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津軽富士の女生徒

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 花巻の宮沢賢治の痕跡を確かめながら、僕たちは更に北に向かおうとしていた。
 昨晩に泊まった鉛温泉のユースホステルでの少女達との会話がまだ新鮮に記憶に残っていた。

 鉛温泉の夜空は、うら淋しい銀河鉄道の夜の物語とは裏腹に、冬の満点の星存在をこれでもかと言うほどに美しく描いていた。

 銀河鉄道の夜の物語が切ない結末で心に刺さるのに、注文の多い料理店という作品は何のための物語なのか、どうしても納得出来ないとは、昨晩の少女達との共通の思いだった。

 浅虫温泉に立ち寄り、五所川原に着いたのは午後も大分過ぎてからだ。

 ストーブ列車とは、今でこそはノスタルジー豊かに観光客にも受けるものだか、当時は凍える列車内を暖める必要不可欠な生活の知恵であることが身に染みた。

 金木の何もない駅に降り立ち、斜陽館までやはり何もない不釣り合いに大きな道を、地吹雪に煽られながら、友と歩いた。

 太宰が語っているように、一揆を警戒したような要塞のようにただ大きなだけの館だった。
 そこで飲んだコーヒーの苦味は、大宰の苦悩の苦味のようだ、などといった類いの拙い短歌など創った覚えはあるが、よく、思い出せない。

 帰りも、やや陰り出した駅からストーブ列車の乗り込む。
 来たときとは違って帰りは学生が沢山乗っていて、昔ながらのボックス席は、ぎゅうぎゅう詰めの相席となった。

 僕らの向かいには、同じ年位の女生徒が一人、ずっと手元の教科書な目を落としたまま、僕らの会話にはなんら反応もしない。
 僕らは、彼女の気を引きたくて、色々と話題を替えてみたものの、一向に興味など示してくれない。

 ふと、前方に、岩木山が夕陽を浴びて鮮やかに見え出した。
 僕は大宰の小説の一節を思いだし、独り言を呟いた。

 「おお、富士、いいなあ‥‥」
 友は何の事だかわからないようだった。岩木山だろと突っ込みしなかったのだけが救いだった。

 その独り言を聞いた女生徒は、おもむろに顔を上げ、外の景色を見続けている僕の顔を短い間見つめて、クスッと笑い、またすぐに手元に目を落とした。

 車掌が炙ってくれたスルメの味も、行商のおばあちゃんが分けてくれた冷凍蜜柑の味も忘れた。

 けれど、ストーブ列車の見つめ合うこともなかった、見てもいない、彼女の短い視線の予感は、冬の津軽の落とし物のように、なぜか今でも思い出す。
 

 
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