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第二章
44話
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言葉を何度も何度も頭の中で組み立てては壊した。どんな言葉が届くだろう。彼のくれた言葉に見合うだろう。彼が想ってくれた年月に見合うだろう。そんなことを考えて、気づけば頭の中は彼のことで溢れかえっていた。もしあの出会いが本当に運命ならば、いやそうじゃなくても、私は本当に幸運な人間だ。何度傷ついても苦しんでも、ずっと私のことを諦めないでいてくれた。そんな人、何度生まれ変わったってそういないのではないかと思う。
始まりの場所で、懐かしい景色を眺めながら彼がくるのを待った。国王陛下にも特別に許可をいただいて、久しぶりに王宮のこの東屋に足を踏み入れたのだ。一度は忘れていた沢山の思い出が、脳裏に浮かんでは消えていく。音が聞こえそうなほどにうるさく鳴る心音を誤魔化すにはちょうど良かった。
「すまない、待たせたな」
控えめな声が聞こえてきてハッと視線を上げると、急いで来てくださったらしく少し息を切らしたをしたルーク様がそこに立っていた。
「いいえ、私も来たばかりですから」
笑顔でそう答える。それからスッと背筋を伸ばした。
「私の方こそ、お待たせしてすみません。やっと、答えが纏まりました」
「……少し、歩かないか?」
「?……はい」
てっきり座って話すと思っていたから驚いたけれど、ルーク様がこちらに手を差し出してくださったのでそれに手を重ねて歩き始めた。
進めば進むほど見える景色は昔と変わりなく鮮やかで美しいものだった。見つけては嬉々としてルーク様を連れてきて見せていた花々は今もなお凛として艶やかだ。その香りも、耳に心地よく響く風の音や鳥の鳴き声も、全てが愛おしいほどに懐かしい。
歩いて少しするとルーク様が足を止めた。それに倣って私も止まる。
「ここが、あの時の現場だ」
「はい、覚えています」
大きな花壇の中で少し日の当たらない陰になっている場所にやってくると、ルーク様は苦しそうに視線を落とした。あのことは時間が経った今でもこの方の心を暗くさせてしまうのだ。そう思うと苦しくなる。
「この花が、君が教えてくれた花だったな」
「確かそうでしたね。あの頃には分かりませんでしたが、これは勿忘草ではないでしょうか?」
青や紫の小さな花々がいくつかで身を寄せ合っている姿が愛らしい。ふとその花言葉を思い出して何だか皮肉っぽいと思い苦笑してしまった。ルーク様はそんな私を見て首を傾げている。
「ルーク様は、勿忘草の花言葉の意味をご存知ですか?」
「いいや、俺はそういうのには疎いからな」
「私を忘れないで」
「?」
「それがこの花の花言葉です。それから……」
「それから?」
「真実の愛、という意味もあります」
何だか恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまった。ルーク様もどこか困ったように微笑んだ。その笑顔が可愛らしく見えてしまっていけない。
「ルーク様」
「何だ?」
「私のことを、忘れないでいてくださってありがとうございます」
「忘れるわけがない。フィリアのことを忘れるなんて、俺にはその方がきっと難しいよ」
「……長くなると思うのですが、私の考えたことを聞いていただけますか?」
「勿論だ。君の言葉ならなんでも聞きたい」
目を閉じて深呼吸をした。この数日間、ルーク様のことばかりを考え続けた。その全てを話せるかは分からないけれど、ちゃんと伝えよう。そう心を決めて自分の手のひらをぎゅっと握りしめた。
「貴方を忘れてしまって、最初は表情を変えない貴方の前で緊張してしまっていました。でも話すようになっていくうちに、少しずつ貴方のことが分かるようになっていって、……ある日貴方の隣が私でなくなる事を想像して妙に虚しくなったんです。きっとあの頃から私にとって貴方は特別で、婚約者であることに安心している自分がいました。それから昔のことを思い出して、貴方との大切な記憶を思い出して、泣きたくなるほど悲しくて、でも、それ以上に嬉しかったんです。だから、……私のことを想ってくれてありがとう。私も、貴方のことが大好きです」
一気に話し終えて肩の力を抜くと、目の前のルーク様は目を見開いて、でもそのすぐ後に見たことがないほど優しく幸せそうな笑みを浮かべた。それを視界が捉えた瞬間、心の奥から溢れてくる愛おしさと幸せが涙になって頬を伝っていくのが分かった。ルーク様は私の頬に手を添えてその涙を掬ってくださる。恥ずかしくなって笑ってしまうけれどその声は響くことなくルーク様の胸に吸い込まれていった。気づけば私はルーク様に抱きしめられていたのだ。
「夢みたいだ」
耳元をくすぐるその声を聞いて、私は彼の背中に腕をまわした。
「夢じゃありませんよ」
「本当に?」
「ええ。夢だと思うのなら、これから貴方が見てきた夢よりももっと、想像がつかないくらい幸せな日々を過ごしていきましょう」
「……ああ、そうだな」
この世界に生まれて、色々なことがあったと思う。たくさん悩んで、間違えたことだってあったけれど、それでもその全てがこの瞬間のためにあったならかけがえのないものとして感じられる。俯瞰的に見れば死ぬはずだった私が乙女ゲームの舞台に突然参加したわけだけれど、こんなお話もどこかの誰かには気に入ってもらえるのではないかしら。どうかこの瞬間を、この幸せを、一生忘れませんように。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
