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番外編2
あなたには敵わない①
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(メルル視点)
(時系列的には本編終了後だと思って読んでいただけると幸いです!)
レオン様と知り合って5年が経ちましたが、レオン・クライン様という方がどういう方なのか、私には今でも分かりません。自由奔放で明るくて少し意地悪で、という表面的な印象はあっても本質はよく分からないのです。私ばかりがそれを知ろうとして振り回されて揶揄われてばかりで、この方には一生を賭けても敵う気がしません。私だけがその表情や仕草、優しさに惹かれるばかりで、もうあの方のことを知ろうとすること自体が意味のないことになってしまうのではないかとすら思ってしまうのです。
今日は国でも随一の大規模な音楽会。恐れ多くも主催者の方にお呼びいただいたので歌を数曲披露させていただきました。眩しい光と温かい拍手に包まれた舞台を降りて控え室に行くと少し肩の力が抜けます。
「メルルさーん、お疲れ様でした!」
花束を持って現れたのはレオン様。本来音楽会に携わっていない方はここに入ってきてはいけないのですが、ご身分や私が親しくさせていただいていることからレオン様は特別に出入りができています。
「素晴らしい演奏でしたよ!衣装もとっても似合っています!近くで見るとさらに可愛らしいですね!」
こうやって恥ずかしいことを何の躊躇もなく言ってしまうところとか、本当に良くないと思うのです。揶揄っているだけのつもりなのでしょうからさらにいけません。
「お世辞は結構です。でもありがとうございます。……わざわざ毎回来ていただかなくても良いのですよ?」
花束を受け取りながら私がそう言うとレオン様はにっこりと笑って首を横に振りました。
「僕はメルルさんの1番のファンですから。僕が来たくて来ているんです。それなら良いでしょ?」
「ですが国外の時にも来ていただいていますし……」
「メルルさんが歌うのであれば僕はどこへだってそれを聞きにいきますよ!」
何てことのないように言うその言葉にドキドキしてしまうから私も良くないのです。でもその反面レオン様を心配する気持ちも私の中にはあります。
******************
理由は2年前のこと。私がお恥ずかしいことに「奇跡の歌姫」と呼んでいただけるようになったきっかけでもある、他国の音楽会での出来事でした。他国の音楽会とはいっても周辺の国々が集まって催されるものなので我が国にも影響力は大きいものでした。そこに私が参加させていただくことになったのは本当に偶然で、歌を教えていただいていた先生が参加予定だったものの体調を崩されて欠席となり代わりにと私を推薦してくださったのです。先生は「世間にあなたの才能を示す良い機会です。私のことは気にせずに楽しんで歌ってきてください」と笑顔で送り出してくださいました。私にとっては初めての正式な音楽会でしたので、本当に緊張しましたし重圧も感じましたがお母様にも背中を押していただき参加を決意したのです。ですがフィリア様やカイ様、そしてレオン様にも、参加することをお伝えはしませんでした。親しくしていただいていて、これからもそうありたい方達だからこそ、もし聞くに堪えない演奏をしているところを見られてしまったらと思うと怖かったのです。
結果として、音楽会での私の演奏は身に余るほどのとても高い評価をいただきました。そして少しずつ私の演奏について尾ひれのついた噂が広まっていき、「奇跡の歌姫」などと呼ばれてしまうようになったのです。
フィリア様はこのことをとても喜んでくださいました。
「メルルの歌声は本当に天使みたいだものね!貴女に相応しい呼び名だわ!その演奏が聴けなかったことは寂しいけれど、その分また舞台で演奏するときはちゃんと教えてね。私は貴女の歌が大好きなのよ!」
笑顔が本当にお優しくて、その言葉を聞いた時私は泣いてしまいました。
それにカイ様も褒めてくださいました。
「それだけ素晴らしい演奏だったということなのだろうから誇っていいと思う。お疲れ様、よく頑張ったな」
いつも通りのお兄さんらしい安心する笑顔でそう言ってくださいました。ただそれと同時に……
