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番外編2

それを何と呼ぶべきか②

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(カイ視点)



 それから少し経って、生徒会室でルークベルト殿下、ルカルド殿下と共に書類作業をしていた時、生徒に配る分の書類に不足があることが分かったので先生のところに行く必要ができた。ルークベルト殿下が取りに行くとおっしゃるので俺もついて行くことにし、ルカルド殿下には作業を続けてもらうことになった。そして帰ってきてみればフィリア嬢がルカルド殿下と話していた。この前相談されたことを考えれば、フィリア嬢がここにいる理由はおそらくルークベルト殿下に伝える言葉が決まったということなのだろう。そう思って微笑ましい気持ちでいると今度はルカルド殿下に部屋から引っ張り出された。俺はまたされるがままになりながら、数日のうちに2回も引きずられるという経験をしていることに不思議な気持ちを抱いていた。するとだいぶ離れたところでルカルド殿下が口を開いた。

「いや、悪かったね。二人きりにしてあげようと思ってさ」

「俺もそのつもりでしたので問題ありません」

「そっか。君は人が良いからね」

「いえ、そういうわけではなくて……」

 そこまで言って、何となく興味が湧いた。今の俺が抱えているこの感情は、他の人から見たらどんなものに見えるのか。頭の良いこの方ならなおさらに、聞いてみたいと思った。

「カイ、どうかした?」

「一つ、お聞きしたいことがあるのですが……」

「?……どうぞ」

 ルカルド殿下は不思議そうに目を丸くしたが、それには触れないことにして俺は本題に入った。

「レオン様は、俺がフィリア嬢に恋情を抱いているのだと言っていました。でも俺にはそうは思えなくて。ルークベルト殿下のような、あのように大きな思慕を、愛情を、自分が持っているとは思えないのです」

「なるほど」

「俺は、お二人をお守りすると誓って生きてきました。情けないことにそれすらも全うできていませんが、それでも誓った気持ちに偽りはないです。だから、お二人が気持ちを通じ合わせるのなら、俺はそれを嬉しいと思います。このような感情は何と呼ぶものなのでしょうか?」

「何だか難しく考えすぎている気もするけど、それが君の美点なのは間違いないからね」

 全てを静かに聞き終わった殿下はそう言って苦笑した。これでも俺の方が2歳年上なのだから情けない。

「そうだな……それに名前をつける必要性があるならば、僕はそれを——って呼ぶかもしれない。でも、これが正解とは言えないということだけは忘れないでね。僕は感情なんて分野は大の苦手なんだから」

「……なるほど、勉強になりました」

「はぁ、君は本当に真面目だね」

 俺はそうため息をつく殿下に礼をして、そろそろいいだろうと思い生徒会室に帰ることにした。そしてその帰る道で、自分のことばかりにかまけてはいられないと今後の予定を考える。当面はまだ仕事があるだろうし気を引き締めないといけない。実家に帰れる日はないと思った方がいいかもしれない。

「まだ先、か」

 俺は暗くなった空を眺めながらしばらく会えていない歳の離れた妹のことを思い浮かべた。学院に通い始めてからあまり実家に帰れていないが、見るたびに背も高くなるし抱き上げた時の重みも変わっている。後半の方は本人に言ったら怒られるかもしれないが。それにフィリア嬢に聞いた話だと今回の調査にも大きな貢献をしてくれたらしい。あの子の明るい声でも聞けたら少しは靄がかかったような思考も晴れるのだろうか。





「明日は休みにしよう」

「休み、ですか……?」

 生徒会室に帰るとルークベルト殿下はあまり間をおかずにそうおっしゃった。そして言われてすぐに考えた。この方が休みを切り出す理由といえば……フィリア嬢しかないか。

「都合が悪いか?」

「いえ、かしこまりました」

「俺のせいでカイには自分の時間をとることすらも十分にさせてやれなかったからな。久々に実家に帰ってみるのもいいんじゃないか?」

「はい、ちょうどそう考えていました。ありがとうございます」

 予想外だった。まさか考えていた時にちょうど実家に帰れる機会が与えられるとは。俺はすぐに連絡を入れて準備を始めた。




******************




「おにいさま!おかえりなさい!」

 玄関に入った瞬間にレイチェルは笑顔で俺の方に駆けてきた。思わず顔が緩む。

「ただいま、レイチェル」

 俺はまた背の伸びた妹を高く抱き上げた。するとレイチェルはさらに笑みを深めた。

「おにいさま、わたしのおへやにきて!おはなししたいことがたくさんあるの!」

「ああ、もちろんだ。このまま行くか」

「はい!」

 それから部屋でレイチェルは楽しそうに会えないでいた日々のことを教えてくれた。聞きながら頭を撫でると彼女は嬉しそうに目を閉じた。この子を見ていると心に温かいものが湧き上がる。俺の妹になってくれたことに感謝してもしきれないほどだ。

「……おにいさま?」

「ん?どうした?」

「おにいさまのおはなしもききたいです!」

「俺の話なんか聞いても面白いことなんて何もないぞ?」

「なんでもかまいません!でも……それならこのレイチェルがおにいさまのおなやみをきいてあげます!」

 満面の笑みのレイチェルにどこか肩の力が抜けるのを感じた。そして少し迷ったが最近の考え事について話してみることにした。この子は聡いし、ルカルド殿下とはまた違う視点から考えてくれるかもしれない。

 話し終わるとレイチェルは少し眉間に皺を寄せて考えたあと、「あ!」と声をあげた。

「こいのいっぽまえだったのではないですか?」

「恋の一歩前?どういうことだ?」

「あとほかになにかのきっかけがあればこいになったかもしれないということです。おうじさまとフィリアさまでまったくおなじきもちというわけではないのでしょう?」

「それは確かにそうだが……」

 それが恋愛感情だと言われたときにはピンと来なかったが、振り返ればフィリア嬢を目で追っていた瞬間は多くあったかもしれない。ならばルークベルト殿下への気持ちと全く同じとは言えないのだろう。

「もうひとりのおうじさまはなんておっしゃっていたのですか?」

「ルカルド殿下か。殿下は……『親愛』とおっしゃっていた」

「では、おうじさまにはしんあいで、フィリアさまにはしんあいとこいのまんなかのきもちだったということにしましょう」

 レイチェルが閃いたように人差し指を立ててそう言う。俺はその言葉が頭に響いていた。俺の中にそんな発想は全くなかったからだ。

「なるほど……レイチェルは本当に賢いな」

「おにいさまはしっかりしているからたくさんかんがえるけど、かんがえすぎもよくないとおもいます。そのときはレイチェルがおはなしをきいてあげるから、たよってくださいね!」

「ああ、ありがとう」

 ルカルド殿下もレイチェルも考えすぎていると言うが、俺は誰かを守るためには思考を止めないことが必要なようにも思う。この愛らしい妹も、友人として俺を見てくださる高貴な方々も、他にも沢山の人々を守れる力をつけるためには、武力だけではきっと足りない。それを使うための思考が必要だ。だが、俺一人で考え続けてもきっとまた今回のように行き止まる。そんなときは彼女の言う通り、頼れる妹に相談してみるのも良いかもしれない。俺はまたレイチェルの頭を撫でた。

 俺が抱く感情はきっと、俺が思う以上に複雑なのだろう。ならばそれに名前を付けるよりも、誰かを大切に思い尊ぶ気持ちだけを忘れないようにして、前に進もう。あの二人が気持ちを通じ合わせたときに、心から祝福できるように。そしてその未来を守り続けられるように。親愛なる方々に、心からの誠意と友愛を。


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