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番外編2

これからは私の人生を①

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(リリー視点)




 「澱み」が消えて調査も終わり、学院が本来の穏やかさを取り戻した頃、私も心の整理がついて新しい自分としてのスタートを切ろうとしていた。前世むかしの自分の寂しさをヒロインリリーになって埋めようとしていた時間も、「澱み」に縋って不安に押し潰されそうになっていた時間も終わった。ここからが私としての初めての人生だと言えるかもしれない。

「今年ももう残り数ヶ月となってきました。まだまだだと思うかもしれませんが案外あっという間に過ぎたりします。皆さんも進級して、学ぶことも増えていくでしょう。ここで考えてほしいことがあります。皆さんは、将来どんな大人になりたいですか?今から配る紙に書いて、来週までに提出してください」

 ラインホルト先生が授業の最後にそう言って、真っ白な紙が配られた。書き方の指定もされていなければ、字数の制限も何もない。私はその紙を眺めつつ、まるで今の自分のようだと思った。間違えた文字を消そうとして他の文字を重ねてぐちゃぐちゃになっていたものがようやく真っ白に戻れた。それが今の私だ。ここから何を思い、何を綴っていくかをちゃんと決めないといけない。




 教室から寮に帰る道をフィリア様、メルル様、ラズリアさんと一緒に歩いていると、話題は自ずから先ほどの課題の話になった。

「フィリア様はもちろん王妃様になるんですよね?」

「まあ、このままいけばそうね。私には荷が重いけれど……でも、相応しい人物になれるように頑張らなくちゃね」

 メルル様が聞くとフィリア様は少し困ったように笑いながらそう答えた。すると次はラズリアさんが口を開く。

「メルル様は歌の道に進まれるのですか?」

「私は……そうですね、歌に関わっていたいと思います。ただ、お金をもらうために歌うのではなくて、誰かの心に寄り添えるような、そんな歌を歌えるようになっていたいです。そう言うラズリアさんはどうなのですか?」

「私は……これといって得意なものはないので、特定のお仕事というよりは慈善活動に従事していきたいと思っています。人の笑顔を見ると嬉しくなりますし、誰かの役に立ちたくて……」

「ラズリアさんらしいわね。貴女は人のことをよく見ているから、貴女のおかげできっと沢山の人が救われるわ」

 どうやら私以外はみんな将来に対して何かしらの目標を決めているらしい。私だけが何も分からないままに空っぽだ。

「リリーはどう?何かやりたいことはあるの?」

 フィリア様は微笑みつつ優しい声音でこちらに話を振ってくれる。しかし私には答えられるような言葉はどこにもなくて困ってしまった。

「あの、えっと、…………分からないんです。私が何に向いているかとか、何をしたらいいかとか、全く分からなくて……」

「何かやっていて楽しいことはありませんか?」

「あまり思い付きません」

「じゃあ、人よりもこれが上手くできるな、と感じたことは?」

「それもあまり……」

 何かしら思い浮かばせようとしてメルル様やラズリアさんが質問をしてくれたけど、全くもって返せるものがなくて、ただ自分がどれだけ空っぽなのかを実感するだけになってしまった。思わず顔を俯けてしまうと、頭上から声がかかった。

「リリー、後で私の部屋に来てくれる?」

 それは楽しそうな表情をしたフィリア様の声だった。予想外の表情に少し戸惑ってしまう。

「え、は、はい」

「少しね、考えていることがあるの」

 そのときのフィリア様はまるで魔法をかける前の魔法使いのように見えた。メルル様もラズリアさんも目を丸くしていたので心当たりはないらしい。私は部屋に帰ってすぐにフィリア様のお部屋に向かった。

「いらっしゃい。ちょっと待っててね、今来るから」

「えっと……どういう」

 着いて早々のフィリア様の言葉に私が困惑していると、後ろから足音が聞こえてきた。少し急いでいるようで歩調は少し速かった。そして私の背後で止まった気配がした。

「お待たせしました!持ってきましたよ、お嬢様」

 その声に振り返ってみると、何やら大きな荷物を抱えたラナさんがいた。布に包まれているから中身が何かは分からなかったけど、この中にフィリア様が私を呼んだ理由があるのだろうということは予想がついた。

「フィリア様、一体何をなさる気ですか?」

「まあまあ、ゆっくり話しましょう。ラナは休んでいて。リリーと二人で話したいの」

「かしこまりました」

 そしてラナさんが部屋を後にすると、私はフィリア様に促されて部屋のソファに腰掛けた。するとフィリア様は子どものようなキラキラとした瞳で私を見つめてきた。

「ねぇ、リリー。貴女は誰か結婚したい人はいる?」

「え、いや、今のところは特に……」

 私が本物のヒロインなら恋の1つや2つしていたのかもしれない。しかし残念ながら私にはそんな余裕はなかったし、そこまで強く惹かれるような人はいなかった。

「じゃあ、人と交流するのは好き?」

「昔は少し怖かったですけど、今は色んな人と話してみたいと思っています」

「料理は得意?計算は?」

「人並みにはできると思いますけど……あの、これって……?」

「うーん、そうね。ちょっとした思いつきだからこれはあくまで提案だと思って欲しいのだけれど……」

 その先の言葉に神経を尖らせて耳を立てていたけど、フィリア様はその続きを言うことはなかった。代わりに何か思いついたかのようにパンと手を叩く。それに思わず私は肩を震わせた。

「あ、私ったら少しお腹が空いてしまったみたい。今の時間帯だと食堂で食べるのは難しいし、リリー、何か作ってくれないかしら?私昔から料理は不得意なの」

「え、今、ですか?」

「ええ、そこにキッチンスペースがあるし、食材と必要そうな道具は全部あるから」

 そう言ってフィリア様が指差した先にあったのはさっきラナさんが運んでいた大きな荷物だった。確かに、この寮にはそれぞれの部屋にちょっとしたキッチンスペースがある。私もたまに使っているけど、まさか他人の、それもフィリア様のお部屋のものを使うことになるとは思わなかった。

「つ、作ればいいんですか?」

「ええ、お願い!」

 私の両手を取ったフィリア様はそれはそれは良い笑顔をしていた。何が何やら分からないまま、私は食材と道具を選んでキッチンスペースに立つことになった。後ろから突き刺さるようなフィリア様の視線については、気にしないことにしよう。



 
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