「俺はそう思うんだが、……レオン様は噂を聞いた時から機嫌を悪くされているんだ」
「え?」
「理由については一向に口を開こうとしないんだよ。俺も何とかしたいところではあるが、学院やルークベルト殿下の護衛もあるからな。……メルルからも少し話をしてみてくれないか?」
「わ、わかりました」
やはり何も言わずにいたことが良くなかったのかもしれません。大切なお友達だからこそ、大きな挑戦を控えているときはお話しして気持ちを共有していくのが正しかったのかもしれません。私はレオン様に心配をかけてしまったのではないかと思いました。
そして後日、レオン様のお家に事情をお話しして、レオン様の部屋の前まで入れていただくことができました。
「レオン様、メルルです。私のせいでずっとお部屋から出てきていらっしゃらないと聞きました。ご心配をおかけしてすみません。どうかお話をさせていただけませんか?」
ノックをしてからそう扉越しに話しかけると部屋から物音が聞こえました。何かにぶつかるような音も聞こえてきます。それから少しして控えめに扉が開きました。
「入っていいのはメルルさんだけです。他の人は入っちゃダメ」
その言葉に後ろの使用人さん達を振り返ると渋々といったように頷いてくださったので、私は扉の隙間から差し出されたレオン様の手を取ってお部屋にお邪魔しました。レオン様のお部屋はまさしくレオン様らしくて可愛らしいぬいぐるみや雑貨がたくさん飾られていました。その中にある可愛らしいデザインの木製の椅子に座るように促されます。大人しく座るとレオン様もその向かいに座りました。
「何も言わなくてすみませんでした。……怒っていらっしゃいますか?」
「怒ってないです」
そう言いながらもレオン様は目も合わせてくださいません。ここまで来たから仕方なく入れてくださっただけで、私と話すのはもう嫌になってしまわれたのではないかと思いました。
「……あの、これ、お土産です。音楽会の帰りに買ったものなのですが……これだけ受け取っていただけたら嬉しいです。お邪魔してすみませんでした。もう帰りますね」
拒絶の言葉がもし来たらと思うと怖くて勢いで言葉を吐いてお土産の片耳用の耳飾りを押し付けるように渡してしまいました。耳飾りは左耳に付けるためのものなのですが、透き通る青の石と白い鳥の羽があしらわれた可愛らしい飾りで、気に入っていただけたらと思って選びました。ですが、今となってはこれが最後の思い出になるかもしれません。そう思って立ち上がり扉の方に向かうと、後ろから腕を掴まれました。
「……本当に、怒ってないんです!メルルさんには、何も。僕の気持ちの問題だから、メルルさんは悪くありません。嫌な態度を取ってごめんなさい!」
「では、どうして?」
「今は言えないです。言えるようになったら必ず伝えます。明日からも、仲良くしてもらえますか?」
「っもちろんです!」
それからレオン様は私の送った耳飾りを毎日付けてくださるようになって、私の出る音楽会にも必ずいらっしゃるようになりました。
******************
時間がたった今でも、あの時レオン様が「言えない」とおっしゃったその内容は教えてもらえていません。私にはレオン様が無理をしていらっしゃるように見えます。公爵家のご子息なのですからご多忙であることは間違いありません。そんな中どんな時でも私の演奏を聴きに来て、そして必ず花束も届けてくださいます。
「レオン様、本当に無理だけはしないでくださいね?」
「してませんってば。何回も言ってるでしょ?……それよりも、ずっと言えなかったことを言えるようになったって言ったら、聞いてくれますか?」
「っ!……はい、聞かせてください」
突然の言葉に、まるで心臓に大きな刺激を与えられたみたいに、一気に鼓動が速くなっていくのが分かりました。ずっと気になっていたことがやっと聞けるという喜びと、何を言われるのか分からないことによる少しの不安が入り混じって、自分の感情はよく掴めません。
温かいオレンジの瞳を見つめて、手のひらにぎゅっと力を込めました。そうしていると、レオン様が口を開くまでの時間がなんだかとても長い時間のように感じました。
(時系列的には本編終了後だと思って読んでいただけると幸いです!)
