上 下
25 / 30
第1部 エド・ホード

第25話 龍との対決

しおりを挟む
 ベッドに戻っても、もう眠ることはできなかった。
 カミラの気を引きたかったのだろうか、あるいはラルフさんへのお詫びのつもりだったのか――僕はエクスカリバーを探しに行くことを考えていた。
 
 四大霊剣を集めてリテアを生き返らせようにも、まだフラガハラをカミラが持っているばかりだ。僕は死にたがっているのだろうか。たぶんそうだ。神の青白い火に情念を焼かれて、それでも生きていたと知りたいのだ。喜びに届かないから苦しみから、自分の人生の意味を感じたいのだ。
 
 気がつくと、僕は着のみ着のままホテルを出ていた。電車はまだ動いていた。ただ帰りには終電を過ぎているだろう。僕は人気のない電車に揺られて大学へ行き、ゴミ捨て場の袋を漁った。が、どこを探しても魔法円は見つからなかった。もしあったところで、僕が飛竜の召喚をできるとも思えなかったが。
 
 僕は大学の構内を出て、繁華街の裏通りを歩いた。薄暗いバー、ネオンに彩られた高いビル。街灯のない駐車場で、派手なファッションの男女がたむろしていた。血ばしった目で大声をあげて、鼻から虹色の粉を吹き出している。

「洞窟へ行きたいんですけど」と声をかけてみると、
「なんだこのガキは!」
 金切り声で叫ばれ、爆笑された。
「移動するにも足がなくて」
「そんならなあ、空原クーゲンにハサミつっこみゃいいんだよ」
 彼らは思いのほか気のいい人たちだった。緑の髪にサングラスのお兄さんが、過去の武勇伝をまじえながら、空飛ぶバイクの盗み方を教えてくれた。ハサミを持っていない、と言うと、仲間のひとりがナイフをくれた。お礼を言って別れるころには、僕らはすっかり親しくなっていた。

「本当に洞窟に行くのか?」
 緑の髪のお兄さんが言った。
 僕は曖昧に笑うと、もう一度お礼を言って駅へ戻った。
 
 駐輪場で適当な空原を選び、キーの代わりにナイフを刺して思い切り回す。何かが砕ける嫌な音がしたが、エンジンは見事な唸りをあげてかかった。

「本当に行くのかい?」
 不意にテリーが現れて、怖がるように体をかしげた。
 僕が頷いて空原にまたがると、
「協力しようよ。きっとエドには必要なことだから」
 エルクが現れてテリーをなだめた。

「ラグザバール」
 僕は姿を消して空にあがった。てっきり助走がいるのかと思ったが、バイクは気球のようにふわりと地を離れ、ハンドルを切ると猛スピードで旋回した。体重移動で三六〇度、自在に向きを変えられる。最初はかなり手こずったけれど、慣れればこれほど気持ちのいいものはなかった。

「エドは意外と大胆だなー」
 エルクは僕の肩につかまって笑った。
「やけになってるだけだよ」
 テリーは後ろで泥よけにしがみついていた。「僕はやっぱり竜のほうが好きだ!」
 
 洞窟へは無事にたどりついた。が、僕はそこでカミラの地図を持ってきていないことに気づいた。とりあえずエルクの力で入口を照らす。と、まだ真新しい足跡がいくつも残っているのが見えた。

「どうやら先客がいるみたいだね」エルクが順に奥を照らして言う。

「悪いけどもう姿は消せないよ」 
 
 僕は頷いて洞窟の奥へと進んだ。連なる足跡はまっすぐと、正解のルートを歩んでいるようだった。いったい誰が来ているのだろうか。カミラのほかにも魔術界には、こんな芸当ができる人であふれているのか。罠が仕掛けられていることもなく、僕はなんなくエクスカリバーのありかまで行くことができた。

 霊剣の周りには、黒い服を着た大人たちの姿があった。一人が引き抜こうとしているのか両手で剣を握り、あとの数人が輪になって、何やら呪文を唱えている。

 ――ニバル派の連中だよ。
 エルクが僕に語りかける。

「……何をしてるのかな?」

 ――しーっ!
 テリーが僕を制したが、

「……誰だ!」
 黒服の男たちはこちらを振り返った。

「テリー、姿を!」
 ――ダメだ、対策魔術が敷かれてる!
 ――エド、危ない!

 いちばん背の高い男が両手を合わせ、空気を打ち起こすように宙から光の大弓を取り出した。と、次の瞬間、光の矢が文字通り光速で飛んできた。
 ――妖精王オーベロンの鎧!
 エルクがとっさにバリアを張る。が、甲高い音とともに一撃で砕け散ってしまった。

 ――伏せて!
 
 エルクの声に動こうとするが――懐中電灯の光をよけるほどの猶予しかない――僕は死を覚悟した。頭のなかで、いくつものイメージが明滅する。走馬灯なんて優雅なものではない。父さんの声、母さんの匂い、リテアの温もり、カミラの笑顔……それらがひとつの印象となって、僕の胸を内側から突き破ろうとした。渇く、痛い、寂しい、憎い……。誰かに抱きしめてほしかった。けれど僕には誰もいない。みんないなくなってしまうのだ!

「……馬鹿な」
「逃げろ! 青龍が目覚めた!」
「なぜだ……」
「完全に封じ込めたはずだろう」

 光の矢は僕の胸を突き通す直前に、青白い火に焼かれて塵になった。まばゆい光に目をつぶされ、視界は白く飛んだあとに闇に呑まれる。不安。恐怖。焦り。怒り……。青龍の咆哮がこだまする。魔術者たちの断末魔が聞こえる。熱い。苦しい。哀しい。憎い……。

 ――

 暗い洞窟に低い声が響いた。バリアム公爵? いや、人よりもっと邪悪な何かだ。

 ――? 

「父さんだ」
 
 僕は呟いた。闇のなかに青白い火がともって、一人の男の姿が浮かびあがる。正体は考えるまでもなかった。僕によく似た眼をしている。この人のせいで、僕は母さんといられなかった。

「……エド、話を聞いてくれ」
「なぜ母さんと僕を見捨てた!」

 ――

「でも父さんは生き返さなかった! おまけに僕も捨てた!」
「……エド、聞いてくれ」
 
 僕は逃げない。もう逃げない。ひとりきりでも、誰もそばにいなくても……、その孤独を手なずける。僕は父さんのように逃げたりはしない。僕はこの人を越えなければいけない。
 
 ――! 

「エド、聞くんだ!」

 僕は龍の炎を逆巻かせ、父さんの像を焼き尽くした。苦しい。痛い……。まるで魂が割れるように。

 ――

「シェン・ルー・アザエル」
 
 僕が――誰かが――叫ぶと視界は戻り、青龍は地面に身を伏せて、燃え尽きるように剣の姿に戻った。もう周りには誰もいない。僕が両手を添えてひっぱると、剣は拍子抜けするほど軽々と抜けた。

 エルクやテリーの姿もない。
 もう誰の声も聞こえなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...