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番外編2
悔しいくらいに①
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(ラナ視点)
(23話の後のお話です)
お嬢様がお休みになった後、自室に戻って楽な部屋着に着替えてベッドに体を沈める。忙しなかった今日に起きたことを目を閉じて思い出していた。
お嬢様の調査に随行する形になって少しした今日、私はお嬢様とラズリア様に付き従って治安の悪い場所にひっそりと佇む怪しい店まで聞き込みをしに行った。そこでまさかあいつに会うなんて思わなかった。
瞼の裏にうるさいくらいに派手な緑の髪と生意気でムカつく顔を思い浮かべる。身長は前に会った時より伸びていたのではないだろうか?初めて会った時は同じくらいだったのに、今では頭ひとつ分くらい負けている。手も私より全然大きいし、庭仕事や勉強を頑張っているからか何だかゴツゴツしていた。
「……っ!!」
突然腕を掴まれて店の裏の方に連れて行かれた時のことを思い出してぶわっと何かが込み上げてくるのがわかる。顔が熱い。……何だかすごく悔しい。いつからだろう。あいつのことでこんな風になるようになってしまったのは。
ああ、そうだ。たぶん5年前のあの時だ。
お嬢様が攫われそうになって劣勢は分かった上で足止めにでもなればと戦った時、敵わず殺されかけて気を失うその瞬間、何度も私は自分の力の足りなさを悔やんだ。お嬢様のためなら何だってできる、そう思って努力し続けてきたはずなのに、大事なときに守りきれない自分が不甲斐なくて苛ついた。
目が覚めてお嬢様の泣き顔を見た時、その手の温もりを感じた時、心底安心したのを覚えている。誰にも代え難いあの方が生きていてくれたことに、心から感謝した。でも時間が経つに連れて、やっぱり自分がもっとしっかりしていれば、もっと腕を磨けていたなら、と後悔することが多くなった。お嬢様直々に看病をしていただいて、申し訳なくてどうしたら良いのか分からなくなってしまった。私はそんなことをしてもらえる権利があるのか分からなくなってしまった。
「あなたはちゃんと仕事をしましたよ。自分を犠牲にする戦い方は褒められたものではありませんが、それでもあなたはお嬢様を守ろうとしてそれを成功させた。あなただけの力ではないがあなたの力がなければ守れなかった。沈む必要はありません」
私に武術を教えてくれた老執事のシャーマンさんはそう言ってくれた。師と仰いできたこの人にちゃんと役に立てたと言ってもらえているのに、心はどうにも沸き立たない。結果うまくいっただけで、ただの無謀な挑戦だったことに変わりはない。どんなに労われてもそう思ってしまうのだ。そんな時にあいつが来た。
「よお。だいぶ沈んでるらしいって聞いて来てやったぞ」
「……あんたの相手とかする元気ないから。早く帰って」
うるさい笑顔に思わず八つ当たりをしてしまった。それを謝ることもできないくらいには心がやさぐれていた。
「お前、自分が弱いって落ち込んでんのかもしんないけどさ、じゃあ他に何ができたってんだよ。まだ10歳のくせに、他にどう動けたって言うんだよ」
「それは……他に戦える人と連携して」
「他はみんなカイ様と一緒に足止め食らってたのに?」
「それならもっとマシな武器を」
「どこにあるんだよ。そんなの探してたらその間に攫われてただろ」
私はだんだんイラついてきて枕をあいつの顔面に目掛けて投げつけた。綺麗に片手で受け止められてしまったけど。するとあいつはそれを私のベッドに戻して私を横たえた。
「お前さ、自分の力を大きく見過ぎなんだよ。お前は出来ることやって、それが上手くはまった。それでいいじゃん。いつまでもいじけてたってフィリアに心配かけるだけだ。せっかく生きてるのにさ、そんなんばっかじゃお前だって嫌だろ?」
「でも、上手くいったって全部結果論じゃん」
「それの何が悪いんだよ。俺らまだ子どもだし、もっと上手い立ち回り方なんてこれから学んでいけばいいじゃん」