レオン様と知り合って5年が経ちましたが、レオン・クライン様という方がどういう方なのか、私には今でも分かりません。自由奔放で明るくて少し意地悪で、という表面的な印象はあっても本質はよく分からないのです。私ばかりがそれを知ろうとして振り回されて揶揄われてばかりで、この方には一生を賭けても敵う気がしません。私だけがその表情や仕草、優しさに惹かれるばかりで、もうあの方のことを知ろうとすること自体が意味のないことになってしまうのではないかとすら思ってしまうのです。
今日は国でも随一の大規模な音楽会。恐れ多くも主催者の方にお呼びいただいたので歌を数曲披露させていただきました。眩しい光と温かい拍手に包まれた舞台を降りて控え室に行くと少し肩の力が抜けます。
「メルルさーん、お疲れ様でした!」
花束を持って現れたのはレオン様。本来音楽会に携わっていない方はここに入ってきてはいけないのですが、ご身分や私が親しくさせていただいていることからレオン様は特別に出入りができています。
「素晴らしい演奏でしたよ!衣装もとっても似合っています!近くで見るとさらに可愛らしいですね!」
こうやって恥ずかしいことを何の躊躇もなく言ってしまうところとか、本当に良くないと思うのです。揶揄っているだけのつもりなのでしょうからさらにいけません。
「お世辞は結構です。でもありがとうございます。……わざわざ毎回来ていただかなくても良いのですよ?」
花束を受け取りながら私がそう言うとレオン様はにっこりと笑って首を横に振りました。
「僕はメルルさんの1番のファンですから。僕が来たくて来ているんです。それなら良いでしょ?」
「ですが国外の時にも来ていただいていますし……」
「メルルさんが歌うのであれば僕はどこへだってそれを聞きにいきますよ!」
何てことのないように言うその言葉にドキドキしてしまうから私も良くないのです。でもその反面レオン様を心配する気持ちも私の中にはあります。
******************
理由は2年前のこと。私がお恥ずかしいことに「奇跡の歌姫」と呼んでいただけるようになったきっかけでもある、他国の音楽会での出来事でした。他国の音楽会とはいっても周辺の国々が集まって催されるものなので我が国にも影響力は大きいものでした。そこに私が参加させていただくことになったのは本当に偶然で、歌を教えていただいていた先生が参加予定だったものの体調を崩されて欠席となり代わりにと私を推薦してくださったのです。先生は「世間にあなたの才能を示す良い機会です。私のことは気にせずに楽しんで歌ってきてください」と笑顔で送り出してくださいました。私にとっては初めての正式な音楽会でしたので、本当に緊張しましたし重圧も感じましたがお母様にも背中を押していただき参加を決意したのです。ですがフィリア様やカイ様、そしてレオン様にも、参加することをお伝えはしませんでした。親しくしていただいていて、これからもそうありたい方達だからこそ、もし聞くに堪えない演奏をしているところを見られてしまったらと思うと怖かったのです。
結果として、音楽会での私の演奏は身に余るほどのとても高い評価をいただきました。そして少しずつ私の演奏について尾ひれのついた噂が広まっていき、「奇跡の歌姫」などと呼ばれてしまうようになったのです。
フィリア様はこのことをとても喜んでくださいました。
「メルルの歌声は本当に天使みたいだものね!貴女に相応しい呼び名だわ!その演奏が聴けなかったことは寂しいけれど、その分また舞台で演奏するときはちゃんと教えてね。私は貴女の歌が大好きなのよ!」
笑顔が本当にお優しくて、その言葉を聞いた時私は泣いてしまいました。
それにカイ様も褒めてくださいました。
「それだけ素晴らしい演奏だったということなのだろうから誇っていいと思う。お疲れ様、よく頑張ったな」
いつも通りのお兄さんらしい安心する笑顔でそう言ってくださいました。ただそれと同時に……
「俺はそう思うんだが、……レオン様は噂を聞いた時から機嫌を悪くされているんだ」
「え?」
「理由については一向に口を開こうとしないんだよ。俺も何とかしたいところではあるが、学院やルークベルト殿下の護衛もあるからな。……メルルからも少し話をしてみてくれないか?」
「わ、わかりました」
やはり何も言わずにいたことが良くなかったのかもしれません。大切なお友達だからこそ、大きな挑戦を控えているときはお話しして気持ちを共有していくのが正しかったのかもしれません。私はレオン様に心配をかけてしまったのではないかと思いました。
そして後日、レオン様のお家に事情をお話しして、レオン様の部屋の前まで入れていただくことができました。
「レオン様、メルルです。私のせいでずっとお部屋から出てきていらっしゃらないと聞きました。ご心配をおかけしてすみません。どうかお話をさせていただけませんか?」
ノックをしてからそう扉越しに話しかけると部屋から物音が聞こえました。何かにぶつかるような音も聞こえてきます。それから少しして控えめに扉が開きました。
「入っていいのはメルルさんだけです。他の人は入っちゃダメ」
その言葉に後ろの使用人さん達を振り返ると渋々といったように頷いてくださったので、私は扉の隙間から差し出されたレオン様の手を取ってお部屋にお邪魔しました。レオン様のお部屋はまさしくレオン様らしくて可愛らしいぬいぐるみや雑貨がたくさん飾られていました。その中にある可愛らしいデザインの木製の椅子に座るように促されます。大人しく座るとレオン様もその向かいに座りました。
「何も言わなくてすみませんでした。……怒っていらっしゃいますか?」
「怒ってないです」
そう言いながらもレオン様は目も合わせてくださいません。ここまで来たから仕方なく入れてくださっただけで、私と話すのはもう嫌になってしまわれたのではないかと思いました。
「……あの、これ、お土産です。音楽会の帰りに買ったものなのですが……これだけ受け取っていただけたら嬉しいです。お邪魔してすみませんでした。もう帰りますね」
拒絶の言葉がもし来たらと思うと怖くて勢いで言葉を吐いてお土産の片耳用の耳飾りを押し付けるように渡してしまいました。耳飾りは左耳に付けるためのものなのですが、透き通る青の石と白い鳥の羽があしらわれた可愛らしい飾りで、気に入っていただけたらと思って選びました。ですが、今となってはこれが最後の思い出になるかもしれません。そう思って立ち上がり扉の方に向かうと、後ろから腕を掴まれました。
「……本当に、怒ってないんです!メルルさんには、何も。僕の気持ちの問題だから、メルルさんは悪くありません。嫌な態度を取ってごめんなさい!」
「では、どうして?」
「今は言えないです。言えるようになったら必ず伝えます。明日からも、仲良くしてもらえますか?」
「っもちろんです!」
それからレオン様は私の送った耳飾りを毎日付けてくださるようになって、私の出る音楽会にも必ずいらっしゃるようになりました。
******************
時間がたった今でも、あの時レオン様が「言えない」とおっしゃったその内容は教えてもらえていません。私にはレオン様が無理をしていらっしゃるように見えます。公爵家のご子息なのですからご多忙であることは間違いありません。そんな中どんな時でも私の演奏を聴きに来て、そして必ず花束も届けてくださいます。
「レオン様、本当に無理だけはしないでくださいね?」
「してませんってば。何回も言ってるでしょ?……それよりも、ずっと言えなかったことを言えるようになったって言ったら、聞いてくれますか?」
「っ!……はい、聞かせてください」
突然の言葉に、まるで心臓に大きな刺激を与えられたみたいに、一気に鼓動が速くなっていくのが分かりました。ずっと気になっていたことがやっと聞けるという喜びと、何を言われるのか分からないことによる少しの不安が入り混じって、自分の感情はよく掴めません。
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