上 下
13 / 24

結城の土塁

しおりを挟む
 「お前は二重人格か」と結城は小学校2年の高梁を怒鳴った。
 「先生の前では大人しく、いない時はそんな悪いことをするのか」
 高梁は小さな声で「違います」と言った。
 「違わねーよ」と結城は圧倒的な優位を背負って学級生の前で、また怒鳴る。
 「違います」
 「違わねーよ」
 「だったら、そーです」
 「何?」
 「僕はそう、思いませんが、先生がそう、言うのならそうなんでしょう」
 戦争談義でいつも授業を中断させる軍人まがいの体格のいい結城は、まだあどけない小さな体の高梁を胸をどついて倒れさせる。
 小学校低学年の授業風景とは思えない。
 生徒も当然、自分に災難が降り架かることを恐れて下を向いている。結城と目を会わせることは危険なことであるのを本能のように分かっている。
 結城は教師だが自己本位の、しかも戦争犠牲者とも言うことが出来る可哀想な人ではあった。むしろ、二重人格なのはこの結城本人なのだ。
 軍隊当時に上官からやられたことを、小学生相手に同じ事をやることで、精神を保とうとしていた。
 結城の軍隊で培った集団で生き延びる術は、戦後の日本でも十分に役立った。
 親玉を関東軍から日教組に変えて、小隊長を校長とPTA会長に変えて、力のある上のものだけに、気配りしていれば、こんな訳の分からない子供やこいつらの親など、何の影響力もない、そうした考えがありありの対応だ。
 「先生が間違ってると思います。」
 そう、切り出したのは、結城がへつらい、植木等を上納しては機嫌を取っているPTAの役員の娘、節子だった。
 会社経営の町の有力者の娘、節子には、結城も丁寧に特別に扱ってきた。
 遠足で子供は持ってはこれないものを、こっそり節子とその友達に分け与えたり、綺麗な蝶々を一緒に取って上げたりしていた。 
 その節子が皆の前で自分を批判する、結城は怒りを感じたが、節子を叱る訳にはいかない。節子から親に告げ口されたら厄介なことになる。
 怒鳴り、立たせていた高梁を席に戻し、これまでの蛮行の終始の後始末もするまでもなく、教科書を読み上げた。
 こいつが教師?
 小学生2年にそう思わせるこの教師は俗世間な住む邪鬼というの存在と、そういう奴との付き合いを学ぶ、なるほど、生きた教材ではあった。
 結城は、後に、どこかの校長となったと聞いた。
 結城を慕う生徒もいるとの話も聞こえてきた。
 所詮、仲間意識だけだ。
 生きた教材は、仲間意識、俗世間、猿の群れの掟だ。教科書でも学問でもないのだろう。
 早熟な、結城から早熟にされた高梁は、そう、思った。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから

白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。 まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。 でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。

生意気な女の子久しぶりのお仕置き

恩知らずなわんこ
現代文学
久しくお仕置きを受けていなかった女の子彩花はすっかり調子に乗っていた。そんな彩花はある事から久しぶりに厳しいお仕置きを受けてしまう。

処理中です...