8 / 24
津軽富士の女生徒
しおりを挟む
花巻の宮沢賢治の痕跡を確かめながら、僕たちは更に北に向かおうとしていた。
昨晩に泊まった鉛温泉のユースホステルでの少女達との会話がまだ新鮮に記憶に残っていた。
鉛温泉の夜空は、うら淋しい銀河鉄道の夜の物語とは裏腹に、冬の満点の星存在をこれでもかと言うほどに美しく描いていた。
銀河鉄道の夜の物語が切ない結末で心に刺さるのに、注文の多い料理店という作品は何のための物語なのか、どうしても納得出来ないとは、昨晩の少女達との共通の思いだった。
浅虫温泉に立ち寄り、五所川原に着いたのは午後も大分過ぎてからだ。
ストーブ列車とは、今でこそはノスタルジー豊かに観光客にも受けるものだか、当時は凍える列車内を暖める必要不可欠な生活の知恵であることが身に染みた。
金木の何もない駅に降り立ち、斜陽館までやはり何もない不釣り合いに大きな道を、地吹雪に煽られながら、友と歩いた。
太宰が語っているように、一揆を警戒したような要塞のようにただ大きなだけの館だった。
そこで飲んだコーヒーの苦味は、大宰の苦悩の苦味のようだ、などといった類いの拙い短歌など創った覚えはあるが、よく、思い出せない。
帰りも、やや陰り出した駅からストーブ列車の乗り込む。
来たときとは違って帰りは学生が沢山乗っていて、昔ながらのボックス席は、ぎゅうぎゅう詰めの相席となった。
僕らの向かいには、同じ年位の女生徒が一人、ずっと手元の教科書な目を落としたまま、僕らの会話にはなんら反応もしない。
僕らは、彼女の気を引きたくて、色々と話題を替えてみたものの、一向に興味など示してくれない。
ふと、前方に、岩木山が夕陽を浴びて鮮やかに見え出した。
僕は大宰の小説の一節を思いだし、独り言を呟いた。
「おお、富士、いいなあ‥‥」
友は何の事だかわからないようだった。岩木山だろと突っ込みしなかったのだけが救いだった。
その独り言を聞いた女生徒は、おもむろに顔を上げ、外の景色を見続けている僕の顔を短い間見つめて、クスッと笑い、またすぐに手元に目を落とした。
車掌が炙ってくれたスルメの味も、行商のおばあちゃんが分けてくれた冷凍蜜柑の味も忘れた。
けれど、ストーブ列車の見つめ合うこともなかった、見てもいない、彼女の短い視線の予感は、冬の津軽の落とし物のように、なぜか今でも思い出す。
昨晩に泊まった鉛温泉のユースホステルでの少女達との会話がまだ新鮮に記憶に残っていた。
鉛温泉の夜空は、うら淋しい銀河鉄道の夜の物語とは裏腹に、冬の満点の星存在をこれでもかと言うほどに美しく描いていた。
銀河鉄道の夜の物語が切ない結末で心に刺さるのに、注文の多い料理店という作品は何のための物語なのか、どうしても納得出来ないとは、昨晩の少女達との共通の思いだった。
浅虫温泉に立ち寄り、五所川原に着いたのは午後も大分過ぎてからだ。
ストーブ列車とは、今でこそはノスタルジー豊かに観光客にも受けるものだか、当時は凍える列車内を暖める必要不可欠な生活の知恵であることが身に染みた。
金木の何もない駅に降り立ち、斜陽館までやはり何もない不釣り合いに大きな道を、地吹雪に煽られながら、友と歩いた。
太宰が語っているように、一揆を警戒したような要塞のようにただ大きなだけの館だった。
そこで飲んだコーヒーの苦味は、大宰の苦悩の苦味のようだ、などといった類いの拙い短歌など創った覚えはあるが、よく、思い出せない。
帰りも、やや陰り出した駅からストーブ列車の乗り込む。
来たときとは違って帰りは学生が沢山乗っていて、昔ながらのボックス席は、ぎゅうぎゅう詰めの相席となった。
僕らの向かいには、同じ年位の女生徒が一人、ずっと手元の教科書な目を落としたまま、僕らの会話にはなんら反応もしない。
僕らは、彼女の気を引きたくて、色々と話題を替えてみたものの、一向に興味など示してくれない。
ふと、前方に、岩木山が夕陽を浴びて鮮やかに見え出した。
僕は大宰の小説の一節を思いだし、独り言を呟いた。
「おお、富士、いいなあ‥‥」
友は何の事だかわからないようだった。岩木山だろと突っ込みしなかったのだけが救いだった。
その独り言を聞いた女生徒は、おもむろに顔を上げ、外の景色を見続けている僕の顔を短い間見つめて、クスッと笑い、またすぐに手元に目を落とした。
車掌が炙ってくれたスルメの味も、行商のおばあちゃんが分けてくれた冷凍蜜柑の味も忘れた。
けれど、ストーブ列車の見つめ合うこともなかった、見てもいない、彼女の短い視線の予感は、冬の津軽の落とし物のように、なぜか今でも思い出す。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから
白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。
まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。
でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる