上 下
3 / 8

3

しおりを挟む
教室に戻ると桐野が近づいてきた。

「たすく、午後の移動教室、場所かわったって」

「あ、ありがとう」

俺は机から教科書を出すと俺を待っている桐野にお礼を言った。

「どこに行ってたの?昼休み」

校内放送当番終わって三島のクラスに迎えに行ったらいないし。

そういって心配そうに眉を顰める。

そんな表情すら人好きする顔だ。

俺はまっすぐに見れず視線を外すと言った。

「きさらぎと外で食べてた」

「そう?ならいいけど」

この顔は後できさらぎに確認しようとしている顔だ。

そうして、この後にこう続くんだ。

「他のオメガの子たちならいいけど、絶対にアルファと二人にはならないでね」

「・・・番ヅラ?」

上目づかいでちらりと見ると、桐野は『当たり前』という顔で俺を見た

「そう、大切な『運命』だからね」

きゅっと腰を引かれる。

感じる体温は温かくこの場所は居心地がいい。

きっと桐野は俺が出しているフェロモンを感じている事だろう。

事あるごとに俺のフェロモンがどれだけ桐野を癒すかと熱く諭されるから。



でもさあ。

『運命』

じゃあ、俺が『運命』じゃなかったら

このフェロモンがなかったら。

その向けられる笑顔はボランティア用でしかないのか?



言おうとしてやめる。



・・・一回寝たくらいで番ヅラしてるのは俺だ。

俺は桐野のフェロモンが感じられなくても、桐野が好きだった。

平々凡々な俺が桐野の隣にいていいのかと悩むくらい桐野はキラキラして格好良くて優しくて・・・

まったく俺は不釣り合いのオメガだった。







実は図書館で待つ時間は嫌いじゃない。

図書館の中の資料室のさらに奥の物置になっている小部屋の窓から弓道場が見える。

桐野が弓を引く姿を見ることができるんだ。

勉強に飽きると俺はそこに行ってパックのリンゴジュースなんて飲みながら休憩をする。

残念ながらその弦をはじく音や的に矢が当たる音は聞こえないけれど、その的に向かうまっすぐな弓の軌跡にほれぼれとしてしまう。

この学校は部活か委員会に必ず所属する決まりとなっていて俺は迷わず図書委員を選んだ。

今までの経験上大してやることはないし、先生の信頼さえ得れば割と自由に部屋を使わせてもらうことができる。

桐野を待ちながら勉強をするために毎日顔を出していたら先生の覚え良く一か月後には鍵を預けてもらえるようになった。

桐野は一緒に弓道をやりたかったようだが、運動部なんて御免だと思っている俺が頷くわけがない。

せめてマネージャーでも・・・と言われたがそういうの、運動以上にまず向いてないと丁寧にお断りをした。



ぼんやり見ていると、的の前に桐野達が並んだ。

ちらりとこちらを見てへにゃりと笑うから、俺が見ているのに気付いたようだ。

いいのか?

そんな気の抜けたことで。

一応『武道』だろ?

でも次の瞬間にはきりっとした表情で的に向かう。

綺麗な形を作り際限まで引かれた弓が大きくしなり、矢がまっすぐに的にむかった。

的のど真ん中を貫いた矢。

また俺を見て「どうだ?」って顔をするけど、俺はどんな顔をしていいかわからず、休憩を終了するべく窓辺から離れた。



19時を少し回るころ。

そろそろ来るかなと戸締りを始める。

あとは入口のドアの鍵だけ・・・と思っていたらいいタイミングで桐野が顔を出した。

「お待たせ」

輝く笑顔。

こぼれる白い歯。

「・・・別に待ってないし」

「だよね」

俺のひねくれた回答も日常茶飯事だから桐野はまったく動じない。

すっと、手を取られて指を絡められる。

所謂『恋人つなぎ』というやつだ。

人前でこんなことをされると逃げ出すことを知っているから桐野は人目がないタイミングをうまく狙う。

俺も誰も見ていなければまあいいかと思う。

入学前にあちこちでいちゃついているカップルを見てドキドキしていたのにずいぶん大人になったもんだ。



部活上がりにさっとシャワーを浴びるらしく、桐野からは汗の匂いなんてしない。

繋がれた手が少し湿っているような気がする。

寮に着くまでの10分間。

特に会話はないんだけど、絡む指先からお互いの囁きが聞こえそうで恥ずかしくなる。

どきんどきんと脈打つ鼓動の音は伝わってしまうのだろうか。



もうすぐで俺の部屋に着く・・・って時に、桐野が言った。

ちょっとだけ、言おうか言うまいか悩んだらしく、最初目が泳いでいたが、決心した時にはその瞳は優しさをたたえていた。

「三島に聞いたよ。初めての発情期、覚えてないのが嫌なの?」

「は?」

「どんな自分だったか覚えてないから恥ずかしくてって言ってたよって三島が」

「・・・きさらぎ・・・」

俺は心の中で舌打ちした。

確かに俺が落ち込んでいる本当の理由を言わないでいてくれたのはありがたいけど、そんなねつ造はいらん。

「元気ないから。僕と発情期を過ごしたのが本当に嫌だったのかと思って。さっき三島に昼休み一緒にいたかどうかを確認するついでになんか原因思い当たらない?って聞いたらそう言ってた」

「そういうわけじゃない。まあ、覚えてないから何をしたかわからなくて不安もあるけど」

そういってうつむくと桐野は俺の手を外し、ぎゅっと抱きしめる。

気づけば俺の部屋の前だった。

「たすく、セックスしよう」

「は・・・い?」

頭の上から降る声に俺は間抜けな声で返事をする。

「どろどろに溶かして甘えさせたい」

声だけで妊娠させられそうないい声が耳元で響く。

何を言ってるんだ、こいつは。

「怖いのは、覚えてないからで、これからもしばらくは発情期中の行為は覚えていない可能性の方が高い。僕はたすくを怖がらせたくないんだ」

ぽんぽんと背中に回された手が俺を安心させるみたいに動く。

「桐野は、俺が『運命』だから好きなのか?」

桐野の腕の中で小さな声で訊くと、

「もちろん」

となんの迷いもない返事が返ってきた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様の愛が重たくて頭が痛い。

しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」 前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー 距離感がバグってる男の子たちのお話。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

βの僕、激強αのせいでΩにされた話

ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。 αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。 β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。 他の小説サイトにも登録してます。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい

中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます

処理中です...