ニヤリと笑ってそう言うあいつに、私は目を見開いた。そして直後、うだうだと考えていた自分が馬鹿らしくなった。それで私はようやく自分を責める気持ちから吹っ切れたのだと思う。
あいつは、ジェイという男は基本的に馬鹿だしガサツだし戦ったら私の方が確実に強い。でも、考え方に芯が通っていたり、何だかんだで頼りがいのあるやつだ。今は勉強も頑張っているらしいし。
ふと、今日あいつが言っていたことを思い出す。
******************
店を出て人気のないところまで連れて行かれた後、あいつは私の手を離していきなりこう言い出した。
「俺さ、目標が変わったんだよ」
「え?公爵邸の庭師じゃないの?」
「そうだったんだけど、大事なこと忘れてたからさ」
「大事なこと?」
前見た時より伸びた柚葉色の髪が風にさらさらと揺れる。その隙間から見えた瞳は真っ直ぐ未来を見据えているようだった。
「フィリアはゆくゆくは第一王子殿下と結婚するだろ?なら公爵邸にいても意味ないんだよ。だから、俺は王宮の庭師になる」
「それって……結構大変じゃないの?」
「大変かもしんないけど身分は関係ないらしいし、そのための勉強を今してる。それにどうせお前はずっとフィリアについていくんだろ?」
「当たり前でしょ。だから何よ」
「お前といるためにも、俺は王宮に行く。お前はたまに色々溜め込みすぎるしさ、俺がいてやった方が絶対良いじゃん」
その屈託のない笑顔に悔しくなった。
「何よ、その自信」
私が小さく呟く。それを見てあいつはまた口元に弧を描く。でもそのすぐ後、空気が少し変わった。どこか緊張しているようにも見える。クロールさんに自分が育てた花を見てもらうときみたいだった。
「だから……俺が王宮の庭師になれたら、俺と……」
何かボソボソ言っているのは分かったけど、何を言っているのかまでは分からなかった。離れたところからでもお嬢様に何かあれば聞き取れるように鍛えている私に聞こえないのだから相当な小声だ。
「何?聞こえないんだけど」
「だから……!っ王宮の庭師になれたら、俺と……結婚してほしい」
「……は?」
たぶんこの一瞬、呼吸ができていなかった。空気が止まっているようにも感じた。私の呆気に取られた顔を見るとあいつは頭を抱えた。
「まだ聞こえねぇのかよ!だから俺とけっ」
「いや聞こえたけど……でも、は?」
「『は?』って何だよ。俺はこれでも色々と考えて」
この後も何か言っていたと思うけど私の耳にはそれは音としてしか入ってこなくて、内容は少しも覚えていない。ただ自分の顔にどんどんと熱が溜まっていくのがわかった。湯気が出ているかもしれないとさえ思った。
「っておい!聞いてんのか?!」
気がついたら肩を揺らされていた。その距離になってあいつの顔を見た時、あいつも私と同じくらい顔が赤くなっているのが分かった。
「それで、返事は?」
「え?」
「だから、返事!俺はお前と結婚したいって思ってるけどお前はどうなんだよって聞いてんだよ!」
「けっ……もう言わなくていい!」
「じゃあ返事聞かせろよ。それまで何回だって言ってやる」
「…………いい」
「……それはどっちの意味なんだよ」
「何でわかんないのよ!け、結婚、してもいいって言ってんの!」
私が睨みつけるとあいつは目を丸くした後、見たことないくらいの笑顔になった。
「よし、それならいいや!俺、ちゃんと勉強するから、お前も頑張れよ」
「言われなくても普段から頑張ってるわよ」
「はいはい。俺もそれはわかってる」
くしゃくしゃっと大きな手が私の頭を撫でた。私がその手をじっと睨むとあいつは逆に撫でる力を強めた。
それから少し経って、あいつは店のあった場所へと歩き始めた。私も少し間をあけてその後ろを歩く。さっきみたいにあいつが手を引くわけでもないし、私も隣に行こうと歩幅を広げたりはしない。たぶんお互いに、それができる状態ではなかった。
******************
改めて思い出してベッドの上でのたうち回る。たぶん当分あいつに会うことはないだろうけど、それがありがたいくらいだ。しばらく経たないとまともに顔が見れそうにない。自分があいつのせいでこんな風になっていることが悔しくてたまらないのに、それが嫌じゃないと思っていることが、本当に、一番悔しい。悔しいくらいに、私はあいつが好きなんだ。
