目のカーテンがかかっているので夜にピアノを弾いても迷惑はかからない。
 好きな曲を何曲か、夜に似合いの曲を何曲か、せっかくいれて貰ったお茶が冷めるのも構わず俺はピアノを弾き、時にははやりの芝居の真似事をして一緒に歌った。
 恋の話だ。
 年上の男に恋をするお姫様の話。
 男は身分が違うと姫とは一緒になれないと姫の元を去るが、姫は諦めきれない。
 毎日毎日泣き暮らしているうちに一輪のバラに変わってしまった。
 そこに蝶が飛んできて毎日寄り添うようにバラにとまっているという話。
 ハッピーエンドなんだか、アンハッピーエンドなんだかわからないけれど、街の女性達に今一番人気の話らしい。
 俺は直接聞いたことがあるのは一度だけなので……王子が、毎日頑張っているご褒美に、と、劇場に連れて行ってくれたことがある……うろ覚えで適当に変換して歌っているけれど、 俺なら泣いてもバラにはならない。
 いや、泣かない。
 泣いても男が戻ってくる事はないんだから。

 けど。

 ピアノを操る指を止めると、俺はぎゅっと拳を握りしめた。
 あの時、自分ではない知らない『王子様』との結婚を止めなかった男を思い出す。
 誰が誰と結婚したら幸せだと?
 勝手に俺の幸せを決めるなよな。

 腹立つ気持ちを抑えようともう一曲弾こうと鍵盤に指を置く。
 と。
 パチパチパチ。
 軽やかな拍手の音と、「もうおしまいですか?」という声が出入り口から聞こえた。
「え?」
 振り向けば王子が扉にもたれて立っていた。
「たまに、心地よい子守歌が聞こえてくると噂になっていて…」
 にこにこと王子が俺に近寄ってくる。
「す、すみません。夜中に」
 ああ。なんてこと!
 思っていたより音は漏れていたのか!
 恥ずかしいのと迷惑をかけた申し訳なさに襲われつつ俺はあたふたとピアノを片付け始めた。
「いいんですよ。みんな、よく眠れると言っていますし。僕も聞かせていただいて感動してしまいました。歌もお上手なんですね」
 傍らに立ち覗き込むように俺を見て微笑む。

「…ダンスは熊と、歌は小鳥と。幼い頃から森が私の居場所でした」
 森での生活を思い出す。
 動物達とイチバン達と…狩人と。

 …帰りたいなあ。
 置いてきた、いや、俺が捨てられたんだが、男の顔を思い出す。
 ぶんぶんと俺は頭を振った。
 いや、俺はバラにはならないんだ。

「本当に白雪は森の住人にかわいがられていたのですね」
「…まあ、そう…です、ね」
 俺は曖昧に笑った。
「では、おやすみなさい」
 俺は冷めたお茶を一気に飲み干すと、部屋を出て行こうとした。
 その腕を掴まれて、真正面から王子の端正な顔が俺を覗き込む。
「婚礼の儀の日取りが正式に決まりましたよ」
「…はい」
 ああ。
 そうだ。
 俺は王子と結婚する為にここに来たんだ。
「貴方とこの国の第一王子との結婚は三ヶ月後、です。ちょうど貴方の十九歳の誕生日かと思いますが?」
「え?ああ、そうですね」
 そうか。
 狩人に迫って玉砕してもう一年。
 なんだか遠いところに来てしまったなあ……
「かしこまりました。それまでに王妃教育を終わらせます」
 俺は頭を下げる。
「…期待しています。白雪」
 王子は満足そうに頷くと、そうそう、と話を続けた。
「明日はお休みでいいですよ」
「え?」
 やる気になったのに、いきなりどういうこと?
 困惑の表情が読み取れたのか王子はくすくすと肩を揺らした。
「私も明日、お休みを取ります。貴方と出かけたくなりまして」
「はあ」
 そういうことなら仕方ないのだろう。
 王子も多忙だ。
 休日などほとんどないような働きっぷりだから俺を理由に休みたいときもあるのかもしれない。
「お連れしたい場所があります。お付き合いいただけますか?」
「かしこまりました」
「準備はお付きの者がやるので貴方は身一つで大丈夫です」
「はい」
「では」
 王子の顔が近づいてきたと思ったらちゅっと額にキスをされる。
「よい夢を」
「はい」
 王子の言葉に俺も頷く。
 良い夢か。

 俺はその日、狩人とイチバン達エルフと森でウサギのシチューを取り合いながら食べている夢を見た。
 おかわりを強請るゴバンに対抗する狩人とか。
 みんな大笑いしている。
 幸せな夢だった。
 朝起きたら枕が濡れていた。
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