最後までお読みいただきありがとうございました!前話でもお知らせしましたがフィリア視点での本編はこれで完結となります。あとは番外編であまり触れられなかった他のキャラクターのお話を書いていこうと思っています。よろしければ番外編までお付き合いしていただけると幸いです。
始まりの場所で、懐かしい景色を眺めながら彼がくるのを待った。国王陛下にも特別に許可をいただいて、久しぶりに王宮のこの東屋に足を踏み入れたのだ。一度は忘れていた沢山の思い出が、脳裏に浮かんでは消えていく。音が聞こえそうなほどにうるさく鳴る心音を誤魔化すにはちょうど良かった。
「すまない、待たせたな」
控えめな声が聞こえてきてハッと視線を上げると、急いで来てくださったらしく少し息を切らしたをしたルーク様がそこに立っていた。
「いいえ、私も来たばかりですから」
笑顔でそう答える。それからスッと背筋を伸ばした。
「私の方こそ、お待たせしてすみません。やっと、答えが纏まりました」
「……少し、歩かないか?」
「?……はい」
てっきり座って話すと思っていたから驚いたけれど、ルーク様がこちらに手を差し出してくださったのでそれに手を重ねて歩き始めた。
進めば進むほど見える景色は昔と変わりなく鮮やかで美しいものだった。見つけては嬉々としてルーク様を連れてきて見せていた花々は今もなお凛として艶やかだ。その香りも、耳に心地よく響く風の音や鳥の鳴き声も、全てが愛おしいほどに懐かしい。
歩いて少しするとルーク様が足を止めた。それに倣って私も止まる。
「ここが、あの時の現場だ」
「はい、覚えています」
大きな花壇の中で少し日の当たらない陰になっている場所にやってくると、ルーク様は苦しそうに視線を落とした。あのことは時間が経った今でもこの方の心を暗くさせてしまうのだ。そう思うと苦しくなる。
「この花が、君が教えてくれた花だったな」
「確かそうでしたね。あの頃には分かりませんでしたが、これは勿忘草ではないでしょうか?」
青や紫の小さな花々がいくつかで身を寄せ合っている姿が愛らしい。ふとその花言葉を思い出して何だか皮肉っぽいと思い苦笑してしまった。ルーク様はそんな私を見て首を傾げている。
「ルーク様は、勿忘草の花言葉の意味をご存知ですか?」
「いいや、俺はそういうのには疎いからな」
「私を忘れないで」
「?」
「それがこの花の花言葉です。それから……」
「それから?」
「真実の愛、という意味もあります」
何だか恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまった。ルーク様もどこか困ったように微笑んだ。その笑顔が可愛らしく見えてしまっていけない。
「ルーク様」
「何だ?」
「私のことを、忘れないでいてくださってありがとうございます」
「忘れるわけがない。フィリアのことを忘れるなんて、俺にはその方がきっと難しいよ」
「……長くなると思うのですが、私の考えたことを聞いていただけますか?」
「勿論だ。君の言葉ならなんでも聞きたい」
目を閉じて深呼吸をした。この数日間、ルーク様のことばかりを考え続けた。その全てを話せるかは分からないけれど、ちゃんと伝えよう。そう心を決めて自分の手のひらをぎゅっと握りしめた。
「貴方を忘れてしまって、最初は表情を変えない貴方の前で緊張してしまっていました。でも話すようになっていくうちに、少しずつ貴方のことが分かるようになっていって、……ある日貴方の隣が私でなくなる事を想像して妙に虚しくなったんです。きっとあの頃から私にとって貴方は特別で、婚約者であることに安心している自分がいました。それから昔のことを思い出して、貴方との大切な記憶を思い出して、泣きたくなるほど悲しくて、でも、それ以上に嬉しかったんです。だから、……私のことを想ってくれてありがとう。私も、貴方のことが大好きです」
一気に話し終えて肩の力を抜くと、目の前のルーク様は目を見開いて、でもそのすぐ後に見たことがないほど優しく幸せそうな笑みを浮かべた。それを視界が捉えた瞬間、心の奥から溢れてくる愛おしさと幸せが涙になって頬を伝っていくのが分かった。ルーク様は私の頬に手を添えてその涙を掬ってくださる。恥ずかしくなって笑ってしまうけれどその声は響くことなくルーク様の胸に吸い込まれていった。気づけば私はルーク様に抱きしめられていたのだ。
「夢みたいだ」
耳元をくすぐるその声を聞いて、私は彼の背中に腕をまわした。
「夢じゃありませんよ」
「本当に?」
「ええ。夢だと思うのなら、これから貴方が見てきた夢よりももっと、想像がつかないくらい幸せな日々を過ごしていきましょう」
「……ああ、そうだな」
この世界に生まれて、色々なことがあったと思う。たくさん悩んで、間違えたことだってあったけれど、それでもその全てがこの瞬間のためにあったならかけがえのないものとして感じられる。俯瞰的に見れば死ぬはずだった私が乙女ゲームの舞台に突然参加したわけだけれど、こんなお話もどこかの誰かには気に入ってもらえるのではないかしら。どうかこの瞬間を、この幸せを、一生忘れませんように。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
最後までお読みいただきありがとうございました!前話でもお知らせしましたがフィリア視点での本編はこれで完結となります。あとは番外編であまり触れられなかった他のキャラクターのお話を書いていこうと思っています。よろしければ番外編までお付き合いしていただけると幸いです。
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