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お嬢様の調査に随行する形になって少しした今日、私はお嬢様とラズリア様に付き従って治安の悪い場所にひっそりと佇む怪しい店まで聞き込みをしに行った。そこでまさかあいつに会うなんて思わなかった。
瞼の裏にうるさいくらいに派手な緑の髪と生意気でムカつく顔を思い浮かべる。身長は前に会った時より伸びていたのではないだろうか?初めて会った時は同じくらいだったのに、今では頭ひとつ分くらい負けている。手も私より全然大きいし、庭仕事や勉強を頑張っているからか何だかゴツゴツしていた。
「……っ!!」
突然腕を掴まれて店の裏の方に連れて行かれた時のことを思い出してぶわっと何かが込み上げてくるのがわかる。顔が熱い。……何だかすごく悔しい。いつからだろう。あいつのことでこんな風になるようになってしまったのは。
ああ、そうだ。たぶん5年前のあの時だ。
お嬢様が攫われそうになって劣勢は分かった上で足止めにでもなればと戦った時、敵わず殺されかけて気を失うその瞬間、何度も私は自分の力の足りなさを悔やんだ。お嬢様のためなら何だってできる、そう思って努力し続けてきたはずなのに、大事なときに守りきれない自分が不甲斐なくて苛ついた。
目が覚めてお嬢様の泣き顔を見た時、その手の温もりを感じた時、心底安心したのを覚えている。誰にも代え難いあの方が生きていてくれたことに、心から感謝した。でも時間が経つに連れて、やっぱり自分がもっとしっかりしていれば、もっと腕を磨けていたなら、と後悔することが多くなった。お嬢様直々に看病をしていただいて、申し訳なくてどうしたら良いのか分からなくなってしまった。私はそんなことをしてもらえる権利があるのか分からなくなってしまった。
「あなたはちゃんと仕事をしましたよ。自分を犠牲にする戦い方は褒められたものではありませんが、それでもあなたはお嬢様を守ろうとしてそれを成功させた。あなただけの力ではないがあなたの力がなければ守れなかった。沈む必要はありません」
私に武術を教えてくれた老執事のシャーマンさんはそう言ってくれた。師と仰いできたこの人にちゃんと役に立てたと言ってもらえているのに、心はどうにも沸き立たない。結果うまくいっただけで、ただの無謀な挑戦だったことに変わりはない。どんなに労われてもそう思ってしまうのだ。そんな時にあいつが来た。
「よお。だいぶ沈んでるらしいって聞いて来てやったぞ」
「……あんたの相手とかする元気ないから。早く帰って」
うるさい笑顔に思わず八つ当たりをしてしまった。それを謝ることもできないくらいには心がやさぐれていた。
「お前、自分が弱いって落ち込んでんのかもしんないけどさ、じゃあ他に何ができたってんだよ。まだ10歳のくせに、他にどう動けたって言うんだよ」
「それは……他に戦える人と連携して」
「他はみんなカイ様と一緒に足止め食らってたのに?」
「それならもっとマシな武器を」
「どこにあるんだよ。そんなの探してたらその間に攫われてただろ」
私はだんだんイラついてきて枕をあいつの顔面に目掛けて投げつけた。綺麗に片手で受け止められてしまったけど。するとあいつはそれを私のベッドに戻して私を横たえた。
「お前さ、自分の力を大きく見過ぎなんだよ。お前は出来ることやって、それが上手くはまった。それでいいじゃん。いつまでもいじけてたってフィリアに心配かけるだけだ。せっかく生きてるのにさ、そんなんばっかじゃお前だって嫌だろ?」
「でも、上手くいったって全部結果論じゃん」
「それの何が悪いんだよ。俺らまだ子どもだし、もっと上手い立ち回り方なんてこれから学んでいけばいいじゃん」
ニヤリと笑ってそう言うあいつに、私は目を見開いた。そして直後、うだうだと考えていた自分が馬鹿らしくなった。それで私はようやく自分を責める気持ちから吹っ切れたのだと思う。
あいつは、ジェイという男は基本的に馬鹿だしガサツだし戦ったら私の方が確実に強い。でも、考え方に芯が通っていたり、何だかんだで頼りがいのあるやつだ。今は勉強も頑張っているらしいし。
ふと、今日あいつが言っていたことを思い出す。
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店を出て人気のないところまで連れて行かれた後、あいつは私の手を離していきなりこう言い出した。
「俺さ、目標が変わったんだよ」
「え?公爵邸の庭師じゃないの?」
「そうだったんだけど、大事なこと忘れてたからさ」
「大事なこと?」
前見た時より伸びた柚葉色の髪が風にさらさらと揺れる。その隙間から見えた瞳は真っ直ぐ未来を見据えているようだった。
「フィリアはゆくゆくは第一王子殿下と結婚するだろ?なら公爵邸にいても意味ないんだよ。だから、俺は王宮の庭師になる」
「それって……結構大変じゃないの?」
「大変かもしんないけど身分は関係ないらしいし、そのための勉強を今してる。それにどうせお前はずっとフィリアについていくんだろ?」
「当たり前でしょ。だから何よ」
「お前といるためにも、俺は王宮に行く。お前はたまに色々溜め込みすぎるしさ、俺がいてやった方が絶対良いじゃん」
その屈託のない笑顔に悔しくなった。
「何よ、その自信」
私が小さく呟く。それを見てあいつはまた口元に弧を描く。でもそのすぐ後、空気が少し変わった。どこか緊張しているようにも見える。クロールさんに自分が育てた花を見てもらうときみたいだった。
「だから……俺が王宮の庭師になれたら、俺と……」
何かボソボソ言っているのは分かったけど、何を言っているのかまでは分からなかった。離れたところからでもお嬢様に何かあれば聞き取れるように鍛えている私に聞こえないのだから相当な小声だ。
「何?聞こえないんだけど」
「だから……!っ王宮の庭師になれたら、俺と……結婚してほしい」
「……は?」
たぶんこの一瞬、呼吸ができていなかった。空気が止まっているようにも感じた。私の呆気に取られた顔を見るとあいつは頭を抱えた。
「まだ聞こえねぇのかよ!だから俺とけっ」
「いや聞こえたけど……でも、は?」
「『は?』って何だよ。俺はこれでも色々と考えて」
この後も何か言っていたと思うけど私の耳にはそれは音としてしか入ってこなくて、内容は少しも覚えていない。ただ自分の顔にどんどんと熱が溜まっていくのがわかった。湯気が出ているかもしれないとさえ思った。
「っておい!聞いてんのか?!」
気がついたら肩を揺らされていた。その距離になってあいつの顔を見た時、あいつも私と同じくらい顔が赤くなっているのが分かった。
「それで、返事は?」
「え?」
「だから、返事!俺はお前と結婚したいって思ってるけどお前はどうなんだよって聞いてんだよ!」
「けっ……もう言わなくていい!」
「じゃあ返事聞かせろよ。それまで何回だって言ってやる」
「…………いい」
「……それはどっちの意味なんだよ」
「何でわかんないのよ!け、結婚、してもいいって言ってんの!」
私が睨みつけるとあいつは目を丸くした後、見たことないくらいの笑顔になった。
「よし、それならいいや!俺、ちゃんと勉強するから、お前も頑張れよ」
「言われなくても普段から頑張ってるわよ」
「はいはい。俺もそれはわかってる」
くしゃくしゃっと大きな手が私の頭を撫でた。私がその手をじっと睨むとあいつは逆に撫でる力を強めた。
それから少し経って、あいつは店のあった場所へと歩き始めた。私も少し間をあけてその後ろを歩く。さっきみたいにあいつが手を引くわけでもないし、私も隣に行こうと歩幅を広げたりはしない。たぶんお互いに、それができる状態ではなかった。
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改めて思い出してベッドの上でのたうち回る。たぶん当分あいつに会うことはないだろうけど、それがありがたいくらいだ。しばらく経たないとまともに顔が見れそうにない。自分があいつのせいでこんな風になっていることが悔しくてたまらないのに、それが嫌じゃないと思っていることが、本当に、一番悔しい。悔しいくらいに、私はあいつが好きなんだ。
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